『ヌーロの遺跡』─14
Part 5
壁を通り抜けて集まる生気は勢いを増す。
こんなに吸い込まれて外に居る村人達は大丈夫なのかと、不安が過る王女。
マクロフィも扉から溢れる魔力を得て、更に強さが増している。
「デルフィニウム!」
響き渡る轟音と地震の揺らぎ。広間自体にも亀裂が生じ、今にも崩れそうになる。
足場の悪さも加え、マクロフィの猛攻に中々決着はつきそうにない。
「貴方との戯れもここまでのようですね。扉はもう直ぐ完全に開く。任務など忘れて逃げ出せば少しは生き長らえる事も出来たのに、愚かな人間が!」
トアルの顔が曇る。
出来る事なら王女も救いの手を差し伸べたい所だがそれは叶わず、1人異界の門へと近付いた。
本来は存在しない王女の生気まで吸収される事はなく、青白い輝きが体を通り過ぎるのみ。
生気に共鳴するように異界の門から発せられる悲鳴のような音が、耳をつんざいた。
「この向こうは……」
扉の先を覗き込もうとした時、誰かの声が広間に響き渡った。
「トアルさん! それに……、マクロフィ様?」
広間に現れた者はシャトン。目の前に見える大きな異界の門にも驚きを隠せないでいる。
「シャトン。何故、君がここに居るのです?」
相変らず宙に浮いたままのマクロフィ。シャトンを見下ろしていた。
「外で村の皆が次次と倒れてしまい、だから、マクロフィ様を探しに来たのです!」
目の前に居るマクロフィが魔物の姿に変わっていても、まだ司教が救ってくれると信じて疑わないシャトン。
「そんな理由を聞いているのではありません。何故、貴方がこの場所に来れたのかと、聞いてるのです。既に教会は結界を張り、ただの人間が入り込む事は不可能なのですから……」
「それは……。トアルさん、あの扉は何ですか?」
2人の間に入り、背中を向けるトアルにシャトンが尋ねる。
「あれは異界の門と呼ばれる、人と魔物の世界を繋ぐ物。あれが完全に開くと、この村や人、島自体も消えて大変な事が起こるかもしれないんだ」
トアルはこの場から一刻も早く去り、出来るだけ遠くへ皆と一緒に避難するように伝えると、再びマクロフィに立ち向かって行った。
その姿と、止まる事なく開き続ける異界の門を見比べ、シャトンは迷う事なく近付いた。
「シャトン、何をしている? それに近付いてはいけない!」
トアルの制止の声も聞かずに異界の門へ辿り着くと、その扉に手を掛けた。
どういう事か直接触れたにも関らず、シャトンの体から生気が奪われる様子もなく、力を込めて閉じ始めた。
「そんな事で、人間の力で閉まるものか!」
マクロフィの言葉にめげる事もなく、扉の開きを抑える。
「ラーナディア!」
広間に木霊した呪文。それは、シャトンの口からだった。
「何っ!? ただの人間ではないのか、シャトン!」
シャトンの唱えた呪文は力を上昇させるものらしく、扉が徐徐に閉まり始める。
マクロフィが直ぐ様、襲う相手をシャトンに切り替えて迫るが、トアルの放つ守りに攻撃が届かない。
「トアルさん、片方を閉めるのがやっとで、完全には無理なんです」
両手を使い大きな片方の扉を閉めるシャトンがその手を放せば、また開いてしまう。
マクロフィからの攻撃が止む事はなく、トアルはシャトンにある事を囁いた。
「シャトン、今だ!」
トアルの合図にシャトンがその手を離し、退いた。
マクロフィが扉の前に立ちはだかるのを確認すると、トアルが呪文を放つ。
「何度、同じ攻撃をしている。そんな呪文、効くものか!」
それでも休む事なくトアルは放ち続ける。雨のように辺りに散らばる呪文の欠片。
「デルム・レイン」
今までとは違う呪文が木霊すると、先程から砕け落ちていた欠片が光り輝き始める。
光はマクロフィの体に絡み付きながら、一気に凍り始め一瞬の内に身動きを奪う。
「こんな事をしても無駄だ! 人間共が、滅びよ!」
マクロフィの体が媒体となって、異界の門ごと冷気が広がる。
凍りつく速度は思ったよりも早く、マクロフィが逃げ出す間もなく辺りは静まり返った。
「どうなって、しまったのですか?」
彫像のように動かないマクロフィと異界の門。
「私の聖なる力が続く限りは、この封印は解けない。そういう呪文をかけた……。それより、早くここから脱出する方が先決だ。彼の力が弱まったためか、長くはもたない」
軋む音と共に瓦礫混じりの砂が落ち始め、広間を形作っていた地下は崩れ始める。
トアルとシャトンが駆けて去り行く足音を聞きながら、王女はまだ冷たくなった所を見ていた。
「確かに先程までの禍禍しさは失われたようだけど、魔力を全て絶つ事は出来てないみたい。これが、トゥベルの言ってた原因かな?」
大きな地鳴りがして足元の破損も酷くなり、王女も2人の跡を追った。
薄暗い通路は既に大きな瓦礫が落ちている箇所も見られ、進む足を速める。
「そんな……」
暫くして、一足先に地上へ辿り着いたシャトンが辺りの光景に立ちすくむ。
続いて現れたトアルも村の有様に驚いた。建物は地に還り、所々に倒れている人々。
「駄目だ……」
側に寄っては無事を確かめるが皆、息絶えた状態であった。
「教会の様子が妙で皆、集まって来たのです。でも、直ぐに気分が悪くなったりと様子がおかしくなり始めたから、大丈夫な私が何とかしようと思ったのに……」
生気を吸われ、この場から離れる事も叶わなかった村人達を見回り続けるが、やはり生存者は見付けられなかった。
ヌーロ村は最後の強い地震後に壊滅してしまった。
その瞬間。
地下から抜け出た穴も塞がり、跡から追いついた王女も外へ出る前に閉じ込められてしまった。
物体を通り抜けれるはずが、抜けられずに。
「どうやったらこの過去から抜け出せるのか、トゥベルから聞いてない……」
確実に深く崩れる地下の物音は王女の元まで迫っていた。
今更、戻って別の道を探す時間もなさそうなのは確かで、僅かな灯火も爆風で吹き消され、王女の足元も崩れていく。
落ちる感覚と一緒に埋もれる瓦礫の山に一瞬目をつぶり、再び開いた視界。
目の前には暗闇が広がるのみのはずが、どうした事か、月明かりが見えた。
「やっと、起きたのか?」
直ぐ側で聞こえた声に我に返る王女。その方を見るとトゥベルが座っていた。
「え? あれ? 私……?」
何故、自分が無事なのかと体を触り終えると、辺りを見渡した。
「安心しろ。ここは、船の中だ」
いつもと変わらないぶっきらぼうな物言いに、王女は更に我に返る。
「って、そうじゃなくて! どうなってるの!?」
寝床を離れ、トゥベルに詰め寄る。
「少しは静かにしたらどうだ? 他の者達も居るし、今は夜も更けて皆寝ている頃だ……」
溜め息混じりに話始めた内容。王女に掛けた呪文は一時的に意識だけをヌーロの遺跡へ残す物らしい事。
その後、船着き場からタリゲス島をあとにしたのだと。
聞きたい事や、言いたい事も沢山あった王女だが、それは止めて再び寝床に戻っていく。
寝床の側には先程、気付かなかったエスフの寝姿があった。
目を閉じようとした王女に、トゥベルが質問する。
「それで、あそこには何が在ったんだ?」
「……異界の門が在った」
再び眠りに入った王女がトゥベルの少し驚いた様子に気付く事はなかった。
そういえば何故、ウィンフィーユはあそこに居たのだろうかと王女はふと気に留めたが、良い方向に考える事にして止めてしまった。
「これで、2つか……」
トゥベルが呟いた声も波の音に掻き消された。
「この後、君はどうする?」
ヌーロ村の先にある崖上に並んだ墓石。刻まれた名前はあの時、亡くなった村人達。
「あの時、少数ながらヌーロ村を離れていて助かった人達が港側にある村で暮らすそうなので、私もそうしようと思います」
トアルの力で今は抑えられているとはいえ、異界の門から絶える事なく漏れている魔力。
その上で復興して暮らす事は危険な事で、本来ならタリゲス島から全員避難するべきだが、それを受け入れる村人達は少なかった。
「シャトン。君さえ良ければ、その力を聖円の紋で使わないか?」
「え? あ、でも……」
シャトンが使える呪文はあの時の1つ限りで、それが代々受け継がれた仕事にも関る事を聞いたトアル。
勿論、身寄りもないシャトンのこの先の事もある。
「悩む事は仕方がない。勿論、今直ぐでなくても構わない。気が変わったら、聖円の紋を訪ねてくれないか?」
墓を建て終えたトアルが去ってから間もなく、シャトンはタリゲス島を離れて聖円の紋へ向かったという。
もっと、見抜く目があれば。
もっと、誰かを守れるような力があれば。
もっと、もっと、強くなりたい。
シャトンが心に誓った強い気持ち。
タリゲス島を去る時に見上げた天空や、輝く星に届くような高みであった。
ラーダン家は1000年前に起きた戦いの時も、その力を12賢者とは違う方法で人々のために使ったという。
現在でもヌーロ村に残された遺跡の中には、異界の門やマクロフィの影響のためか、独自に生成しては深部を守り続けるものが存在している。
第5部ヌーロの遺跡はこれで完結です。
マイペース過ぎて、1年経過してしまいましたが、ここまでお読み頂きまして誠にありがとうございました。
このヌーロの遺跡は後々、物語で大事な場所にもなっていきます。
次話の第6部はカナルデの書『赤と黒の大国』というサブタイトルで、7月から開始予定です。
ヽ(^-^)