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カナルデの書  作者: 箱庭
41/56

『ヌーロの遺跡』─13

Part 5

内部の窓が一つ、また一つと閉められ燭台が輝きを増す中、靴音が響き渡った。


「トアルさんですか。いらっしゃらなくても、私も部屋に行きますから」


 いつの間に戻っていたのか、司教は残りの窓にも手を掛ける。


「何故、ただの水を聖水と偽り、配っているのですか?」


 立ち止まったトアルの手に握り締められた小さな瓶。

 それは、老人に確認した物と同じであった。真っ直ぐに澄んだ蒼い瞳が真意を確かめる。


 マクロフィは手をとめると、顔色一つ変える事なく、口を開いた。


「貴方にはやはり、まがい物は通じませんか……」


 失笑と共に、どこか冷めた感じの言葉。その瞬間。

 残りの内窓が一斉に閉じる物音が辺りに響き渡った。


 2人以外、誰の姿も見られない場所。

 単に吹き込んだ風のせいとするには、鍵となる鉄の横棒が全てにおりていた。


 静かに燃える炎の揺らぎが、2人の影を濃く浮かび上がらせる。

 マクロフィの黒い瞳がトアルに絡み付く。


「もう少しは、大丈夫と思っていたのですが……ね。駄目でしたか」


 同じく闇に紛れそうな黒髪を掻き上げる仕草をしながら、次第に鋭くなる視線。

 階段を下りてきた王女が祭壇の方から、そんな2人の様子を覗いていた。


「人とは、些細なきっかけで良くも悪くも動くのですよ。ただの水も聖水だと伝えれば、皆さん信じて安心されていましたしね」


「何のために、こんな事を?」


 その問い掛けに、再び失笑混じりに漏れた声。今度は満足そうな笑顔が目に入った。


「何故? フフっ。それを聞いて、貴方はどうされるのですか?」


「必要ならば、ここの村人を救うまで……」


 その答えが気に入ったのかより一層、口元が歪んだ。


「面白い人ですね。貴方みたいな人、嫌いじゃないですよ。でも、残念です」


 最後の言葉を吐き捨てるなり、辺りに広がり始める魔力。


「私の計画に邪魔な要素は排除しなくてはなりません。貴方には、消えてもらいましょうか?」


 マクロフィの瞳孔が丸みを失うと、背中に大きな双翼が広がった。

 破れた衣類から晒された素肌は燃えるように赤く、羽ばたく双翼に風が舞い上がる。


 周囲の物が次々と壁際へ押し寄せられていく。


「魔物が何故この地にこだわる?」


 その答えの代わりに、長く鋭い爪を振り落すマクロフィ。

 構えた剣で受け止めるが、今度は長く伸びた尾がトアルを払い除けた。


 手数の足りないトアルは壁に叩き付けられる。


「デルフィニウム」


 立ち込める埃にトアルの姿が消えた時、呪文が木霊した。

 現れた氷の壁が追撃の手を阻む。2人の攻防に、王女は祭壇の陰から見守るしかなかった。


 トアルはマクロフィを最初から疑っていたのだろうか? そんな問いを浮かべながら。

 王女がマクロフィに疑問を感じたのは、書棚を見掛けてからだ。


 様々な博識な本が置かれていても、肝心の教会らしい神聖な書物が一つも無かった事。


「こうして、12騎士と戦う事になるとは。その名前の由来でもある、12賢者の時以来でしょうか……。皮肉な巡り合せですね」


 攻めの手を休めると、トアルから距離を置くように高く舞い上がる。

 マクロフィは1000年前に起きたという、戦いの時も生きていた魔物らしい。


「貴様は何者だ?」


 剣先に見据える禍禍しい魔力を纏った魔物。司教としての面影すら、既に残ってはいない。


「あの時は人間の力を侮り我等は破れもしたが、100年を生きれるかどうかの生物に敗北したのではない。かの神が人間の味方に付こうとも、あの御方さえ完全に復活されれば……」


 余裕さえ感じられた言葉の数々に、それまでには無い、酷く感情のこもった言葉が漏れた。

 振りかざす手から光が一気に溢れ、辺りの視界を遮る。


 眩しさが和らぐ頃にはマクロフィの姿は消えていた。

 トアルは姿を探し、周囲に目を配らせながら祭壇の方へと駆け寄る。


 祭壇の床は今までには無かった一部が開いており、地下へ続く隠し通路が見えた。

 直ぐ様、跡を追うトアル。王女も続いて通路の階段に足を掛ける。


 ふと、見上げるような状態になった頭上の先にある釣鐘が視界に映り込んだ。

 先程の強風が吹き荒れる空に鳴り響く音。


 夜に聴こえる鐘の音も珍しく、聞き付けた村人達が教会の周辺へ集まってきている気配も感じられた。

 何故か開かない扉や窓を前に叩いては、中へ向けて呼んでいる。


「マクロフィ様、どうかされたのですか? ここを開けて下さい! マクロフィ様!」


 その声の中にシャトンも混じっていたのだが、王女に届く事はなく、鐘の音だけを残して、3人は地下へ消えてしまった。


「ここは……」


 薄暗い暗闇がどこまでも続く通路は、仄かな燭台が見えるのみ。

 そこはウィンフィーユと出会った遺跡に似ており、王女は燭台を頼りに奥へ足を進めた。


 マクロフィが創ったものか、それとも最初から存在していた場所か、地下にある空間。

 本来はこの村に存在していないためか、似たような仕掛けのある広間も通り過ぎても、攻撃される事は無かった。


 ただ、奥に近付く程、禍禍しい気配が強くなるのを感じられた。

 マクロフィがこの先に居る事は間違いない。トアルも一緒なのだろうかと、王女は足を速める。


「何故これが、ここに? それに、開きかけている?」


 一際、大きな広間に佇むトアル。目の前にある物に驚きを隠せないでいる。


「触らない方が良いですよ。人間の身である貴方が今の状態の扉にはね……」


 扉の前方の空間が歪み始め、マクロフィの姿が現れた。その背後で見える青白い光。

 放っているのは、両方に開いた扉から。そびえ立つ、異界の門からだ。


「その異界の門は開きかけているのか?」


「フフッ、そうですよ」


 不意に足元が少しぐらつき、広間全体に大きな揺らぎが始まった。

 気のせいか、強まる振動に合わせて扉が少し開きを大きくしたようにも見えた。


 宙に浮き、影響の受けないマクロフィは怪しく微笑む。


「この村で起きている地震は、そのせいか?」


「そうです。そして、まだ完全ではないこの扉には、栄養が必要なのです」


 青白い輝きが増し、それが扉からではなく、別の場所から集まっている事に直ぐに気付く。

 至る所から現れる光を異界の門が吸収しているのだ。


「その光はまさか……」


「その通り、人間の生気ですよ」


 恐らくはこの村の者達から得ているのだろう。普通の人間なら寿命が短くなって当然である。

 マクロフィは全てを知りながら、村人達を欺いていたのだ。


 真実を知ったトアルを見て、狂ったように木霊する笑い声。

 それが、王女が辿り着いた時に見えた光景であった。


「まさか、異界の門が開くなんて……」


 異界の門を、その目にするのは2度目。

 1度目は祖国であるティリシア王国が失われた地で。その時は閉じられていた状態であった。


 ティリシア王国が失われたきっかけも、異界の門が開いたからではと、噂もある程だ。

 その事を、2人はこれから待ち受ける運命を知っていた。


「そんな事はさせない!」


 トアルの放った魔力さえも、異界の門は吸収した。


「無駄ですよ。貴方もここで消えるが良い!」


 パトロド大陸でいつの間にか現れる異界の門。それを意図的に排除する事は誰にも出来ず、同じくいつの間にか消えるのを待つのみである。

 何故、現れるのか。どうやって現れるのか。その事実を、人間は誰も知らない。


「トアル!」


 誰に聞える事もない名前を叫ぶ声が、虚しく木霊する。

 マクロフィ自身の最後の一押しともいえる魔力が注がれた時。


 異界の門が応えるように、扉を完全に開こうとし始めた。

 マクロフィと同じ禍禍しい魔力を溢れ出しながら。

残り、あと一回の更新で第五部は完結します。

 ここまでお読み頂きまして、誠にありがとうございました。


ヽ(^-^)

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