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カナルデの書  作者: 箱庭
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『ヌーロの遺跡』─12

Part 5

「あれは……?」


 考えがまとまらず、部屋を離れた王女は司教のマクロフィの居る1階へと足を向けた。

 祭壇を囲み、崇め祈るように村人が大勢座り込んでいる。


 マクロフィは何かを囁いては、小瓶を手渡していた。

 中身は液状の物。

 薄暗い中で行われているためか、王女の知る神聖な儀式とはどこか印象が違っていたのだ。


 光は闇を散らし、聖なる言葉は悪を寄せ付けない。

 教会にある言葉の一つだ。


 王女はよく確かめるために、間近に寄る。


「マクロフィ様。私達ばかり何故、死が早まるのでしょうか? こうして毎日祈っても、加護を受けた聖水すら効きません……」


 辺りから漏れる不安気な人々の声。


「今日か明日か、また近い内に誰かが死ぬんじゃよ。地震のあった日は、いつもそうじゃ」


 老人が呟いた言葉に皆の視線が集まる。


「止めてくれっ。そんな話、聞きたくない!」


 遮り叫んだ男は、忌々しそうにその場を去ってしまった。

 続くように溢れだす否定の言葉や不安の声。泣き出す者も現れ、辺りは騒然となった。


「皆さん、どうか落ち着いて下さい」


 マクロフィは混乱をおさめるために、聖円の紋から使者が病気について調べに来ている事を伝えた。

 それを聞いた村人達からは、今度は安堵の声が漏れ始める。


 皆少しは落ち着いたのか、それぞれの場所へ戻って行く。


「良いのですか? トアルさんがこの村に来たとしても、この病気が治るとは限らないと思いますが?」


 マクロフィの背後で一部始終を見守っていたシャトンが前に出る。


「シャトン。貴方はまだ若く、聖円の紋については、よく知らないのでしょうね。中でも、治められていらっしゃるランネルセ様や、側に居る12騎士は侮りがたい存在なのですよ」


 マクロフィの普段と変わらぬ穏やかな笑顔。

 それを見たシャトンは心から信頼しているようで、それ以上の事は語らず、ただ頷いた。


 誰にも見えない王女の視界に、遠くからこちらの様子を窺うトアルが映り込んだ。

 いつからそこに居たのか、やがて村人達と一緒に外へ出て行ってしまった。


「それにしても、こんな物が本当にワシ達を守ってくれるのかの? マクロフィ様は良い御方じゃが……」


 老人の手に握り締められた小瓶。一抹の不安は隠せないようだ。


「失礼、ご老人。その手にされている物は先程、配られていた物でしょうか?」


 不意に背後から呼び止める声に驚いた老人は、肩をすくめた。

 振り返ると、若い騎士が佇んでいた。


「なんじゃ、お前さんは?」


 この辺りでは見慣れぬ鎧姿に見掛けぬ顔。

 村人ではないのは明らかで、警戒心が強まったのか、老人は怪訝な顔をする。


 それに気付いたのか、改めてトアルと名乗る騎士。


「そうじゃが……、気になるならマクロフィ様に見せて貰えば良かろう?」


 熱心に注がれる視線に気付いた先の小瓶をトアルに手渡すが、触れるのも少しで、直ぐに返された。

 お礼と共に立ち去る後ろ姿を眺めながら、あの騎士が本当に村を救えるのかと、老人は首を傾げる。


 外の様子も覗いていた王女。

 教会は用事を済ませた者が居なくなり、元通りの静けさを取り戻していた。


「トアルさん、いつの間に外へ出られたのですか? マクロフィ様なら、もう少しで手が空きますよ」


 丁度、入り口で出会った2人。

 今日、事情で教会に来れなかった者の家まで聖水を届ける仕事があるのだと、シャトンは手に抱えたカゴを見せる。


 戻るのは夕方か夜になる事を伝えると、村の中へ消えた。

 晴れていたはずの空は次第に雲ってゆく。空を見上げながら、溢れる溜め息。


 そんなトアルの珍しい様子に、閉まる扉の中へ姿を追う王女。

 先程まで祭壇に居たはずの司教。その姿は既になく、燭台だけがトアルを迎え入れた。


 姿を探して2階の部屋も訪れるが、先程出された紅茶が冷めて残されているだけである。

 他の部屋を訪ねても同じで、トアルは最初に通された場所で待つ事を決めた。


 王女は今居る部屋からトアルの姿が消えたのを確認すると、備えられた書棚に目が止まった。

 様々な医学や土地の文献など、揃えられている書物。


 それらから、マクロフィがとても博識な事が窺える。

 その一方で、ある事にも気付く。書棚はこの部屋のみで、他にはなかった。


 王女は少し気に留めたが、トアルと共に待つ事にした。

 肩では退屈そうなエスフが、あくびを溢す。


 廊下を歩くと、一雨きそうな湿った匂いが窓から入り込んだ。

 よく寝ていたはずが、王女も部屋に座り込むとうとうとし始める。


 次に目を覚ました時。部屋にトアルの姿はなくなっており、エスフだけが膝上で寝ていた。

 そんなエスフを起こさないよう床へ残すと、部屋を後にした。


 1階から人の気配を感じた王女は、その方へ階段を下りていく。

 窓の外は、日が暮れて暗くなっていた。

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