『神具』─3
Part 3
「ティリシア様。私とトアル様で何とかします。私が出て、引き付けますから、その間に離れて下さい」
シャトンは小声で王女に囁くと、背から剣を抜き構え、台座より飛び出して行く。
王女はその後姿を目で追いながら、言われた通りに台座に隠れた前方へ駆け出した。
台座の陰からシャトンの姿をとらえた男。再び呪文を唱える。
再び氷地より現れた氷刃が襲い迫る中、男の背後よりトアルの声が木霊した。
「我が魂と時を刻む水の化身よ、災いを払いのけよデルフィニウム!」
その声に男が目をやると、褐色の長髪を地に這う風になびかせたトアルの姿が映り込んだ。
体前にした右手より、青白く光る指輪が輝きを増し始める。
駆け抜けるシャトンに迫る氷刃へ、地鳴りと共に現れた氷の壁。
全てを受け止めて砕け散った。氷霧の中に、光を反射しながら地に落ちる音が悲鳴のように鳴り響く。
「我が制約を結びし火の化身よ、我が力となれガイラルディア!」
男に駆け寄るシャトンの呪文に応えるように、剣柄が眩い光を放つ。そして、白銀の剣を緋色に染め変えていく。
男がトアルからシャトンに目を向けた瞬間、容赦なく剣が振り落とされた。
真っ直ぐ見据える金色の眼から恐れは感じられず、一言、“ビブローク”と呪文を唱える声が静かに聞こえた。
振りかざすシャトンの周囲に、小さな淡い球体が現れる。
それは氷霧を吸い込みながら、回転し、徐々に大きくなり始めた。
「何だ?」
側に現れた球体を目で追う。男はシャトンの刃を受けるより先に、地を一蹴りした。
そして歪な形を残した台座上へと、高さも気にせずに鳥のように降り立った。
球体は輝きを強めながら、なおも大きさを増している。
「シャトン! 離れよ!」
トアルは言うが早いか同時にデルフィニウムの呪文を放つ。
シャトンは逃れた男を目で追いながら一旦、その場を離れるために地を蹴った。
その瞬間。宙に浮いたままの球体は回転する動きを止めた。
歪な物音と共に、赤い閃光が一気に放たれ、熱気と衝撃が辺りを襲い始める。
散らばる球体が連鎖する爆発の中、シャトンはガイラルディアを盾に塞ぐ。だが、重たい風圧がその身を襲う。
シャトンを守るよう、デルフィニウムの壁が幾重にも現れ、衝撃を受けては崩れ落ちた。
程なく、氷壁の背後でうずくまるシャトンは、辺りに響く轟音と赤く染まる影の中、近付くトアルを見上げた。
「シャトン、大事ないか?」
「はい。私のガイラルディアは火属性。この地では、どうやら威力が半減するようです」
シャトンは氷地に突き立てた剣、緋色に染まったガイラルディアを眺めていた。
トアルのデルフィニウムは水属性だが、この地を支配する男の方が上なのか相殺されている。
「私が相手をしようか?」
不意に声する方へ2人が顔を向けると、顔にかかる銀髪を風圧に揺らしながら、佇む王女の姿が見えた。
「ティリシア様? ここは危険なため、離れて下さいと言ったはずです!」
顔を険しくして、立ち上がるシャトン。トアルは何かを考えるように、右手の甲を顎に当てている。
続く轟音の最中、シャトンはトアルから意外な言葉を聞かされた。
「オーニソガラムが反応しない時は、退いて下さい。私とシャトンも居ますから、無理をなさらないように」
安堵を与えるようにして、王女へ優しく声を掛ける。シャトンは、その言葉に動揺の色を隠せない。
「トアル様、ティリシア様には無理です!」
トアルは心配ないと伝えると、腰元から白銀の剣を差し出した。
細身で軽く、丈夫な剣が王女の右手に渡る。一振り空を切るように下へ振り下ろすと、風の音と共に氷霧が裂けた。
その目は凛々しく、台座に立つ男を既に捕えていた。
デルフィニウムの氷壁が崩れた瞬間。2人の間を擦り抜けて、駆け出して行く。
風が通り過ぎるように去る王女。トアルはその後を追う。
シャトンは深い溜め息を漏らしながらも、氷地を駆け抜ける。
ビブロ―クの魔法も終りなのか、破壊された氷地と氷霧が辺りを包み込んでいた。
王女は迷う事なく男の佇む台座へ真っ直ぐ突き進んだ。
男はその様子を上から眺めながら、右手をかざした。
再び木霊するラクレットの呪文。王女の行く先に氷刃が現れては襲い始めたが、側を一緒に駆ける騎士達が剣を振り、呪文を使い塞いだ。
やがて、台座前まで辿り着いた一行。息をつく事なく地を蹴り、王女が高く舞い上がった。
男の目線と同じになった時、素早く剣を横に切りつける。
風を切る音がする中、男は台座を蹴り交し、空へ飛んだ。
煌めく長髪が風になびき、身に纏う白い衣が揺れる。その口許では呪文を唱える声を静かに放ちながら。
金色の眼は、王女の顔を映し出す。王女が台座に降り立つのと同時に、男の背後から氷刃が幾重も王女めがけて襲いだした。
「ティリシア様!」
眼下からシャトンの声が木霊する。
先刻の襲う残りの氷刃をトアルが防いでいるのか、氷地に硝子片のように鳴り響く音が王女の耳に届いていた。
台座の上で一振り、また一振りと叩き落とす王女。
だが、足場も少ない場所に上手く身動きが出来ない。荒々しく吐き出される吐息。
「ここでは……」
王女がシャトンの方へ降りようと思った瞬間。叩き損ねた氷刃が左腕をかすめた。
衣服が破れ、覗かせた色白の素肌に薄っすら、赤い線が刻まれる。
一瞬、動きが止まった王女。その身に容赦なく氷刃が迫る。
逃げ場のない距離に右手でその身をかばう。すると、突如オーニソガラムが眩い光を放った。
「な、何?」
次の瞬間、迫る氷刃が甲高い音と共に砕け散った。
何が起きたのかと目を凝らすと、王女より腕の長さ程の距離で透明な弧を描くような壁が存在していた。
そこへ氷刃が当たっては砕け落ち続けている。
「これが……オーニソガラムの“力”?」
王女の右腕で輝く銀のブレスレット。透明石から強い光を放ち続けていた。
その様子を氷地より男が眺めている事に、王女は気付いていない。
辺りでは一層、氷霧が濃くなり、寒さが増し始めていた。
概要を後で追加、本文を微妙に修正と続きますが頑張ります。