『ヌーロの遺跡』─10
Part 5
島を照らす日差しが強くなる頃。今日2度目の汽笛がタリゲス島に響き渡った。
「やっと起きたのかい?」
昼食を取っていた店主の目に、王女のまだ眠そうにしている顔が映り込む。
店主にすっかりなついていたエスフも王女が側に腰を掛けると、そちらへ移動した。
「それじゃあ、アンタの好きなご主人様の食事も用意しようかね」
席を立とうとした店主に、付近を見渡していた王女がトアルの事について呼び止める。
その問いに、姿が見えないのは、王女達より一足先に今朝の船で旅立ったからだと、直ぐに返事が返ってきた。
目の前に次々と並べられる料理。それらを眺めながら、言葉だけ残し去って行ったトアルの行方を考え込む。
店主の話によれば、タリゲス島からは潮の流れの関係で東の方へしか行けないとの事。
東といえば、やはりレブレア王のいる国になるだろう。
王女も訪れる機会があれば、再び会えるかもしれない。
支度を終えて店の方へと戻って行く店主を見送ると、出された食事に手を付けた。
食事を済ませると、早速トゥベルが向かったはずと聞いた遺跡の方へ、足を向けた。
村の賑わいに比べれば相変わらず人寂しい森。奥に進む度、聞こえていた声も小さくなり、遠のいていく。
足元に居るエスフは、王女を案内するように前を進む。やがて、見慣れた後ろ姿がその先に見えた。
「……何してるの?」
「……」
「トゥベル?」
「……」
「人の話、聞いてる!?」
「……うるさい奴だな」
背後からそっと声を掛けたが、中々返事のない様子に回り込み、トゥベルの目を覗き込むようにする王女。
思えばフィラモ神聖国から随分な態度と言動。さすがに何か言いたそうにしたが、堪えている。
「先程、着いた船でそろそろ出発しようかと伝えに来たのだけど……、迷惑なら私達だけで行くからね」
廃墟同然の荒れ地に再び何の用かと、様子を覗きに来たのもあった。
だが、気を悪くしたのか、早々に背を向け立ち去ろうとする王女。
その様子に、やはり気遣う気は更更ないトゥベル。溜め息混じりに振り返った。
「この地に何故、魔力が溢れているのか、気にならないのか?」
遺跡に穴があいたせいなのか、現在、確かに微力ながらも肌に感じる魔力。
恐らくウィンフィーユが残したものだろうと、それもいずれは消えると考えた王女は、休む事なく歩を進める。
だが、腕を掴まれ、妨げられた。
「先程から遺跡に入っても外に出されていてな。丁度良い、付き合ってもらうぞ」
「付き合えって、中には何もなかったでしょ? それより船が……」
半強引にトゥベルは王女と共に、遺跡の扉をくぐり抜ける。
その様子を少し離れた場所から見送るエスフ。暫くすると、同じ場所から2人が帰ってきた。
「あれ? どうして、ここに戻って来ているの?」
「やはり駄目か。それなら、この方法にするか……」
ウィンフィーユを見付けた時と同じく、薄暗い中に灯がだけが揺らぐ一本道。
その通路を進んでいたのだが、いつの間にか入り口となる場所へ辿り着いていた。
何やらブツブツと独り言を呟くトゥベル。その様子にやはり一人で村の方へ戻ろうとしたが、またしても腕を掴まれた。
「ここは魔力が溢れているから、大丈夫だろう。その目で、確かめて来ると良い」
「どういう意味? トゥベル?」
遺跡に触れる指先。呪文を口するトゥベル。その周囲からは、白い霧が辺りに広がり始める。
イブフルー神殿でも見掛けたような光景。霧から逃れるようにエスフも王女の肩に掴まる。
次第に足元から上へ色濃く包み込む霧は、目の前の遺跡や腕を掴んでいたトゥベルの姿も隠してしまった。
「これは? トゥベル、一体何を……?」
返事のない前方へ手を伸ばして、白い空間を探る。
次第に濃霧は遠のき、辺りがわかるようになった。
「キュッ」
「どうなって……るの?」
荒れ地に広がる廃墟の残骸と、遺跡が残されていたはずの場所。
そこにはルドイシュ国で見掛けた土壁造りに、タリゲス島の船着き場の側で見掛けたような素朴な村が広がり、一際大きな教会がそびえていた。
恐れて誰も近付かないと聞いていたはずが、王女の瞳に映り込む人々の姿。
決して多くはないが、賑わいがあるように感じられた。
「この教会にいらっしゃる司教様を紹介しますね」
辺りを見渡していた王女の耳元に、聞きなれた声が届く。
若い村人と、この場所には不相応な騎士が通り過ぎる。そして、若い村人は教会の扉先へ姿が消えた。
立ち止まった騎士は、王女と同じく辺りに気を配っている。
「トアル? この島を出たんじゃなかったの?」
褐色の長い髪に白銀の鎧。女性と見間違われそうな容姿。
その見覚えある姿は間違いなくトアルだ。今度は行き違いにならぬようにと、手を伸ばす。
だが、トアルに触れようとした手は擦り抜けるだけだった。そんな王女に目もくれず、何事もないよう佇むトアル。
いつもなら誰に対しても律儀に挨拶を交すトアルだが、どうやら本当にわからないようだ。
困惑する王女。
その背後で扉が開き、中から人が現れた。
先程、村人が紹介すると言った教会の主、司教らしい身なりの男性。
中へと招かれるトアルは、前に居た王女が退き遅れたにも関わらず、ぶつかる事もなく、やはり体をすり抜けていく。
歩くトアルの後ろ姿を眺めながら、自分の置かれた状況に何となく、王女は気付き始める。
この島に昔あったはずの村の名前は確か、ヌーロだという事も。
資料画、12騎士シャトンの絵を2枚追加。他、色々と改装しています。
ここまでお読み頂きまして、誠にありがとうございました。(^-^)