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カナルデの書  作者: 箱庭
34/56

『ヌーロの遺跡』─6

Part 5

タリゲス島に夜の帳が下りた頃。一室で目覚める者が居た。


「……ここは?」


 視界の闇に徐徐に慣れ始め、木の香りを残す丸太に囲まれている事がわかった。

 ゆっくりと起こす体。潮の匂いが時折、側の窓辺から吹き込む風と一緒に入り込んで来る。


 微かな波音が聞こえる窓辺に目をやった。淡い月明かりが一筋の光となり、直ぐ側の寝所を照らしている。

 身を乗り出そうとした時、不意に手元で何か柔らかい感触が伝わった。


 視線をその方へ落とすと、人影が映り込んだ。無防備に横たわり、その顔は丁度、トアルの方へ向けられている。

 首を隠すかどうかの長さの髪に、しなやかな体が僅かな月明かりに浮かび上がる。


「王……女?」


 見慣れた面影に戸惑うトアル。何故、一緒に居るのかと。

 手を伸ばして揺り起こそうとしたが、直ぐにその手を引っ込めた。


 せっかく穏やかに寝ているその姿を、不必要に妨げたくはなかったからだ。

 改めて見渡す部屋。

 そして王女の顔。

 そっと添えられた手の指先から、銀色の髪が流れ落ちる。


「王女……」


 静かに寝入る王女の吐息。触れる側まで近付く顔があった。

 その眼差しは、とても穏やかに。これより語るは、今の時間より少し前の事。


「ヌーロ村の遺跡ですか?」


「そうです。タリゲス島は以前も訪れた事がありましたね、トアル?」


 白に包まれた一室で対峙する2人。部屋にただ1つの椅子から、見上げられた視線の先にトアルが居た。

 その目の前には、大きな蒼い瞳を持つ少年の容姿、ランネルセが微笑んでいた。


「行くのは構いません。ですが、直ぐでないと駄目なのですか? 出来れば、もう暫く王女に同行したいのですが」


「お気持ちは重々承知していますよ。ですが、他に適任者はいないと思いますから」


 腰元まで伸びた褐色の長い髪から覗く瞳が、事も無げな言葉に目を伏せる。

 暫くして任務を受ける言葉を残し、トアルは立ち去った。


 その後ろ姿を眺める続けるランネルセ。パトロド大陸の中心に位置する聖円の紋。

 ランネルセはそこで、国を治める存在として、最高神官将という地位に就いている。


 任務を下した12騎士が扉の先へ消えた事を確認すると、詫びれた言葉が漏れた。


「私も出来る事なら、貴方には王女の側に居て欲しいと願っていますよ……」


 窓から覗く蒼天。

 穏やかな流れに乗る雲とは違い、パトロド大陸では急速に不穏な流れが動き出していた。

 それに合わせるよう、与えた任務。それは、ヌーロ村の遺跡に居ると思われる神具を連れて来る事であった。


「トアル様、もう行かれるのですか?」


「なるべく早い方が良いのでな。世話になったな」


 聖円の紋から遥か彼方の北西に位置する、メカルの港街に立ち寄ったトアル。

 港街1番と噂される酒場兼、宿屋ロップの主、マルエルに別れを惜しまれていた。


 王女の捜索当時からの長い付き合いで、聖円の紋へ情報を提供してくれる者でもある。

 船着き場で見送る姿の中に、主の1人娘であるナルの姿は見られない。


 今日は所用で出掛けているのだ。以前も主の娘であるナルに、旅立つ別れを告げる事なく去っている。


 遠のく船の中で、ナルの気持ちを知らないトアルが、これから行くべきタリゲス島の方を見据えていた。


 タリゲス島へ着いた頃には、数日後に開かれるというルドイシュ国の催し、ルド祭の事を耳にしていた。

 不意に王女の顔が浮かんだが、その心配は直ぐに消え去っていく。


 好奇心旺盛な王女なら必ず行きたいと言い出しそうな催し。

 王女の父親であるロイ王は生前、敢えてその事は伏せていた程だ。


 一国の王女に野蛮事は不要との側近達の声も多く。

 それ程ルドイシュ国と国交も無いティリシア王国では、関わる事は無かった。


「ちょいと、お待ちよ。そこの美人さん。そう、アンタだよ!」


 船着き場から直ぐ側に構える村を過ぎ去ろうとした時、視界に割って入る女性がいた。

 足を止めたトアルに掴みかかるよう、立ちはだかる者。驚くトアルとは反対に、軽快な口調が続く。


「私はあそこの店の主だよ。アンタ綺麗だねぇ。観光客かい?」


「いえ。この島へは、所用で訪れました。ヌーロ村の遺跡はご存じですか?」


 ヌーロ村の遺跡。

 その言葉を聞いた店主は、煩いまでの喋りを止めてしまった。

 もう一度訪ねようとしたトアルを遮るよう、口を開く。


「アンタ、何の用だい? あそこは荒れ地で見る所なんて、ありゃしないよ」


「事情は話せませんが、場所を知っているなら教えて貰えませんか?」


「そりゃあ、場所は教えてあげても良いけど、今は魔物が住み着いて危ないんだよ?」


 それでも構わないというトアルに恨負けして、渋々その在り所を教えた店主。

 礼を言いながら立ち去る姿に、店主は、“もったいないねぇ美人なのに”と、漏らしていた。


 タリゲス島を囲むように生い茂る樹木を進んだ先。土中に埋もれた瓦礫を、至る所で見掛けるようになる。

 そのヌーロ村の痕跡を辿って行くと、辺りに比べ一際、建物らしい形状を残した土壁が現れた。


 更に入り口らしい場所を見付け触れてみると、扉が反転し、中へ入り込めた。

 陽の当たらない薄暗い通路を、そのまま進んで行く。左右を囲むようにそびえる遺跡の壁。


 唯一の魔力で出来た火が、幾重も行く先を淡く照らしている。

 遺跡の中は広く、方向感覚を奪う反転する壁を幾度も通り抜け、少し拓けた広間を過ぎ去り続けた。


 その度に出会う仕掛けも含め、目的を遂げるまでさ迷い歩き続ける。

 陽の当たらない闇にどれくらいの時間を費やしたのか、やがて螺旋階段のある場所までやって来た。


 薄暗い上部を側の火で灯すが、その灯りも途中で途切れて先がよく見えない。

 他へ通じる通路も見当たらず、その階段を上る事にした。


 人が1人通れるかどうかの幅の石階段。踏みしめる度に靴音が甲高く響き渡る。

 揺れる灯りの先は闇。何処まで続くのか、長い道のりに広がるのは静寂のみ。


 ただ時折、外と同じ匂いの風が側を吹き抜けて行く。


「……誰か、居るのか?」


 眼下の広間が小さく見える程、上った先で何かを感じ、足を止めたトアル。

 周囲を手元の灯りが行き交う。だが、依然として深い闇が続くのみ。


 気のせいかと、再び歩き出そうとした瞬間。闇の先から何かが迫る気配が強まった。


「オマエは……何者だ?」


「っ!」


 声と共に舞い降り、現れた影。その声の主である、金色に輝く縦目の瞳孔からは、殺気がみなぎっている。

 答える隙もなく、手元の灯りが広間に叩き落とされ、闇に消え入った。


 直ぐ様、視界を奪い始める闇に紛れてトアルの体は傾き、広間に落ちて行く。

 目の前には先程の男。力強く掴み掛ったまま離れない。


 静寂を破る衝撃。

 体が減り込む程、破壊された広間の床。

 その中心に仰向けで横たわるトアルが居た。周囲を覆う土埃の中に、間合いを置いた男の姿が浮かび上がる。


「ゴホッ……ゴホッ、手荒い奴だな。お前がウィンフィーユか?」


「……」


 体を引き起こし、男の方へ視線を戻す。

 がたいの大きい長身は白い衣を纏い、色を持たない短髪から覗く目は険しさを増している。


「私の名前はトアル。聖円の紋に仕える12騎士の1人だ。ランネルセ様からの命で、お前を連れに来た」


「ランネルセ? なら、お断りだな。さっさと……失せな」


 ウィンフィーユと呼ばれた男。その手元では、禍禍しい光の塊を作り出している。

 話を無理矢理終わらせると、その魔力をトアルへ向けた。勢いを増して迫る塊。


「デルフィニウム」


 トアルの右指に填められた青白い魔石を持つ指輪。呪文に応じるよう、その輝きを増した。

 辺りは霧のような氷霧が漂い、トアルを守るように、その姿を隠し始める。


 閃光と共に広間に衝撃が走る。

 直ぐ様、防ぐように氷の壁が立ちはだかり、風圧が広間の壁を剥がしながら、魔力を消し去っていく。


 争うには狭い場所。

 足元をあっという間に瓦礫で埋もれさせた。

 遺跡の中でも唯一灯りが集中し、明るかった場所。今ではお互いの気配を探り合う程、薄暗くなっていた。


 身が隠れる程、崩れ落ちた瓦礫の後ろでトアルは辺りに目を凝らす。

 腰元から静かに剣を抜き、ゆっくりと瓦礫の前へ出た。


「プトロ」


 その瞬間。

 木霊する声と共に、光の塊が襲い始める。その度に交して、距離を縮め迫るトアル。

 剣先がウィンフィーユを捕えるまでになった。だが、寸前で何かに当たり、交される。


 手を払う仕草に鋭い何かが映り込む。トアルはデルフィニウムの呪文を剣に練り込んだ。

 氷の刃と化した剣が、それを捕える。長く伸びて、刃のように鋭い爪。


 掌と変わらない長さの爪は、剣から漏れる魔力に氷漬けにされ始めていた。


「なる程な。それが武器か」


「フン、くだらぬ」


 強引に引き剥がすウィンフィーユ。その爪が砕けた。

 痛みは感じないのか、トアルを見据えたまま。やがて手の爪は元通りになっていく。


「ティリシア王国が滅亡してから7年。方々お前を探し、手を尽したが今まで見付からなかった。このヌーロ村の遺跡での所業がなければずっとな……」


「俺には既に関係のない事。人間達の住む世界もな……」


「そうもいかぬ。最後に契りを交したロイ王はお亡くなりになったが、シルバホーン家である王女が戻ったのだからな」


 再び構えられたトアルの矛先。王女の名に聞き覚えがあるのか、ウィンフィーユは微かな反応を見せた。

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