表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カナルデの書  作者: 箱庭
33/56

『ヌーロの遺跡』─5

Part 5

「奴とは会えたのか?」


「直ぐに崖下の海に飛び込まれ、行方がわからなくなった。もしかしたら……」


「海へ? なら心配はいらん。逃れただけだろう」


 潮の香りを含んだ風が遺跡の荒れ地を吹き抜ける。なびくトゥベルの長い髪。

 見上げた視線の先で佇む王女の、その曇りがかった顔を繁繁と眺めていた。


「そう容易く終わる命でもないしな……」


 物憂いに視線を伏せながら漏らした言葉。徐に横たわるトアルを肩へ担ぐと、元来た村へと引き返し始めた。

 王女と、その肩へ移動していたエスフも後ろをついて行く。


 村の灯りが樹木の間より見え始めた頃、空高く汽笛が木霊した。

 海沿いから遺跡の側へ戻った時も、遠くから聞こえていた音。


 村に入り、急いで港を目指した一行の目に映ったのは、遥か彼方に過ぎ去る船の煙と泡道だけであった。


「間に合わなかったな」


「……船が2隻?」


 夕暮れに染まる海に浮かぶ2隻の船影。その様子は次第に遠ざかり、やがて見えなくなった。


「なんだいアンタ達、乗り遅れたのかい?」


 不意に背後から聞こえた威勢のいい声。その声に振り向くと、豊かな体を揺らしながら、王女達の前で立ち止まる女性の姿があった。

 初めてこの島を訪れた時にも出会った店主である。怪訝な顔をするトゥベルを尻目に、その傍らで項垂れるトアルを見ていた。


「凄い有り様だね。生きているんだろ? 良かったよ。この村は宿屋もないからね、野宿も悪くないが、私の所に来なよ。大した事は出来ないが歓迎するよ」


 衣服の破けたトアルを眺めながら、微かな息遣いに安堵した店主は、そう言い終えると村の方へ引き返して行く。

 急な話に戸惑う王女。少し進んだ先で立ち止まった店主は、手招きをしては、また歩き出した。


 その姿に、トゥベルの怪訝な溜め息を聞きながらも、後をついていく事にした。

 夕紅に染まる空も陰が強くなり、やがて闇が訪れた。


「あの船は東専門の積荷船だよ。この島へは寄らず、前を通り過ぎるだけさ」


「東……、レブレア国へですか?」


「そうだよ。私は行った事がないけど、立派な大国なんだってねぇ」


 店主の家は店の裏手に建っており、同じく木造の2階建て。その奥へと通された王女達。

 店主はテーブルに白い布を敷きながら、客人に用意された紅茶を並べ始める。


 側の椅子に座る王女が先程の光景を話すと、店主は観光用の船ではない事を教えた。

 遺跡の側で聞こえた汽笛は、どうやら積荷船の方である。


「おや、トアルさんを運び終えたのかい?」


 2階に繋がる階段から下りてきたトゥベルは、そのまま王女の側の椅子へ腰掛けた。

 まだ意識の戻らないトアルは、2階の寝所へと店主に促され運んでいたのだ。


 差し出された紅茶に手を付けるトゥベル。溜め息混じりに、そっけない返事を店主に返した。


「……何処へ行く気だ?」


「少し様子を見てくる」


 入れ替わるようにして椅子の物音を残し、2階へ上がって行く王女。

 その後ろ姿に、トゥベルの深い溜め息がまた一つ増えた。


「アンタも色々と大変そうだねぇ?」


「それはどういう意味だ?」


「なぁーに、気にしないでおくれ。さて、沢山、何かごちそうをこさえるかね」


 高笑いを残し、店主は台所のある更に奥へと姿を消した。

 その様子に不機嫌そうに鼻を鳴らすと、再び2階へ繋がる階段へ視線を戻す。


 側では、出されたお菓子を美味しそうに頬張るエスフの姿があった。


「トアル……」


 一室で、部屋の素材と同じ扉の閉まる物音が響いた。部屋の傍らで横たわるトアル。

 その側へ静かに近付く王女。2階にある部屋は4つ。その姿を探す事は容易かった。


 夜も更けた薄暗い部屋には、寝所脇にある窓から月明かりが、淡く射し込んでいた。

 トアルの顔を深深と覗き込むよう佇む王女。トゥベルの施した魔法のおかげか、少し顔色がよくなっている事に安堵していた。


 邪魔にならないよう、空いた場所へ腰を掛けると、優しくその顔を撫でる。

 静かな寝息が聞こえるだけで、トアルの反応は無い。


「無事で良かった」


 王女の顔が緩む。

 トアルの胸に押し当てた耳を通して、力強く脈打つ鼓動を確かめる。

 その音を暫く聞いていた王女だったが、閉じた目はそのまま眠りに落ちてしまった。


 幼少期頃の王女とトアルの関係、それは身内同然である。

 トアルは王から頼まれた剣術の指南だけではなく、外の世界の事も色々と教えていた。


 勿論、好奇心旺盛な王女にせがまれた事もあるが。

 王女の方はコダルと双子であるその顔に安堵を覚え、傍らで眠る姿もよく見られる程、懐いていた。


 異界の門から戻って、きちんと交した会話は宴の時だけである。

 それも少しの時間だったと、懐かしむ心が王女にはあった。


 意識が遠のいて、暫くしてから部屋に誰かが忍込んだ。2人の眠る寝所に映し出された影。


「飽きれ果てた奴だな。見舞いに来て、そのまま寝つくとは……。還る場所も無くなった今では、そこが気の休める在りかか……」


 側の窓を少し開け、外を眺めるトゥベル。入り込む風に腰本の髪がなびく。

 正面に構える静かな海と、空に輝く星星。再び王女とトアルへ視線を戻すと、部屋を後にした。


 その閉まる扉の音は、どこか不機嫌そうに響いて。


「どうだい? 食事は取れそうかい?」


「今夜はこのまま寝かせてやってくれ。私も遠慮する」


「そうかい。じゃあ、明日に用意するかね。アンタは何処へ行くんだい?」


「私の事なら心配は無用だ。外の方が落ち着くのでな……」


 呼び止めも気にせず、トゥベルは外へ出て行った。その足音は、遺跡のある方へ次第に遠ざかって行く。

 店主は側に居たエスフの頭を優しく撫でる。お腹は空いているかと訪ねたが、首を横に振る姿に台所へ戻って行った。


 その後ろ姿を見送ったエスフは、テーブルの上で丸まると、静かに眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ