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カナルデの書  作者: 箱庭
31/56

『ヌーロの遺跡』─3

Part 5

遺跡の入り口と同じく、歩く度に1枚壁の仕掛けを何度か通り抜け、奥へ進んでいた。

 その度、真っ直ぐに進んでいるのか実際の所、方角すらわからないでいる。


 辺りを包み込む闇間が一層、その感覚を奪うために。

 眺めた矢先、一際辺りの灯りの強まる空間が映り込んだ。


 よく目を凝らして見渡すと、どうやら広間のようである。

 その壁には騎士の姿が彫られ、灯りの燭台が間隔を置きながら揺らめいていた。


 足元には、同様の黄砂混じりの土石が広間全体に及んでいる。

 視線を這わせた先、天井の中心には何か飾るためなのか、石棒を支えに1枚の床石が垂れ下がっていた。


 真向かいには、その先に繋がる通路が薄暗く灯されている。

 静寂だけが広がる空間に、王女はそっと足を踏み入れた。


 壁の騎士は周囲を埋め尽すように一面に描かれており、その姿は剣を振りかざしたり、盾を身構えていた。

 精巧な彫りに、勇ましさが現れる。圧倒されながらも、広間の中心に差し掛かった時。


 不意に微かな物音が響いた。その何かを探すように王女は足を止め、注意深く広間に目を配らせる。

 だが、通路を歩いていた時同様、どこからか吹き込む風に灯りが時折、揺れ動く様子が映るだけである。


 再び足を進めようとした時、エスフの急くような鳴き声が木霊した。

 広間で王女の靴音以外の物音が、今度ははっきりと広間に反響したからだ。


 広間に増える黒い影。重なるように現れた背後へ振り向くと、何かが横を通り過ぎた。

 本能でその何かを避けたらしい痕跡が、右腕に切り傷を残している。破れた衣服からは血が流れ始めた。


 押さえる腕に微かな痛みを覚えるが、軽傷だ。添える手も間もなく、右手首でブレスレットの輝きが増す。


「オーニソガラム!」


 ブレスレットは形状を変え続け、白銀の剣を形作ると、手中におさまった。

 身に迫る危険を防ぐため、構えた王女が通り去った方を振り向く。


 目の前にはレリーフの騎士のみ。

 せわしなく、その瞳が動きを追う。通路先は勿論、天井まで。だが、その姿を捕える事は出来なかった。


「どういう……」


「キュッ!」


 何かに脅えるようなエスフの鳴き声が、王女の言葉を遮った。

 再び響く物音。

 今度は歪に先程より大きく、増えた。エスフが何故か酷く背後を気にしている。


 王女はその先へ視線を向けた。レリーフの側、騎士がそこから抜け出したように佇んでいた。

 人の気配を全く持ち合わせていない、黒に身を纏った騎士。


 広間を囲む壁のレリーフから、次々と騎士が現れ始める。

 その様子に息を飲むのも間もなく、それぞれ剣を向けて迫ってきた。


 オーニソガラムで弾き返しては、寸前で交し続ける。

 数に圧倒され、立ち振る舞うには足場が悪い。逃れるように跳躍をつけた王女は、天井の1枚岩へと飛び移った。


 見下ろし、その数をまのあたりにした。覚悟を決めたように、剣を強く握り締める。

 黒騎士は魔力で造られているためか、人の容姿をしながら人のようではない、どこかぎこちない動きで徘徊していた。


 兜に隠れ、その表情はわからないが王女を探すように。

 反対の壁まで進むと、その姿がレリーフの騎士に吸い込まれるよう消えた。


 落ち着き、静まり返る広間。どうやら、広間の床にいる者だけを攻撃するようだ。

 上から進むべき入り口を眺める王女。飛び移れば、広間の床をそう踏む事もない。


 エスフに首元をしっかり掴むよう言うと、足場の床の端を掴み、ぶら下がった。

 振り子のように体を上下にしならして反動をつける。そして、手を離した。


 勢いのついた体は回転しながら、入り口に辿り着く。

 通路側へ転がるように進んだ瞬間、頭をかすめながら歪な物音が響き渡った。


 直ぐ様、姿勢を立て直し、通路から身構える王女。

 剣が交差し、通路の壁を塞いでいる様子が映り込んだ。レリーフから抜け出た騎士が、目の前を通り過ぎていく。


 元通りの居場所へ戻ったのか、広間の先から出る様子もなく。身の危険は過ぎ去った。

 深い安堵の溜め息を残して、広間を後にする。進む先は相変わらず、炎の灯りだけが揺らめいていた。


 誰が何のために建てた遺跡なのか、先程から見掛ける仕掛けといい。

 侵入者を拒む先に何があるのか、トアルを探しながら王女は興味深く眺めて進む。


 遺跡の中は思ったより息苦しさはなく、時折、外と同じ風を感じる事が出来た。

 不意に足元に広がる石畳の感触が変化した。平に広がるはずの石畳の破損が酷く、中には瓦礫に埋もれている場所もあったため。


 それは通路先へ進む度に酷さが増しているようだ。

 それを避けながら歩き始めた王女の前に、灯りが少ないのか、薄暗さの強まる広間が現れた。


 先程の事もあり、そっと中の様子を窺う。広間の中は通路より酷く、大きな瓦礫や壁には窪みが至る所に見られた。

 先に進む通路の代わりに、広間の壁沿いには螺旋階段があり、上に続いている。


 その先、続く上を見上げるが、暗くてよく先が見えない。

 壁のレリーフには騎士の姿もあるが、所々破損している。右手に構えるオーニソガラムの剣を強く握り締めた。


 螺旋階段を目指し、辺りの特にレリーフに目を凝らして進む。

 だが、異様な有り様のためか騎士の現れる様子は見られなかった。


 階段まで近付き、足を掛けた時。ふと暗闇に混じって、何かが瓦礫の中から光を放っている事に気がついた。

 青白い光。階段から離れ、その光の元を探す。大きな瓦礫裏に隠れるよう、何かがいた。


「トア……ル?」


 自らの長い髪に隠れ、うなだれるように座り込んだ騎士。

 側には刃の欠けた剣が無造作に落ちていて、甲冑と衣服は現状をとどめていない。


 そこから覗く素肌、滴り落ちる血が静かに、床に響く。

 直ぐ様、側へ駆け寄る王女。手を差し伸し肩に触れるが、力なく王女の方へ上半身が傾いた。


 意識のない、蒼白な顔が側の灯りに浮かび上がった。

 右手指に填められたデルフィニウムの指輪が、主の居場所を伝えるように淡く輝いている。


 広間には何かがあったらしい痕跡。散乱する瓦礫へ再び目を凝らす。

 王女の肩からトアルに飛び移ったエスフは直ぐ様、治療魔法を唱え始めた。


「そこの奴といい……今日は騒がしいな。煩い日だ」


「!」


 螺旋階段の上から暗闇に木霊する声。誰かが王女達を覗いていた。

 見上げる先は暗闇。反響する声にその姿を捕える事が出来ない。


 身構える王女の前で風の切る音と共に影が現れた。淡い灯りがその輪郭を浮かび上がらせる。

 人のような体。

 長身で布を纏った衣服から覗く、整えられた顔と筋肉がほどよくついた四肢。


 とがった耳と、口を不適に歪ませる度に覗く長い犬歯。色を持たぬ短髪に金色に輝く瞳。

 その瞳孔は縦にある人ならぬもの。目の前に佇む男は冷めた視線を向けている。


「お前は?」


「それは、こちらの台詞だ。お前は誰だ? 何の用でここへ来た?」


 言い終えるやいなや、右手で空を払う仕草をした。その瞬間、王女の身に風圧が襲い掛かる。

 側で倒れるトアルを気遣ったのか、それを避ける事はせず、ただ受け止めて広間の壁に叩きつけられた。


 屈み込む王女が痛む体を押さえながら、近付く男を見上げる。


「トアルをあんな風にしたのは、お前か?」


「トアル? そこに居る奴なら、煩いから眠らせただけだ。命はまだあるようだがな」


「そうか……なら、遠慮はいらないな」


 王女の右手首が輝きを増す。その様子に気付いたのか、男の歩みが止まった。

 オーニソガラムの剣を携え、立ち上がった王女は男へ刃を向ける。


 凛とした空気が張り詰める。動き回るには少々狭い広間。足場の瓦礫を増やす、2人の影が交差する。


「お前が何故それを持っている?」


「何を言っている!」


「お前は……」


 幾度も刃を交える鈍い物音が至る所から反響した。強く握り締めたオーニソガラムの剣。

 男には届かず、空で跳ね返される。灯りが強まる元で王女の顔を間近で捕える度、男の表情が何故か曇りだす。


 一瞬の事。男は王女の両手首を掴み、壁へ押し付けた。

 側でこうごうと燃える炎。その横で王女と男の距離が縮まる。


「お前、名前は?」


「っ、離せ!」


「その銀髪と緑目は……」


「そこに居るのは、ティリシア王女だよ」


 薄暗い闇間から王女の代わりに響く声。それは王女もよく聞き慣れた声でもあった。

 広間に影が増えると同時に、冷気が次第に辺りを包み込み始めた。

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