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カナルデの書  作者: 箱庭
30/56

『ヌーロの遺跡』─2

Part 5

「皆様ご乗船、誠にありがとうございます。暫くの間、当船はタリゲス島に碇泊致します」


 メカルの街を離れてから2日目の朝、航路上にある小さな浮き島、タリゲス島に到着した。

 タリゲス島への物資など含め、早々に積み荷を降ろしたり、預かったりと、船員が慌ただしく出入りする。


 船は夕方頃、出発予定と船員が見回り伝えた。乗り合わせた者の大半は余す時間の使い道を、観光がてらタリゲス島へ降り立っていく。

 王女も船の中で過ごし飽きたのか、本来の好奇心旺盛な部分を十分刺激する島へ惹かれ、降り立つ姿があった。


 岩肌が見え隠れする土道に、見渡す限り緑茂木々が生えている。

 その木々は実がなり、美味しそうな果実も垂れ下がっていた。照り付ける太陽の日差しを十分受けた果実は熟している。


 やがて拓けた場所に辿り着くと、行商の掛け声があちらこちら聞こえ始めた。

 色々と珍しい島の物が並ぶお店に皆、目を奪われていく。丸太を組合わせた建物が多く密集した村。


「そこのお嬢さん! そう、アンタだよ!」


 不意に遠巻きで眺めていたお店の店主から呼び止められた王女。

 大きな声とふくよかな体が迫力を持ち、威勢の良い感じがする中年の女性である。


 何か用かと訪ねるよう近付く王女を力強く捕まえ、笑顔を向けた。


「アンタ見掛けない顔だね? さっき着いた船で来た旅人さんかい?」


「はい。この島も初めて訪れました。自然に囲まれ、綺麗な場所ですね」


 王女の素直な誉め言葉に気を良くしたのか、大袈裟な程、首を縦に振り頷く店主。

 しっかり、島の記念にとお店の品を勧める事を忘れず。その気迫に王女はただ戸惑いを見せる。


 肩に乗るエスフは楽しむように辺りを見回していた。


「おや、アンタ戻ったのかい?」


「?」


「なんだい、この娘さんの知り合いだったのかい?」


 お店に引きずるようにして、引き込む力が揺るまった。

 店主が王女から視線を外し、直ぐ側にいる誰かへ話掛けている。


 その方へ、王女が目をやると、白い衣を頭から纏った細身の者が佇んでいた。

 衣から覗く髪は銀にも似た長いもの。金色目が力強く、端整な顔立ちの長身である。


 知り合いなのか、店主の言葉が止まらない。


「アンタ随分と顔を見せないから、死んだと思ったよ。本当に良かった」


「……」


 だが、その顔に王女も見覚えがあるようで酷く驚いた様子である。

 親しげに話す店主へ、次第に美しい顔を強張らせる者。


「貴様……誰と間違えている?」


「なんだい? あらアンタ、よく見ればトアルさんじゃないねぇ」


 くいいるよう衣の者を眺める店主。睨まれている事も気にせずに。

 店主が出した名前、トアルに覚えがあった王女は、直ぐ様2人に割って入ると詳しく聞いた。


「トアルさんと知り合いなのかい? 3日前くらいにアンタと同じように出会ってね。なんでもヌーロに行きたいって言うから教えたんだよ」


「ヌーロ?」


「そうだよ。ここからそう遠くない場所にある廃村さ。現在はこのタリゲス島にはこの村しかないがね」


 村とは正反対の位置に存在する場所、ヌーロ。つまり、船着き場とは逆の島の端辺りに存在しているらしい。

 元々、島に住む者も少なく、船着き場に近いここへ集まって暮らす者が多くなった。


 そしてヌーロが廃村になってから、そこへ訪れる者は滅多にいないという。

 正確にはある存在により。ヌーロにはタリゲス島の先人が残した遺跡が存在する。


 だが、いつしかその場所に、現在は恐ろしい魔物が住むのだと。

 時折、訪れる者もいたが、皆戻って来なかったと語る。トアルは何か用があるらしく、店主が制止するのも聞かず立ち去ったのだと。


「死なすには惜しい美人だったからね。覚えていたんだよ。アンタも綺麗だけど、そっちのお姉さんも美人だね」


「誰が女だと……貴様の目は節穴か?」


「あ、ありがとう、おばさん!」


「ちょいとアンタ達!」


 店主から逃げるように衣の者の腕を掴むと、王女は村の奥にあるヌーロへ駆け出した。

 何か引き留める言葉が耳に届いたが、立ち止まる事もなく。


 日差しが強まり、地面に木々の陰が道を作る。その先を目指して。


「何処に行くつもりだ? いい加減、離さぬか」


 村から離れ、賑わう人々の声も聞えなくなった辺りで、王女の掴む手を振り解くよう立ち止まった。

 前を駆ける王女が勢いを失う。衣の者へ振り返ると、頭から纏った衣は駆ける内、外れたのか腰下まで伸びた長い髪が現れ、風に舞った。


「何処って、トアルが向かったヌーロの遺跡に。トゥベルこそ、今までどうしてたの? もう大丈夫なの?」


「ふん。私は元より何ともない。不必要に力を使いたくないからな、休んでいたのだ」


「……ルドイシュ国でルベナ達に襲われたのに?」


「私には関係のない事だ」


 声の調子が下がり、問い詰める王女に冷めた視線と言葉を送る神具のトゥベル。

 フィラモ神聖国で離れて以来の再会である。契約を交していても、トゥベルは主の生死には気にも止めていない。


 姿を現さない事を気に掛けていた王女。その態度と言葉に腹立たしさが募るのか、前を向き直して再び歩き始めた。


「舟着き場へ戻らぬか。遺跡に行っていたら夕方など直ぐに来るぞ」


「……」


 たしなめるトゥベルをひと睨みすると、黙々と前を向き直し、歩を進める。

 その背後では、溜め息を溢し嫌々ながらトゥベルが続いた。


 1時間程すると辺りの木々の陰が一層濃くなり、人手が離れた自然を残す伸びた草木が目立ち始める。

 いつしか土道も途切れていき、獣道と化した。それでも前を歩く事を止めない王女。


 王女の肩では、そんな状況でも楽しむエスフの鳴き声が木霊する。

 やがて、そんな2人と1匹の前に拓けた場所が現れた。


 原型をとどめていないが、ルドイシュ国でも見掛けた黄砂混じりの土壁が辺りの草木に混り、散乱している。

 この村は丸太造りと違い、土壁が主流で用いられたようだ。店主から聞いたヌーロに辿り着いた王女は早速、遺跡を探し始める。


 店主が言い残した、3日も戻らないトアルを心配して。

 行き道の距離にしても野宿をするより村に戻っても同じ事。店主のお店は舟着き場の通り道にある。


 島に暮らす人と合わせても、トアルのような騎士の格好含め、人目を引く者なら容易にわかるはず。

 そう考えると、何故か胸騒ぎを覚える王女。その足取りは速い。


 村外れまで歩いた時、木々の太いツタが絡まるようにして支えている遺跡が姿を現した。

 外壁には古の文字が刻まれ、中心には薄暗い中へ進む穴が待ち受けていた。


 その穴から吹き込む風は外に比べると肌寒く、どこか異質さを露にしている。

 よく見ると、少し歩いた先は左右に通路が分かれていた。


「私は左、何かあればこの場所で落ち合おう」


「トゥベル?」


「効率良く探すためだ。私なら心配ない。頼りない魔力だが、伊達に長生きはしていないからな」


 王女に背中を向けたまま、闇に木霊する言葉を残し、通路左へその姿が消えた。

 1人残された遺跡を前にして、息を飲む。肩に乗るエスフは何かを感じるのか、黙り込んだ。


 土を硬く固めた黄砂混じりの通路。進む王女の靴音が甲高く響く。

 所々ひび割れ、欠けた部分もみられたが、ほぼ正方形の石が組敷かれている。


 トゥベルと反対の右通路へ進んだ時、目の前を大きな1枚岩の壁が行く手を塞いだ。


「どうなってるの? ……!」


「キュッ!」


 調べる王女の手が壁に触れた時、不意に壁が反転した。

 先を作り出した壁を通り抜けると、元通り壁が通路に挟まれておさまった。


 直ぐ様、再び触れるが壁が動き出す事はなく、どうやら内部からは無理らしい。

 何度も確認していた王女は諦め、進む先へ目を凝らした。闇に続く通路が伸びて待ち受ける。


 その通路壁には頼りなく淡く揺れる炎が灯されていた。間隔を置き、続く道。

 魔力によるものか、息を吹きかけても消える事がなく、照らし続けている。


「トアル居るの?」


 歩きながら、探し求める名前を呼ぶ声が方々木霊していく。

 トゥベルがいつか王女に教えたルール。神具は契約した者と同等の魔力になる。


 “頼りない魔力”と言い去った言葉が、脳裏から離れないでいた。

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