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カナルデの書  作者: 箱庭
29/56

第五部 『ヌーロの遺跡』

Part 5

「貴方は……誰?」


「私このロップの主、マルエルと申します」


 短めの金髪から覗かせた褐色の目を細目て、王女に満面の笑みを向ける色白の男。

 その男の頭上に見えた木造造りの部屋に、今いる場所を思い出した。


 寝所に広がる白い布にシワを作りながら、軋む物音が1つ。

 上半身を少し起こし、覗き込む顔へ再び目を配らせる。


「あの……何故、ここに?」


 こことは、自分の寝所にいる事に対してだ。深い眠りから目覚めると、目の前に見知らぬ男がいた。

 特に何をするわけでもなく、王女の顔を繁々と眺めて。混乱し、暫く動けなかった王女がやっと言葉にした問い掛け。


 それに笑顔で答える様子から、身の危険は感じられないが、怪しむ視線が続く。


「これは失礼しました。お疲れのご様子と娘から聞いておりましたので、朝に起こしませんでしたが、もうお昼になり昼食でもいかがとお訪ね致しました」


「昼食? もうそんな時間?」


 マルエルが語る“娘”とは、昨日王女が出会ったナルの事である。

 窓から射し込む光に目をやると、風に揺られたカーテンの隙間から外の様子が窺えた。


 青い空に浮かぶ丸い太陽。熱気で揺らめいて見える。


「わかりました。支度して下ります」


「それでは私はまだ他にも用事がありますので、これで失礼致します」


 笑顔のまま会釈をすると、マルエルは扉の方へ歩き始めた。

 テーブルの側を通った時、新しく熱い紅茶を入れ直し用意した事を伝えて。


 その後ろ姿を眺めていた王女。何かに気付いた様子で慌てて床へ足を着いた。

 その物音にマルエルの手が扉から離れ、王女の方を再び振り向いた。


「何か?」


「いえ、あの……私の名前は聞かれたかもしれませんが、ティリシア・シルバホーンと言います。ここへは、12騎士から紹介され訪ねました」


「そうですか。では、何かご入り用の時はおっしゃって下さい。私に出来る事なら何でも致しますよ、王女様……それでは」


「! 待っ……」


 呼び止める声を聞く事もなく、マルエルは扉先へ消えた。

 酷く動揺した王女だけが部屋に取り残され、立ち尽している。“王女”と言われた事に対して。


 ナルに自分の名前は教えても、何者であるかまでは伝えていない。

 その事が気にかかり、ふと、ルドイシュ国や12騎士の事が頭をよぎった。


 神妙な面持ちで考え事をする王女。その体、垂れた左手を舐める珍獣がいた。

 褐色の毛に包まれたエスフが起きた挨拶をするように。


 舐められた手をエスフの頭にやり、優しく撫でる。小さく喜ぶ鳴き声と共に、飛びついてきた。


「ふふっ、お腹が空いたのか?」


「キュッ」


 身支度を整え、部屋から抜け出た王女。その左肩にはエスフがいる。

 酒場に繋がる階段を下り始めると、お肉がこおばしく焼ける良い匂いが充満していた。


 夜程ではないが、昼間でも人のいる酒場。そのお客の大半は夜と違い、宿屋としての食事が目的で訪れている。

 階段の真下で辺りを見回す王女。その姿を捕えたマルエルがカウンター越しから笑顔と手招きで迎えた。


 呼ばれた先、カウンターの側。

 周囲の人とは少し間隔のあいた丸いテーブルへ足を再び進めた。


 椅子に腰掛けると、待っていたようにナルが食事を運び並べ始める。

 マルエルも紅茶を注ぎながら沢山食べるように勧めた。


 テーブル上を埋めるように並んだお皿。ルドイシュ国の習わしはここでも同じようだ。


「ティリシアさん、寝心地はどうでしたか? ベッド、堅かったですか?」


「丁度良く、気持良いくらい。久振りによく眠れたわ」


 笑顔で談笑するのも間もなく、2人は仕事に戻って行った。

 目の前に残された食事へ手をつける。どの料理も素晴らしく美味しかったようで、その日は食が進み、普段より倍の量を食べていた。


「これからどうされますか?」


「うん。あの、マルエルさんとお話したい事があるから、時間を作ってもらえるよう頼めないかな?」


「お父さんと? わかりました。呼んで来ますね」


 食後のデザートを運んで来たナルに用事を頼むと、快く引き受け立ち去った。

 カウンター越しに話込むナル。マルエルは頷くと、王女の側に2人が戻った。


 ロップには他に手伝ってくれる人手もあり、頼んできたようだ。


「場所を移しますか?」


「いえ、ここで構いません」


 その返事にマルエルは腰をおろした。側で立つナルへ仕事に戻るよう促すと、渋々遠ざかる。


「2人だけの方が良ろしいのでしょう?」


「はい。出来ましたら」


 その配慮に笑顔を向ける。

 側ではエスフがデザートを堪能していた。王女はまず不思議に感じた事から聞いた。


 自分を王女と知る事は勿論、トアルやルーシェとの事など。

 その問いに語る中で、ルーシェがトアルと同じ12騎士や、裏で情報屋を兼用しており、聖円の紋から依頼を受ける事を聞き出せた。


 納得したのか、大きく頷く王女。


「でも、本当にご無事で戻られて良かったです」


「?」


「トアル様は長年、王女様を探し続けられましたから」


「ええ、その事は聖円の紋でも聞きました。異界の門に消え、戻った者などいないというのに諦めず探し続けてくれた事を」


 トアルは王女が居なくなってから、パトロド大陸中を方々探し続けていた。

 周囲から何を聞かされようと、何処かで生きている事を信じて。


 目の前で救う事が出来なかった償いか、7年という歳月をもろともしないで。

 その姿は生存を否定する者には、さぞかし滑稽に映ろうとも。


「それは、きっと愛のなせる奇跡なんですね!」


「え?」


「やっぱり噂は本当だったんですね。この本の通りです」


「あの……?」


 いつの間にか現れたナル。何か浸るように空へ視線を向け、本を抱えていた。

 側では呆れたようにマルエルの深い溜め息が漏れる。


 抱えた腕の中から見えた本の題名、“K・ブックス”。

 浸るナルから借りて開き読むと、主人公の男女は生い立ちからトアルと王女によく似ていた。


 物語は身分ゆえ、許されない愛物語のようである。暫く硬直後、黙って本を返した。

 著作、セルネという名前を記憶にとどめて。


「ナル、トアルはただ生真面目に探していただけだ。本とは違うと……」


「いいえ、秘めた想いがあるに違いありません!」


 何を根拠にそう断言出来るのかと、少々飽きれ気味に視線を向ける。

 それに気付いたマルエルが浸るナルを放って、小声で話掛ける。


 現在、パトロド大陸では聖円の紋が創設されるきっかけとなった1000年前の12賢者含め、12騎士が老若男女問わず人気なのだと。

 セルネが書き上げた小説は他にも色々なシリーズがあり、12騎士の他の者にも及んでいる。


 実際、小説とたがわぬ美貌の持ち主ばかりで、それも人気に火がついた理由の1つだと。

 ナルの熱意をまのあたりにした王女は、ただ頷くだけであった。


「これからどうされますか? 聖円の紋へ戻られるのでしたら、船の手配を致しますが?」


「それは助かります。お願い出来ますか?」


「はい、喜んで」


 ロップをあとにした王女は船着き場にいた。

 何隻も規則正しく港に並ぶ船。マルエルから教えてもらった場所だ。


 白い帆が風を受け、出港を待っている。乗り込む人々に混じり、王女も進んだ。

 聖円の紋へ向かうにはレブレア国からが一番安全で早いと、この船を手配をしてくれた。


 途中で航路上にあるタリゲス島に立ち寄り、レブレア国へ着く。

 広がる青い海と潮の香り。鳥の鳴き声が青空に響き渡る。


 誰かに呼ばれた気がした王女は木造の甲板から街を見下ろした。

 そこには、見送るよう手を振るマルエルとナルがいた。


「またいつでも訪ねて下さいね。ティリシアさん」


「お元気で。トアル様達にも出会う事がありましたら宜しくお伝え下さい」


 船の汽笛が空に木霊する。

 港からゆっくり離れ行く船の中の王女を、2人はいつまでも笑顔で見送った。


 それに応えるよう、王女とエスフも手を振り続ける。

 街が遠ざかり、その景色が海に紛れた時。初めて乗る船の居心地に喜ぶような笑顔が、海の波間に映っては消えた。


「ねぇ、お父さん。噂通り、澄んだ瞳と輝くような銀髪。本当に可愛らしく、綺麗で優しい人だったね」


「お前も十分可愛いぞ? なんたって私の自慢の娘だからな」


 照れるようにロップがある方へ足を向けるマルエル。

 その背中を眺めながら父親には届かないナルの消え入る声が、海に運ばれた。


「……ありがとう、お父さん。でも、トアル様の心に私は映らない」


 港の風を受けて、なびく髪から覗かせたナルが一瞬見せた悲愴な顔。

 マルエルの側に駆け寄った時には普段通り、笑顔の似合う娘であった。

第5部の始まり、前話の続きになります。(殴;)第4部に掲載でも良かったのですが、こちらにしました。


 他、『カナルデの書』のあらすじや、当方自己紹介を新たにしています。


 ここまで読んで頂きまして、ありがとうございました。(^-^)

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