『風の大国』─14
Part 4
アルジュの森とルドイシュ国から離れた位置。陰が一層濃くなる黄砂の山間に、同色の巨体の翼を広げた飛竜が1匹。
共に旅立つ人間を待っていた。
「シスアさん、ルーシェ……さん。私はこれで聖円の紋へ戻ります」
「“さん”ね……」
「……貴方も12騎士のお1人ですから」
からかうように含みを入れるルーシェ。怪訝そうにしながらも、シャトンは先輩である目の前の12騎士へ敬意を示す。
熱烈な包容を止めないシスアを引き離し、飛竜の手綱を引いた。
ルドイシュ国の司教が手配してくれた飛竜。翼を上下に動かす度、突風と砂埃が吹き荒れる。
舞い上がるシャトンを名残惜しく見上げるシスア。その呼び声がいつまでも続いた。
飛竜は高く舞い上がり旋回すると、そのまま聖円の紋がある東方へ去っていく。
「シャトンちゃん、行っちゃった……。どうせなら私も一緒に帰りたいのに」
「……」
闇夜に浮かぶ星空を見上げ、溜め息混じりに漏らす言葉。
昼の暑さと違い、夜は急激に冷え込む。体を少し震わせ、恨めしく、睨むように向けた視線。
そんなシスアをよそにルーシェは広大な砂漠地帯からルドイシュ国を目指し、再び歩き出す。
深い溜め息と共に、諦め半分のシスアがその後ろに続いた。
「ねぇ? その書簡、なんだったの?」
「……あぁ、またややこしい役目だな」
「だから、それが何かって聞いてるのよ!」
「……」
その問いに答える事もなく、ただ黙々と歩き続けるルーシェ。側では怒鳴り声がいつまでも続いていた。
「キュ?」
「夜中でも賑わいがあるね、この街」
すっかり暗くなった夜空と違い、地上を照らす街灯りはどこまでも続いていた。
昼間賑わう街並みと変わりない様子に、王女とエスフの好奇心が注がれる。
シャトンと別れ、入り込んだ港街メカル。道端に沿うように木造建てや煉瓦造りのお店が並んでいる。
外に用意されたテラスには人々の陽気な宴が聞え、その風貌はルドイシュ国と同じく様々な国の者が窺えた。
皆から立ち寄るにふさわしいと聞いたロップ。その看板を探し、王女は奥へと歩みを進める。
「わ、わわ、そこをどいて!」
「え?」
背後から若い女の声がした。酷く焦った声色に王女が振り向くと、胸の中へ大きな買い物袋を抱えた少女が飛び込んで来た。
その反動で地面に倒れ込む。おおいかぶさるよう、少女も上になって。
その様子を先に肩から飛び降り、難を逃れたエスフが眺めていた。
辺りには少女から溢れ落ちた林檎や芋など、食糧が派手に散乱する。軽い傾斜のついた下り坂の道であるため、転がる物もあった。
「い、痛ぁ……あ、待って!」
王女の体が不意に軽くなった。転がる食糧を追い掛けて少女が離れ去ったために。
暫くその後ろ姿を眺めていた王女。体についた土埃を払いながら、側の食糧を落ちていた紙袋へ詰め直し始めた。
エスフも手伝うように王女の元へ転がして。
「はぁ、ごめんなさい。拾ってくれてありがとう」
程なくして、転がる食糧を拾い集めた少女が戻ってきた。だいぶ走ったのか息が荒い。
全て拾い集めた食糧の紙袋を足元に置き、待っていた王女。その言葉に笑顔を向けた。
「本当にごめんなさい。あの道、坂だから勢いついたら止まれなくて」
「大丈夫だから、気にしないで」
肩を並べて坂道を下る2人。お互いに大きな紙袋を抱えながら。
暗闇に映える長い金髪が後ろでまとめられ、少女が笑顔を向ける度に揺れ動く。
褐色の瞳に映り込む王女とそう変わらない歳の少女。
その衣服上から身につけた白いエプロンがとても似合っている。
少女は宿屋の娘である事と、ルドイシュ国のルド祭の影響で増えたお客のために、最近は夜でも食糧の買い付けへ行く事を話始めた。
「ね、旅人さん。名前はなんていうの? 私はナル」
「私はティリシア・シルバホーン。あれはエスフ」
2人より少し前を駆ける茶色の珍獣を見る。
時折、珍しそうに立ち止まり辺りを窺う。そして王女達が近付くと、また前を行く。
「ティリシアさんね。泊まる所は決めた?」
「いえ、まだ。ロップという宿屋を探していて……」
ナルの顔が一瞬驚いたように見えたが直ぐ様、笑顔が戻った。
一段と明るくよく通る声で、自分の所に泊まるよう勧め始める。
夜もすっかり更け、王女はその言葉に甘えたいが、ルドイシュ国からの追手がいつ現れるかもしれない。
そんな理由が思い浮かび、言葉を濁した。だがナルは気にせず王女の衣服を少し引っ張り、坂道をどんどん下る。
「ナル、私は……」
「私の宿屋はこの街1番って言われてるの。お父さんの料理も美味しいし」
坂道を下り、右の角を曲がると港が近いのか、潮の匂いが一段と強まった。
街灯の続く煉瓦道を進むと、一際賑やかな場所が1つ。
陽気な歌声に楽器の音色。人々の行き交う笑い声。ナルはその場所に近付き、王女の方を振り向いた。
「ようこそ。我が家のロップへ」
「……」
ナルは呆気に取られた王女の顔を楽しむと、有無を言わさず宿の中へ引き入れた。
木造の軋む音がまた増えた宿屋。1階は酒場らしく、入り込むと強い酒の匂いが漂う。
2人が通ると、泥酔混じりにナルの名を呼ぶ声が辺りから聞こえた。
この宿屋の可愛い看板娘の登場に、男達は特に嬉しそうに。
その間を通り抜け、木造の階段を勢いよく上がり、奥の廊下先の一室へ王女は通された。
部屋は一際大きく、両扉の開閉で迎入れる。中に入ると、テーブルに生けられた花の良い香りが漂いだす。
清楚な白で統一されたソファー、クローゼットやベット。
テラスから時折吹き込む風に揺られるカーテンなど、家具一式が揃えられていた。
「この部屋を使って下さい。宿代は気にしなくていいから。さっきぶつかったのと、荷物を運んでくれたお礼」
「でも……」
「いいから、いいから。荷物を置いたら、何か飲み物を持って来ますね」
戸惑う王女に、片目を閉じて可愛く合図を送ると、ナルは部屋をあとにした。
改めて見渡す部屋に、安堵の溜め息が漏れる。深く沈むベッドの居心地の良さに、疲れた体が癒された。
夜風が心地良く眠りへと誘う。聖円の紋を離れてから気の休まる事のなかった日々。
エスフも疲れていたのか側で丸まり、おとなしくなった。
「ティリシアさん寝たの? ……ねぇ、ルドイシュ国のルド祭へは行った? 私はここがあるから見逃したけど」
虚ろな意識の王女の側に静かに座るナル。
テーブルに置いた、紅茶の注がれたカップからは、湯気が立っている。
花の香りに混じり、更に良い匂いが辺りを包み込んだ。
眠気の中、宿屋から聴こえる物音が子守唄のように届く。虚ろな王女を覗き込むナルが語るおとぎ話も同様に。
ルド祭で時折り、ルドイシュ国と乾いた大地を見守る守護神が見られる話。
普段は目にする事は叶わないが、その日は特別に現れ民でも拝める事が出来ると。
普段はお城の奥深くにいて、許された者しか出会えない。
そこに辿り着くには、アルジュの葉を型どった金色の鍵が必要だと。
昔から何でも願いを叶えてくれると語られていた。
「その神様の名前ね、イルヴァムール様っていうの。私も会いたいな」
風を受け、揺れるカーテンから覗いた闇夜に淡く光る星々。
小さいながも力強く輝いていた。深く寝入る王女の吐息を包むように、風が運び去っていく。
「風の大国」はこれで完結しました。次話、第5部からは「ヌーロの遺跡」が始まります。
資料画も色々と更新しています。それでは、少し完結秘話。(笑)
この第4部、第1部を読んでいた方なら、色々と懐かしい名前が登場した事にお気付きかと思います。
第5部では更に深く立ち入る予定です。新キャラ共々、また読んで頂けると幸いです。
ここまで読んで頂きまして、ありがとうございました。(^-^)