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カナルデの書  作者: 箱庭
26/56

『風の大国』─12

Part 4

「……」


「!」


「ティリシア様、私の側を離れないで下さい……」


 王女を除いた3人の顔から笑みが消えた。表情が険しくなり、先程とは一転、張り詰めた空気が流れる。

 シャトンが再びかばうようにして王女の側に戻った。


「どうしたの? 皆?」


 そのただならぬ様子に戸惑う王女。不意に周囲の日差しが和らいだ。

 照り付ける日差しの中に浮かび上がる黒い影がおおったため。


 首を傾げて、その方へ向かい見上げる。影に隠れるようにして佇む2人の人物が、岩山から王女達を見下ろしていた。

 1人は緋色にも似た深い褐色の目と、同色の短い髪。頭に巻かれた飾り布から所々、跳ねるよう髪の毛が色々な方を向いている。


 その身なりには宝石などの装飾が沢山施され、白地によく映えていた。腰には曲刀を携さえ。

 まだ若く、大きな目と幼さが残る見目麗しい男だが、その眼差しは容姿に似つかない程、凍てつくものだ。


 その男の背後に隠れるよう、長身で褐色の衣を身に纏った者が1人。

 顔は日差しの陰になりよく見えず、その性別も判断がつかない。


 いつの間にか現れた客人に、王女の目は更に大きく見開かれた。


「お前達はルド祭に残った者だな。そこにいる12騎士の仲間か?」


「その声は……」


 特に顔色も変えず、王女とシスアに目を配らせる若い男。

 シャトンは、その声に聞き覚えがあった。ルドイシュ国の謁見の間で出会った者の声に。


「王が自らお出ましとは驚いたな」


 張り詰める空気に、ルーシェの含み声が響く。シスアは腰に身に付けたパキスタキスへ、手をそっと伸ばした。


「王?」


 無限に駆け、吹き抜ける風を受けながら双方が対峙した。


「その銀髪に緑目……ティリシアと呼ばれていたな? そうか、行方知れずになった亡国の王女が戻った話しを聞いたが……お前か」


「……」


「私はルドイシュ国と、この乾いた大地を治める者。ルベナ・ルドイシュだ。その鍵、返してもらうぞ」


 ルベナの言葉を最後の合図とばかり、王女達の足元が傾く。

 岩山に佇む2人は、砂に埋もれ始めた4人を見下ろしていた。


 シャトンは背後に手を伸ばす。司教を待つ間にルーシェから受け取った物、ワートの部屋から盗み出したというガイラルディアへ。

 背のガイラルディアを抜き構え、素早く砂から足を飛び抜くと、そのままルベナへ刃を振り落とす。


 力強く空を切る風音に混じり、もう1つの風音がそれにぶつかった。

 ルベナの背後で静かに佇む者。褐色の衣から差し出された青白い手。どうやら魔法を唱えたらしい。


 その衝撃を受けたシャトンの体が再び、押し戻された。


「シャトンちゃん! このっ!」


 変形し、姿を槍に変えたパキスタキスを身構えるシスアが岩山に迫ろうとする。

 だが、その足元の砂が盛り上がり体を襲い始める。


「イルヴァムール」


「……はい」


 ルベナの囁きに、名を呼ばれた者が応えるよう王女へ手を差し向ける。


「ルド」


「!」


 風の流れが変わり、鋭く空を切る音が続く。

 迫る風の刃に、足を深くとられた王女は体をオーニソガラムでかばう。


 だが、すり抜けた風の刃が腕や足をかすめていった。浅い傷だが、所々破けた衣服から覗かせた素肌は、薄っすら紅い線が刻まれた。

 染み込むよう、黄砂に滴り落ちる鮮血。目の前にいる敵は、その風の刃を再び向けようとしている。


「ティリシア、こっちだ」


「!」


 ルーシェは器用に腰元の鞭を使った。側に生えるアルジュの森の巨木に巻き付かせ、もう一方の片腕で王女を抱え上げ引き去る。

 その勢いで砂から抜け出る足。シスアも形状を変えたパキスタキスで同様に、その場を免れた。


 その背後を風の刃が容赦なく追う。かすめる凶器。ルーシェの衣服が破かれ、隠された鍵がその体から離れ地に落ちていく。

 両手を塞がれたルーシェ。王女の伸ばした手もすり抜けて、鍵は砂地に舞う。


「ルーシェ、鍵が!」


「……今は逃げるのが先決だ」


 ルベナの方に地の利がある事をよく理解しているのか、アルジュの森にその身を潜める。

 4人が樹木の上に降り立ったあと、暫くの沈黙が続いた。うねる轟音が不意に聞え、日差しを遮るアルジュの森に生える樹々の暗さが一層増した。


 頭上から何かが小雨のように降り落ちる。皆がそれを見上げた瞬間、樹々をなぎ倒し迫る黄砂が見えた。

 囲むよう広がり迫る黄砂。海の荒波のように。


「なんて……魔力なの」


 ルドイシュ国付近の黄砂を、いとも簡単に魔力で操る者達。

 相手の力量をその桁外れな巨大さで迫る黄砂の波に見る。


 一気に雪崩落ちる黄砂は、重みが加わり一帯を押し潰し埋もれさせた。拓けた大地に岩山の2人の視線が注がれる。


「追いますか?」


「いや。これが戻れば、あとはワートに任せればよい」


 ルベナの掌には金色に輝くアルジュの葉を型どった鍵が握られていた。


「ルベナ様! こちらにおいででしたか!」


 岩山付近には大臣のワート含め、兵達の姿があった。

 ルドイシュ国付近で舞い上がった巨大な砂埃が目に止まり、もしやと駆け付けて来たのだ。


 削るようにアルジュの森が一部欠けた有り様に皆、息を飲む。


「あ、あの……奴らはいかように?」


「まだ生きて付近にいるはずだ。あとは任せる。この鍵、今度は失くすなよ。暫く、イルヴァムールをお前の側に置く。よいな」


「そ、そんな! イルヴァムール様に私の護衛など……」


「勘違いをするな。万が一、再び接触する機会があれば、その時こそ奴らの息の根を止めるためだ」


 ルベナはそう言い終えると、その身を砂埃に混じり消した。残されたワートが兵達に追跡を命じる。

 方々に散る兵達を見送りながら、酷く脅えたワートが側で静かに佇むイルヴァムールを見上げていた。


「はぁ、危なかったぁ。あれは反則よね」


 肩で息をするよう、全力で駆け抜けた体を樹に寄りかかり、休めるシスア。

 同様に息を荒げている王女。側に座り込んだ。心配そうに覗き込むシャトンが、その目に映り込む。


「あれが……ルドイシュ国の王? 本当に若いのね」


「そうね。そして、噂も本当なのがよくわかった」


「噂?」


 悪戯な笑みを浮かべ、シスアが口を開く。

 ルベナの王位継承話には表と裏があると。民衆に崇められた王と、もう1つの顔の王。


 現在より幼く若いルベナが王位継承を出来た理由は、ルドイシュ国に納められた神具が深く関係している。

 ルドイシュ国の神具は昔からルドイシュ家に深い想い入れがあり、特別な契約を結んでいた。


 例え自分がルドイシュ家から離れても、その危害(魔力)は直系の純粋な血筋には及ばないようにと。現在のルベナがその直系にあたる。

 ルドマラが神具を奪う前に宿したルベナが、その力で皆殺しにしたのだと言う。ルベナに反する者、全てを。


 当時のルドマラ関係者で唯一の生存者は、現在大臣を務めるワートのみである。ルベナに誓いを立てる事で、その命が見逃された。

 まだ幼く若いルベナには、それなりの後見者は必要だと。ルドイシュ国にとっても。


 その力を知っているためか、ワートは現在もルベナを恐れている。

 この話は裏で語り継がれ、現在では武力や神具の力で争うのを1番、躊躇わない存在と噂されていた。


「おい、休んでいる暇はないぞ。そろそろ追手が駆け付けてくる」


 休む王女達とは対象的に、特に疲れた様子のないルーシェ。辺りを気にしながら促す。


「どれだけ走ったと思っている? 暫くティリシア様を休ませてやれ」


「……」


「止めて、シャトン。私なら大丈夫だから。ルーシェの言う通り、ルドイシュ国の領土内にいる限り安心は出来ない……」


 ルーシェに掴みかかるシャトンをいさめた王女が、再び足に力を込め立ち上がる。

 その真っ直ぐ凛とした力強い目に、シャトンの手が離れた。


「2手に別れるか?」


 ルーシェの言葉に皆、目が止まる。

 アルジュの森は広く、少数であればある程、気付かれにくく逃げ易くなるのだと。


 確に、天高く伸び生えた枝や葉の樹は辺りを薄暗くさせていた。

 双方、アルジュの森を抜けて向かう先も別になれば陽動にもなるだろうと。


「じゃあ、私はシャトンちゃんと!」


「シスアさん、や、止めて下さい!」


 抱きつく光景を、今度は放っておくつもりはないらしいルーシェが近付く。

 シスアの腕を掴むと、自分達はルドイシュ国にまだ用事があると言い残し、立ち去った。


 シスアの悲鳴にも似た怒鳴り声がアルジュの森に響き渡る。

 残された王女とシャトンはそんな後ろ姿を見送ると、港のある方へ目指し、再び駆け出した。


 辺りでは、この森に住むブッドレアの息遣いが時折、その耳に届いていた。

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