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カナルデの書  作者: 箱庭
25/56

『風の大国』─11

Part 4

「ねぇ、シスア? これはどういう事なの?」


 澄み渡る青空から照り付ける日差し。枯れた大地の黄砂の山々がいくつも連なり、広がる眺めと対照的に緑がおおいしげる樹木。

 アルジュの森との境目にある岩山に2人の姿があった。人型の影に隠れるよう、天を仰いでいるのか側で佇む王女の顔を眺めるているのか、寝転がりただ見上げているシスア。


 その右手には、金色に輝くアルジュの葉を型どった紋様の円に、中心では同じ色の鍵が風に揺られていた。

 大臣の胸元に身に付けられていた鍵が。王女が特別席に入り込んだ時、側にいた大臣から騒ぎに紛れて奪い取っていたのだ。


 その後、砂埃に身を潜めて会場を抜け出し、唯一外に繋がる城門への道を目指した。

 その間に待ち構えたシスアに捕まり、共に秘密の抜け場所から現在の場所へとやってきたのだ。


 岩場があとから来るルーシェやシャトンとの待ち合わせ場所なのだと知らされ。


「大体、この鍵は何?」


 2人の間を挟み、空で揺れる鍵をシスアの手から取り上げる王女。側では溜め息混じりの声が1つ。


「そうね……そろそろ、本当の事を話しても良いかな」


「本当の事?」


 上半身を起こし、片手で体を支え、風になびく髪をもう一方の手でかきあげる。

 足を組み、見上げ覗き込む目は一瞬だが鋭く王女を捕えていた。手中の鍵から、王女の視線が不思議そうにシスアへ注がれる。


「そう、本当の事。私の狙いは最初からその鍵だったけど、中々大臣が1人になってくれなくてね。近付く機会が無かったのよ」


 いつも護衛の兵と外に出たりと、身辺には気を使っている大臣。

 ルベナに次ぐ権力があるため、安易に誰かへ気を許せるものではない。


 場合によっては、国との交渉手段としてその身を脅かされる事もあるために。


「そんな時に、大臣の後をつけていく者の姿が目に入ったのよ」


「……」


「何が目的か知らないけど、その好奇心は利用出来るから……声を掛けたの」


「じゃあ、最初から?」


 口許が歪み、不敵な笑みを向けるシスア。

 王女の手にある鍵を指で指し押す。その反動により、金色の鎖先にある円中心で鍵が揺れる。


 その鍵は、ルドイシュ国でも極一部の者に通りを許された場所へと繋がるものだと言う。

 どうしても、力ずくや魔力だけでは通り抜ける事は出来ず、必要なのだと。


 当然、不法な行為であるため、王女が泥棒の類かと問うた。

 直ぐ様、首を横に振りシスアは違うと言う。だが、そこに何があるのか何故入りたいのかは語らなかった。


「……ルーシェも、その仲間?」


「そう。もっとも、随分手伝いに来るのが遅い怠け者だけどね」


「……」


 対峙する2人の間を風が擦り抜ける。

 王女の肩では同じく待ち構えていたエスフが身を丸め、寒さに耐えていた。


 ルド祭はあくまでも、大臣に近付く口実。

 その間に接触出来る機会が持てれば狙うつもりであったが、より警護を強める大臣に隙はない。仕方なく、王女を利用したと。


 予想外だったのは、王女が戦い慣れをしていた事。少し、その実力を量るため、悟られないためなのか、戦いを仕掛けていた。

 シスアの背丈を越えていた槍は、現在では折り畳まれ、短い銀筒として背中腰の皮ベルトに取り付けられていた。


 王女が魔具の類かと問うと、そうだと返事が返ってきた。まだまだ聞き足りない部分もあり、次に口を開きかけた時。


「ティリシア様!」


 不意に背後から聞き慣れた声が、その耳に届いた。振り返り目を配らせると、2人の騎士が近付くのが見えた。

 先程、シスアと共に抜け出てきたばかりの道から。騎士達が駆け寄る度に、その輪郭がはっきりと浮かぶ。


 見慣れた、シャトンとルーシェだ。

 その目に王女の姿を捕えた事で、少し足を早めたシャトンが先に岩場へと辿り着いた。


 直ぐ様、王女の側に寄り身の無事を確認する。その顔からは安堵の色が窺えた。


「よくご無事で……どこか痛む箇所はありますか?」


「大丈夫。オーニソガラムが守ってくれたから。それより、シャトンこそ何かされなかった?」


「私は牢屋で過ごしていただけ。ご心配には及びません。それより、ルド祭でお見掛けした時は本当に驚きました」


 王女が気遣い、黙っているだけではないかと、体を舐めるように見回すシャトン。

 所々、衣服の汚れは見られたが酷く傷付いた場所はない。その姿に深い安堵の息が漏れる。


 ふと、肩にいるエスフに目が止まり、王女からフィラモ神聖国から共に行動している事を聞かされた。


 少し眉間にシワが寄るが、王女の無事に変わりがない事に元の優しい顔立ちに戻った。


「シャトンちゃん、ティリシアばかり心配する事ないでしょう?」


「! シスアさん!」


 背後から腕を絡ませるシスアと、胸元に伸びた手を振りほどこうとするシャトン。

 酷く慌てた様子を楽しむように、シスアは離れない。揉み合うよう、岩場を背に逃げ場を失うシャトン。


 その顔は赤く染まり、汗が滲みだしている。


「鍵、無事に取ったんだな」


「え? あ、うん……」


 そんな2人の姿を眺める王女に、いつの間にかルーシェが近付き、側にいた。

 手に握り締めた鍵をルーシェに差し出す。それを受取ると、アルジュの葉の紋様をなぞり、鍵を弾いた。


 甲高く響く小さな物音が1つ。


「貴様、ティリシア様から離れろ! こんな事に巻き込み、一体何のつもりだ?」


 シスアを力強く振りほどいたシャトンが、王女とルーシェの間に入る。王女をかばうよう、白地のマントで隠すようにして。

 酷く怒りが滲む声に、王女が慌ててルーシェとの出会いから現在までの事を簡単に説明し、誤解を解く。


「ティリシア様はこの者が怪しいとは思わないのですか?」


「それは、思うけど……でも、それ程悪い人とも思えない」


「……」


 ルド祭に出るよう仕向けたルーシェを睨み付けるシャトン。

 危険な目に合わせる事へ利用する者など、信用ならないと。


 いつ武力に転じるかもしれないシャトンを、不安気に王女が見上げる。そんな様子にルーシェの含み声が漏れた。


「何がおかしい!」


「まぁ、待ってよシャトンちゃん。コイツはこんな奴だから気にしないでよ。ティリシアを利用する形になった事は悪いと思うけど」


 険悪な仲に割り込むよう、シスアがルーシェの横に並び立つ。

 張り詰めた空気が一瞬和らぎ、シャトンがシスアにその男は何者かと問うた。


 王女は兼ねてからシスアとシャトンがどんな関係か知りたいようで、更に割り込み問う。


「私とシスアさんは、聖円の紋で共に仕える仲間です」


「それって……12騎士の1人という事?」


「そうです」


「違うわよ」


 シスアの力強く否定する言葉。その様子にシャトンは深い溜め息を溢した。


「私は神官将が本職。12騎士はついでよ……」


「シスアさん、まだそのような事を? 貴方の身に付けているパキスタキスは、12騎士だけが持つ魔具ですよ?」


「わかってるわよ。だから、それなりに12騎士の職務も手伝ってあげてるじゃない?」


 2人の押問答のような掛け合いに、王女は呆れ返る。

 ルーシェが2人を放って話すには、シスアが持つ魔具のパキスタキス自身が選んだ主との事。


 昔からどんなに12騎士の資質があっても、12騎士用の魔具が反応しないのでは意味がないとしている。

 パキスタキスがふさわしい相手を選んだ事で、ランネルセが特別の抜擢をしたという。


 当の本人は興味は無いのか、嫌々受けたというが。どんな経緯にせよ、12騎士の1人である事は間違いない。


「じゃあ、ルーシェは?」


「俺か? 俺は……」


 真っ直ぐ見つめる澄んだ緑目に、ルーシェの姿が映り込む。

 そんな王女に、何かを諦めたように頭を掻きあげながら、正体を明かす口を開く。


「ティリシア様、とにかくこのまま私と共に聖円の紋へ戻りましょう!」


「シャトンちゃんが帰るなら私もついて行くわ」


「え? え?」


 不意にシャトンに肩を掴まれた王女。

 肝心な所で話に水をさされてしまった。その側で相変わらずシスアが絡む様子に、戸惑いを見せる。


 帰る事を押し迫るシャトンに、楽しむように絡むシスア。ルーシェの口元から再び含み声が漏れる。

 溜め息のような、楽しむような声が。


 黄砂を吹き抜ける風が一際強まり、4人を包み込む。

 直ぐ側のアルジュの森からは甲高い鳥の鳴き声と共に、一斉に羽ばたく物音が空に木霊した。


 何かを知らせる合図のように。

4月は「ルーシェ」の資料画を更新予定です。


ここまで読んで頂きまして、ありがとうございました。(^-^)

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