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カナルデの書  作者: 箱庭
22/56

『風の大国』─8

Part 4

ルドイシュ国の空を染めかえる灯り、地上から打ち上げられる度に鈍い物音が低く振動する。

 その様子に行き交う人々は立ち止まり空を見上げて、そして皆ある場所へと向かう。


 心を高ぶらせて。


「シャトンさん、あとで私がルベナ様にとがめなきよう、この国を出れるように頼んでみますからね」


「……」


 金色にも見える石畳。風に舞った黄砂が溶け込んでいる。その上を足早に進み行くシャトンと、後ろを歩く兵士に気遣いながら、小声で話す司教の姿があった。

 通路には間隔をおきながら、人の顔を覗かせられる程度の小さな掘り窓があり、外の賑やかな人々の声が通り、日差しが入り込んだ。


 司教の声に耳を傾け、ただ黙々と前を見据えるシャトン。


「よし。ここで待ってろ」


 暫く歩いた先。

 かたく閉ざされた鋼鉄の扉前から、兵士が覗き穴の向かい側にいる仲間へシャトンを通す話しを交した。


「よし、行っていいぞ」


 振り向く兵士の背後では鈍い物音を響かせ、鋼鉄の扉がゆっくりと開き始める。

 人が通れそうな幅になると、兵士が急かすようにシャトンの背中を強く押した。促されるまま通り抜けるシャトン。


 その後ろを司教も通ると、元通り鋼鉄の扉はかたく閉じられた。


「こっちだ……」


 入れ替わり新たな兵士の元、歩き出す。押し込められた牢のよどむ空気とは違い、新鮮な空気が流れる先に外の近さを感じる。

 牢に入れられたままであったが、特別な日のため、じっくり堪能出来る特別席が用意された。ルベナからの計らいであるが、受け入れにくい。


 そんなシャトンの前に出入りを許された司教が現れた。

 この司教、ルドイシュ国でシャトンが初めに出会った者である。


 神聖な催しに伴い、司教の祈りが捧げられる役目を担うために訪れていた。

 そこで囚われの身となったシャトンの事を聞きつけ、救うべく一緒に用意された特別席へ行く事にした。


 ルベナ自ら信頼を寄せる司教の頼みを前に、兵士も無下に断れず共に行く事を許すしかない。

 ルドイシュ国を訪れてから何度も耳にした、ルド祭が執り行われようとしていた。


「ほら、ここだ」


 紅の布を勢いよく開いた兵士。その瞬間、入り込んだ光の眩しさに目を細めるシャトン。

 目が馴染むと同様に、先程まで聞こえていた人々の声がはっきりと伝わる。進んだ先の広がる光景に足を止めた。


「これは?」


「これがルド祭の会場ですよ」


「凄い人だな……」


 中央の地上を見守るように高い位置に用意された観覧席からは、立ち上がり叫ぶ人々の声。

 高ぶる上気。

 そんな観衆から更に上に造られた特別席にシャトンはいた。やがて、1つ区間を置いた先に人の姿が現れ出す。


 その姿を目にした人々は更に歓喜の声を上げ始める。見慣れた太めの大臣、ワート。


「よう集まった。これより、ルド祭を始める。ルドイシュ国とルベナ様に恥じぬ武勇を望まん―――」


 一際大きなワートの声に耳を傾ける観衆は更に歓声を上げた。

 長い言葉を終え、ワートはシャトンの方へ視線を送ると、自分の席へ腰を下ろす。


 その背後には白布でこしらえた席があり、ルベナらしき人影が布に映り込んだ。シャトンからその姿を直に窺う事は出来ない。


「ほら、席に着いたらどうだ?」


 シャトンの背後から兵士が手にした槍先を向ける。このルド祭が終わるまで出る事は絶対に叶わないと。

 司教も良い機会だと、今は座り観戦するようにたしなめる。シャトンは渋々席に腰を下ろした。


 会場を包むよう打ち鳴らされる太鼓と笛の音。ざわめきが大きくなる最中、中央の地上に人の姿が現れ始めた。

 ルド祭に出る主役ともいえる者達。その中の1人に、シャトンの目がとまった。


 一際太陽の日差しを受け、輝きなびくような銀の髪。まだ幼さの残る姿と深い緑目。


「ティリシア様!」


 立ち上がろうとしたシャトンの肩を押さえ付ける兵士。

 聞こえたのか、大声叫んだシャトンへ再びワートは顔を向ける。


 戸惑う司教。

 兵士は首を横に振る。その姿にワートは安心したのか、会場へ視線を戻した。

 驚きを隠せないシャトンに、兵士は耳元で囁いた。


「“ティリシアなら心配はいらない”」


「っ! 貴様は……?」


 シャトンの形相が変わり始める。兵士は自らの口元に人指し指を置き、静かに黙るよう勧める。目深にかぶられた鉄の兜から、その顔はわからない。

 ただ口元には、笑みが溢れている。


「暫くここで観戦してもらおうか。時が来れば、アンタはここから逃げればいい。それまでの辛抱さ」


「どういう意味だ?」


 小声で喋る兵士は姿勢を正して、会場の中央へ視線を向ける。シャトンの刺すような視線を感じながら。

 黙り込む兵士にシャトンは苛立ちを募らせる。何故、王女がルド祭に出るのかと。この兵士は何者かと。


 観衆の声に混じり、始まりを告げる太鼓の音が一斉に鳴らされる。ルド祭を祝福するよう一陣の風が、会場を強く吹き抜けた。


「……凄い。こんなに集まるの?」


「うん。うん。ルドイシュ国に住む人達は当然だけど、他国からも結構来るから」


 周囲を見上げる王女。圧倒される観衆の声に耳を傾ける。期待と喜びに満ちた声。

 側にはシスアが佇む。その手には持ち込んだ槍を持ち、驚く王女の顔を覗き込む。


「シャトンは本当に大丈夫なの?」


「大丈夫だって! それより、協力を忘れないでよ?」


 王女の位置からはシャトンの姿をとらえる事は出来ないのか、不安な声が漏れた。

 シスアの間発入れない返事に王女は、あまり信用はしていない眼差しを向ける。


 が、シスアは気にしないで背中を向け立ち去ろうとする。


「あ。シスア、まだルーシェとの関係を聞いてないけど?」


「……」


 初めて3人が顔を合わせたあの日。

 シスアとルーシェは王女に聞こえないよう密談をすると、このルド祭で協力をすればシャトンを助ける約束をした。


 王女にとって、ありがたい申し出。

 だがこの2人、お互いの関係については何故か語らない。そして、“協力”の内容もルド祭に出ればわかるとしか語らなかった。


 怪しむ王女だが、ついに迎えたこの日。観念したのか会場に入る列に加わっていた。そして今に至っている。

 受付で借りた銀の剣を携えて。自分にあわせていない違和感を感じるように、何度も柄の感覚を確かめる。


 やがて一斉に鳴り響く太鼓。

 シスアの姿はもう見辺らない。音が止み始めると共に殺気立つ会場。王女の周囲では戦いが始まり出した。


 内容は至って簡単で、この戦いの場に1人立つまで争う事。会場は魔力の類が及ばないよう、周囲にはガードが配置されていた。

 ルド祭への資格を失うのは戦えなくなったり、観覧席に入り込んだり。

 それともう1つ。


「こんな場所に小娘がいるとはな。迷ったのかい? 今は相手してらんねぇから、あの白い線から向こうに帰りな?」


「……」


 王女の背丈をゆうに越える大男が下びた笑みを浮かべ詰め寄る。太陽に照らされ、伸びる大男の影は王女の周囲を暗く包む。

 大男の言う白い線。

 戦いを望まない者に用意された安全圏の事である。会場へ入るために通り抜けた場所へ繋がる道の前に引いてある標し。


 この地を踏む者には戦いを仕掛ける事も許されない。そして踏んだ時点で資格も失う。

 大男の王女へ伸びた手を、王女は片手で掴み止めた。離そうにも動かない大男の手。その額には汗が滲み始める。


「な、なんだお前は? 離せっ!」


「離すの? わかった」


「へ?」


 体が傾きバランスを崩す大男。そのまま勢いよく宙に舞う。

 壁にぶつかる鈍い物音が白い線の向こう側から聞こえていた。


「今年は中々面白い者がおりますな。まだ若い娘もいるようで……見ましたかルベナ様、先程の? いやぁ、凄い馬鹿力ですな」


「……そうだな。今年は趣向が違いそうだ」


「さようですな!」


 ワートの高笑いが観衆の声と混じり大きく木霊する。

 顔が天布に隠れよく見えないルベナの表情。ただ楽しむような声が漏れた。


 地上から見上げるには高すぎて見えないその場所を、王女は見上げていた。

 一際装飾が施された場所に、ルド祭を執り行う王がいると知ってか知らずか。


 再び戦いへ戻す視線。

 剣を強く握り締める王女の姿があった。

2008年の初更新、遅くなりました;。また定期的な更新に戻せればと思います。

 これからも『カナルデの書』を宜しくお願い致します。


 次の更新で、『風の大国』があと何回くらいか目安もわかります。その時、またお知らせしますね。

 そういえば、新機能に縦書き掲載が出来ました。明朝体のためか、更に雰囲気が違います。(笑)


 ご興味のある方は機能一覧表でお確かめ下さい。(作者紹介、感想など表示されている所です)

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