『風の大国』─6
Part 4
「聖円の紋、12騎士の1人だと?」
ルドイシュ国の城内へ連行されたシャトン。広間の一室では、大臣が待ち構えていた。
少々小太りで、通常の成人男性より背の低い大臣のワートが。シャトンの背後と、ワートの傍らには兵士達が武器を身構えて、そのやりとりを見守っている。
城は、ルドイシュ国特有の黄砂で造られた街並と違い、白い大理石造りと、彫り物や装飾品が散りばめられ、華やかに映り込む。
ルドイシュ国では、どの建物も天井が弧を描きながら高く、奥行きも広い。この城もそうであった。
「随分と騒がしいな?」
不意に、靴音と共に若い男の声が響き渡る。広間の壁には、沿うように白い布がおおう。
その先、人影が映し出された。その声にワートや兵達含め、緊張した様子で身構え始める。
動く人影を追い、視線を動かすシャトン。やがて、声の主は広間の中心に位置する台座へ腰掛けた。
そこからは足元が少し覗くだけで、布に隠れる黒い人影だけが映り込んだ。
「こ、これはルベナ様。こちらにおいでとは私、露程知らず……」
「おべっかは、よせ。ワート」
「そ、そんな! おべっかなどとは……」
額に冷や汗を掻き、懸命に拭うワート。先程までシャトンに見せていた高圧的な態度とは、一変している。
場の空気を変えた男の名前、“ルベナ”に、シャトンは聞き覚えがあった。ルドイシュ国を治める王の名として。
「ふん。今朝の件は耳にしている。その者が犯人か?」
「はい。このワートがいながら、とんだ失態。ですが、こうして捕えております」
不機嫌なルベナの座る人影から、シャトンの方へ目を配らせるワート。声を高々に答える。
身元は12騎士である事と、シャトンの話しも交えて報告する。台座で足を組み、方肘をつくルベナ。
その表情を窺う事は出来ないが、興味深気な声が漏れた。
「……聖円の紋では、泥棒の真似事までさせるのか? 12騎士なら、侵入不可区域に入り込めたのも理解出来るな」
「はい。魔力で張り巡らした辺りまで入り込み、いかなる者かと思えば……」
“泥棒”。
人違いとは言え、聖円の紋までさげすむ言葉を向けられたシャトンは、顔が強張り始める。
「その侵入者、この私ではない。背格好が似ていると連れてこられたが、いい迷惑だ」
ワートの話しを遮るようにして、口を開いたシャトン。その瞬間、ワートの怒号が聞こえてきたが、そ知らぬ顔を向け佇む。
「ふふっ……面白い話しだ。どちらにせよ、“12騎士”が本当ならまた考える事もある。暫く、ゆっくりするといい。ルド祭も控えている」
ルベナは再び立ち上がり、ワートに後の事を任せると言い残すと、広間から立ち去った。
布越しの人影が消えた後。元通りの高圧的なワートが、兵達に命じてシャトンを牢屋へ押し込んだ。
城の地下奥。
石畳から兵達の足音が遠のく。薄暗く湿った空気の中、遥か頭上の空気穴からは外の日差しが入り込む。
背中に背負うガイラルディアは、捕えられた時にワートの元へ奪われてしまったまま。
魔力の満ちた特殊な牢屋は、そう簡単に抜け出せないとワートは言い残した。僅かな明かりを見上げる先に、シャトンの溜め息が溢れる。
「……。あれは……」
城付近の樹影から城内を探る王女の目に、門を通り抜けるワートと兵達の姿が映り込んだ。
あれから、随分と時が経つ中。シャトンが城内に入ってから出てくる様子が、一行にない。やはり、捕えられたのかと、その身を案じている。
「どうしようか?」
「キュ?」
肩に乗るエスフが首を傾げ、王女の1人言に付き合う。
ルドイシュ国の法がどうであれ、物々しい様子から、下手をすればシャトンの命は危ういのではないかと。
「まだ、こんな所に居たのかアンタ?」
不意に背後から掛けられた声。
王女はその声に驚き、振り向く。そこには、ルーシェの姿があった。
気だるそうに、頭を掻きながら王女を眺めている。いつの間にか忍び寄られていた背後。
その気配を全く感じなかった事に驚くと共に、王女の視線は背格好に及び、目を見張る。シャトンと変わらぬ背と、白地のマント姿に。
遠目に見たら、まとめられた長い金髪の髪も、衣服に隠れて短目に見えない事もない。
ルドイシュ国に住み、街を行き交う人々とは違い、王女と共に訪れたルーシェもまた、異国の者である。
「ねぇ、ルーシェ? 今朝、宿屋を出てからルド祭の建物へ向かわなかった? 侵入不可区域へ入ったとか……?」
「……」
王女の言葉に暫くの沈黙が訪れる。ルドイシュ国を訪れている者は沢山いる事はよく解っているが、王女の勘が言葉として、口に出た。
その勘が当たるかどうか、暫くの沈黙を置いて王女の耳元では冷めた声が聞こえた。
「んっ!」
「アンタ……何者?」
瞬きをする間。
目にも止まらぬ早さで王女に迫り、その口元をルーシェの手が塞ぐ。もう片方の手で肩を掴み、樹木へ王女の体を押し付ける。
鈍い痛みを背中に受けながら、先程の気だるい態度から一変したルーシェが、王女の目に映り込む。その褐色の目は普段と違い、殺気を帯びていた。
もがく王女。
一度は王女の危うい所を助け、宿屋まで世話をしてくれた。
王女が帰るべき国までの、身の振り方を案じていた男。だが、何者であるのかは謎のままであった。
ルーシェの正体とは? そんな考えを巡らせるが、息苦しさで顔を歪ませ始める。肩では、エスフの鳴く声が煩く辺りに木霊した。