第三部 『神具』
Part 3
パトロド大陸の遥か北には、スパシフィルムという白巨体を翼広げ、大空を何処迄も飛び続けた魔物がいた。広がる緑の大地と街並みを見下ろしながら。
そんなある時、温厚な魔物に入るはずのスパシフィルムが、北の大地を口から吐く凍えるブレスで氷の大地に変えてしまった。
強い魔力の前に大地からは生命が絶たれ、極寒の地と成り果てた。
そこに旅の若い男女が現れ、スパシフィルムに北より先を凍らせず、止めて眠りにつくよう話したという。
彼等の間で、どのような密約があったのか解らないが、スパシフィルムは忽然と姿を消し、凍りついた大地だけが残された。
それは1000年前の12賢者時代より昔の話し。
現在、その地にはイブフルー神殿のみが存在している。外観が氷地と溶け込むように、凍りついたイブフルー神殿。
中に入ると、人の背よりも高い無機質な白石円柱が幾つも規則的に配置されている。
外界と繋がる正面扉を抜けると、直ぐ横には広くて大きな白い階段が続いていた。
その上り進む先には、謁見を望む者を通す広間へ繋がっている。
広間の中心には玉座があり、女性が1人、重重しく座っていた。
神殿に仕える神官将を下がらせて、威厳を輝き放つ人物。各地に存在する教会を束ねる存在。
まだ優美若きコダル法王は訪れたティリシア王女や、12騎士のトアルとシャトンを温かく迎え入れた。
王女が訪れた目的、それはカナルデの書の所在と、その行方を知るためだ。
その理由を聞き入れたコダル法王は、王女の目を真っ直ぐ見据えた。
「王女、確かにイブフルー神殿に納められたカナルデの書は現在、行方不明です」
腰元まで流れるように伸びた、褐色の髪。そこから覗かせたコダルの顔色は曇り、目を伏せていた。
その言葉に一同は動揺の色を隠せない。更に行方不明となった時期は、7年前だと付け加えた。
極秘に捜索を行うが、現在まで何も掴めていないとの事であった。
同じく、聖円の紋にも存在しているカナルデの書。それも狙われないように、治めている最高神官将のランネルセに既に伝えていると。
別の12騎士が、現在もその所在を追う任務にあたっているはずと、そう話終えた。
12騎士の任務は個々により様々である。昔から極秘で進む事が多く、当時から王女の捜索にあたる、トアルやシャトンには知らぬ事。
「ですが、王女。黒衣者の話は初めて耳にしました。ランネルセ様に、一度、ご相談されてはいかがですか?」
コダルは、王女が黙って抜け出して来た事を見抜いていた。その事も含め再度、聖円の紋に戻るように促す。
何か黒衣者の事で、新たに進展するかもしれないとも考えて。
王女は手掛りになる物が無いと知り、肩を落としている。
コダルの言葉に頷き、“明日、戻ります”と静かに返事を返した。
その言葉に安堵したのか、コダルは優しく諭すような眼差しを向けた。
「せっかく足を運ばれたのですから、我が神殿に納める“神具”に一度、会ってみてはいかがです?」
カナルデの書と、神具の関係は深いと世に知れ渡っている。
安置を任された王家の人間なら、その資格は十分あると王女に伝えた。
この時、コダルの意図が読めない一同は、ただお互いの顔を見合わすだけであった。
「あの……失礼ですが、本来ならば“神具”は、12騎士ですら立ち会う事は許されません」
若いながらも12騎士という職を敬い、法を忠実に従うシャトン。
例えコダルでも、その目を離さず、力強くいさめる。同じく、隣に立つ青年騎士のトアルも、同様の事を伝えた。
コダルは法王の権限で特別に許すとし、どうするかを決めるのは王女の意思と促して、その返事を待っている。
「私は、構いません」
3人の視線を受ける深い緑目の王女は、コダルを真っ直ぐ見据えた。
何か決意のような、その澄んだ眼差しと顔を確かめたコダルは、再び頬が緩み笑顔を向ける。
そして、“案内をしましょう”と言葉を残し、玉座からおもむろに立ち上がった。
玉座の後ろ側に回り込むと、広間を囲む白い石壁に向かって、ゆっくりと歩き始めた。
辿り着いた白い石壁、そっと片手を添えるコダル。その触れた硬質の固まりは、波紋をみるまに広げていった。
そしてコダルの手を、その中へ吸い込み、引き入れ出す。側に近寄り、その手を目を凝らして眺める一同。
「魔力の壁、結界ですか?」
真っ先に問う王女。
コダルは返事の代わりに笑顔を向ける。
そして、3人に通り抜けるように促す。それに応えるよう、王女は未知なる先へ足を進めた。
触れた壁は波紋を広げながら、全身を通り抜けていく。
その後を、トアル、シャトン、そしてコダルが続いた。4人の前に広がる静寂の空間。
白く突き抜けるような1本道。佇む足元から先まで、その道が何処までも続いている。
2人横に並べば埋まる横幅で、左右の空間には深い闇があった。
「ここは?」
幼い頃に生まれ育った場所でもある、イブフルー神殿。知り尽したはずのトアルも初めて見る場所なのか、辺りをしきりに見渡している。
コダルは、“法王のみが通りを許された空間”とだけ伝えた。そして、案内を続けるように先を歩き始め出す。
王女は、静まる空間と闇の深さに肌寒さを感じていた。
白い道を黙々と前を歩くコダル。その後を3人は遅れず続いた。程なく進むと、目先に大きな白扉が現れた。
コダルは3人の足元に聖水を振り掛け、“中に入れば前に進むように”と言葉をかける。
そして、白扉の大きな輪に手を添えて呪文を静かに唱えた。
その声に反応するように歪な音をたてながら、前に両手を広げるよう扉が開き、3人に道を作り出し始める。
そこに広がり見せた世界は、白く霧がかかり冷気が包む、氷の大地であった。
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