『風の大国』─3
Part 4
「ね、貴方、何してるの?」
「え?」
背後からの声に驚き振り向くと、褐色の髪をまとめあげた女が王女の目に映り込んだ。ルーシェとはぐれた王女は、通りで見掛けた大臣達のあとをつけていた。
少し街から外れ、人も少なくなった場所に建つ建物へ入った大臣の姿を最後に、王女は身を隠すようにして出入り口の様子がよく解る物陰へ身を潜めている。怪しい者を見るように女は王女の周囲を一回り。
「え、あ、あの道に迷って……」
「ふーーん?」
明らかな動揺を見せる王女に、女の視線がエスフに移る。王女の肩で身を丸くするエスフ。
その様子が面白いのか笑顔を向けた。
「貴方、旅の人? ルドイシュ国の者じゃないわね。あの建物に何か用があるの?」
「えっ? いや……」
「あっ! わかった! 貴方もルド祭に出るのね? あそこは登録の受付もしているからね。私も丁度、行く所なの。じゃあ、行くわよ!」
「はぁ? ちょっ……」
建物を指さすのを止めた女は、有無を言わさず王女の腕を掴み建物へ足を進ませる。半、引きずられるようにして王女は後ろをついていく。
気分良く鼻歌混じりに進む女は、緋色にも似た深い褐色の瞳を輝かせ、王女を横目でとらえる。
「あ、名前、まだだったわね? カジュル・シスアよ。貴方は?」
「私はティリシア。ティリシア・シルバホーン。こっちはエスフ」
まとめあげられた癖のある巻き毛は、シスアが頷く度に跳ねる。ルド祭に出る者にしては、武に心得がある様子が全く窺えないシスアに、王女は戸惑う。
あっという間に建物へ入る2人。
街と同様に黄砂で造られた土壁には、様々な模様が彫られている。外の暑さと違い、中へ入ると冷たい風が吹き抜け、涼しい。
外から眺めるより遥かに広い奥行きと高さに、王女の視線がせわしなく動く。どれも初めて眺めるものであるために。
まだティリシア王国が健在の時、王女はルドイシュ国へ赴く事は一度もなく過ごしていた。
「そこの者達! 何用だ!」
2人が進んだ先には少し拓けた場所があり、地下からくみあげられた噴水が流れ出していた。
そこから左右、前方へと通路が続き、シスアは左へ足を向けた時。背後から低い声が響いた。その声にとどまる2人。ルドイシュ国の兵士である者が近付く。
「私達はルド祭へ出るために登録をしに来たの。ね? ティリシア」
「え? えぇ……」
「何? お前達が?」
兵士は甲冑の物音を辺りに響かせ、2人を怪訝な顔で眺める。
「確かにルド祭は男女、誰でも出る事を許されているが……お前達のような子供が出ても痛い思いをするだけだぞ?」
たくましい腕力があるわけでもなく、これといった武器を身に付けた様子もない2人を、兵士はなだめるように言う。
その言葉にシスアは気にいらないのか、身を乗り出して兵士に詰め寄った。
「ちょっと! 誰が子供よ! 私は19歳で、もう立派な女性よ! 見た目だけで決めると痛い思いするわよ!」
「ぬ……っ」
あまりの剣幕の激しさに兵士はたじろぐ。王女はシスアが、まだ自分より2つ上である事に驚いていた。
20歳を優にこえていると思ったために。王女から向けられる眼差し、その視線の意味を悟った様子のシスアは眼光が鋭くなる。王女は慌てて首を横に振り、頷く。
「わ、解った。登録場所へ案内しよう。左通路は現在、民衆には通りを許されていない。前方はルド祭の場所。右通路がお前達の行く場所だ。間違えるな」
兵士はシスアから離れると先を歩き始める。その後ろを、元通り落ち着いた様子のシスアと王女がつく。
「ね? ティリシア、何処に泊まってるの?」
「まだ決めていない。はぐれてしまった者を探しながら、街を見て回るつもりだから」
「そう。じゃあ、2日後にまた、ここで!」
登録を済ませた2人。再び建物前に佇む。シスアは王女とエスフに手を振りながら、その場をあとにした。
残された王女。陽が暮れ始めた空をおもむろに眺め、深い溜め息にも似た声が一つ。
「成り行きとはいえ、ルド祭に出るなんて……。シスア、随分と元気の良い人ね」
登録の際、側に置かれていたルド祭の品を眺めていた王女。その時、パトロド大陸では有数の名剣であるクレイスが目に映った。
買うには少々高価な名剣。魔力ある者が手にすると、その斬れ味は何倍も増すと伝えられる魔剣である。
ルド祭では武器の貸し出しもしており、困る事はないが今後の旅路で何か武器が欲しいところ。剣術に心得ある王女が欲しくなったのはいうまでもない。
どうせ出るならと王女は覚悟を決めた様子で、街へルーシェを探しに向かった。
第四部に記載したフィラモ神聖国の位置が違い、訂正をしました;。正確には聖円の紋より西方の国になります。
近々、10月の上旬内に資料画へ『カナルデの書』に登場する国を含めた風景の詳細を設置します。
ここまで読んで頂き、有り難うございました。