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カナルデの書  作者: 箱庭
14/56

『神具』─13

Part 3

スパシフィルムがコダル達を背中に乗せて、フィラモ神聖国から飛び立った頃。

 聖なる広間にいた王女も、その攻防の衝撃を受けていた。


「何事?」


 通された広間で段々酷くなる揺れに、目の前にある像へ手を滑らせる。時折、天井から彫刻の破片が雨のように落ちてきた。

 振動が強くなる度に、遠くから人々が行き交う物音。その声が慌ただしくなっている様子も、その耳にも届いていた。


 いまだに王女側へは誰も来ず、もしかしたら3人に何かあったのかもしれないと、怪しみ始めていた。


「ここには窓もないし、やはり戻って確かめるしか……」


 広間と繋がる通路先へ目をやると、その視界に白い衣を頭から深く纏った姿が映り込んだ。

 今も続く揺れの最中、その者は静かに佇むだけであった。


 異常な状況下に気を取られていたとはいえ、全く気配を感じなかった王女。

 その姿に驚き、少し身を引いた。佇む者の顔は深くかぶられた布の影にあり、よく見えない。


「誰?」


 身なりは神官将に似ているが、フィラモ神聖国に遣える者なのか判断のしようがない。

 王女の記憶の片隅に、この国の王子である、ゼルシュタルの事が頭をよぎった。


 まだ、その声すら知らぬ存在。そんな王女の元へ、足音もなく白い衣の者は迫っていた。


「え?」


 瞬きをする間に通路側にいたはずが、王女に触れる位置までにいる。

 まるで、姿を消し、再び現れたような。間近でも、深くかぶる衣のために顔は影になり、薄暗くて確かめられない。


「ティリシア・シルバホーンか?」


 困惑する王女に、少し低めの澄んだ声が響く。顔は解らないが、男であるらしい。

 その声に気を取られていた王女。不意にその右腕を掴まれ、体が力強く引き寄せられた。


 体勢を崩す王女は、男の胸の中におさまるように、もたれかかる。

 その瞬間。

 戸惑う視線を向ける王女と、男の間を阻むように王女の右腕、身に付けたオーニソガラムが眩い光を放った。


 その強い輝きに、男は王女の右腕を掴む手を緩めた。王女も眩さに視界を遮られる。

 その両目を再び見開いた時、見慣れた姿が王女をかばうように佇んでいた。


「トゥベル?」


 間合いを取るように男は離れており、トゥベルと対峙する。

 普段と変わらない様子のトゥベルだが、どこか険しさが残る。まるで、王女達と最初に出会った時のように。


「随分と待たせておきながら、礼儀を知らないらしいな?」


 金色目が怪しく光る。いつの間にか魔物の目である縦目の瞳孔に戻り、一層、冷酷さが増す。

 ただ黙る男に対し、苛立ちを露にするように。


「トゥベル、オーニソガラムの中にいても外の様子が解るの?」


 真後ろにいた王女は、そんな両者の張り詰める様子に気付かないのか問う。

 その無神経さに少し呆れたのか、深い溜め息を漏らすトゥベル。男を睨むまま、その問いに答える。


「外の事など、容易く解る。身近にいる程、契約者の視界を通すからな」


「そうなの?」


「そうだ」


 意外とばかりに驚き目を丸くする王女。そんな2人の様子を眺めていた男が静かに口を開いた。


「……報告は本当だったのか。お前は神具だな?」


 広間の揺れが続き、慌ただしい声が遠くで微かに聞こえている。

 男は今起きている事、全てを理解した様子で、動揺する気配が見られない。


「私の名前はトゥベル。神具はお前達、人間が付けた名だ。それより報告とは何の事か?」


 押し黙る男へ、ゆっくりと近付き始める。王女は揺れる広間に足をとられ、その場で2人の様子を見守っていた。


「フィラモ神聖国では、様々な情報収集も怠らない。例えば、こんな魔鳥を飛ばしてイブフルー神殿を探らせるとか」


 左手を差し出すようにして、トゥベルの方へ向けた。

 その掌には1羽の白い鳥がいつの間にか現れ、とまっている。


 鳥は羽を広げて男の手を離れると、広間を旋回しながら通路先、城の中へと去っていった。


「なる程?」


 更に歩みを進め、佇む男に近付く。鳥が残した白い羽が辺りを舞う中、男と対峙を続ける。

 王女がオーニソガラムにトゥベルを宿し持っていた事。既にフィラモ神聖国では周知の事実に、怪訝さを増すためか。


「確かに神具の力は容易にあらがえはしないが、契約を結んだばかりなら……変わるな」


「何?」


 男の足元から這うように現れだす緑の紋様。広間全体へ広がり、王女達を包み込んだ。

 その様子に、トゥベルは歩みを止めて辺りへ目を配らせている。王女は見慣れた紋様に声を漏らした。


「これはガード?」


「これまでのガードとは違う。新たに作り出した強力なもの。王女の魔力は勿論、それと同等の神具すら抑えるのは容易い」


 その言葉を合図に、今度は男からトゥベルの方へ歩み始める。相変わらず顔は見えないが、どこか声が弾むようにも2人には聞こえた。

 トゥベルは怪訝な顔を更に強める。ひらりと、空を舞うようにして王女の側へと戻った。


 先程までの様子とは、どこか違うトゥベルを見上げる王女。


「どうかしたの?」


「フィラモ神聖国の方が神具に詳しいらしいな。言ってなかったが、契約を交した時点で私の魔力は契約者と同等になる。今の段階では弱いのだ。このガードすら破れぬ。場所が悪い、逃げるのだな」


「どういう意味? トゥベル?」


 王女の声を最後まで聞く事もなく、トゥベルはその姿を再びオーニソガラムへ戻し、消えた。

 同時にオーニソガラムの石の1つが再び青白く、淡く光。


 そのオーニソガラムを撫で見つめる王女。


「トゥベル?」


 姿を勝手に消したトゥベルをいさめる声が広間に響く。

 肩に乗り、静かにその様子を見守っていたエスフ。王女の髪を掴み、男の方へ視線を戻させた。


「っ痛!」


「王女。その魔具を渡してもらおう。神具の力は過ぎた物だ」


 エスフに引っ張られた髪の痛さで顔を上げた王女。男は目前まで迫り、再び王女の腕を掴もうと手を伸ばす。

 そんな男の手を避けるように身を交す王女。地を蹴ると、男の体上へ高く体をひねり、飛び越えた。


 再び男の背後で地を着く靴音と共に、通路の方へ足早に駆ける。


「(とりあえず、剣も取られた今、魔力の使えない広間にいても仕方ない)」


 先程まで、腰本にあったはずの剣を撫でるように手を当てて、預けた事を後悔しながら。

 そんな王女の方へゆっくりと振り向く男。王女が辿り着く手前。


「パフィオペディルム」


 広間に木霊する呪文。王女は同時に石畳へ手をつき、屈み込んだ。

 足元に力が入らず、体全身を重圧が襲う。肩に乗っていたエスフにも影響があるのか、王女の胸元辺りに落ち、石畳に倒れ込んだ。


「キュ、キュウ」


「この……重圧は?」


 苦痛に満ちた、かすれる声が漏れる。王女の背後では男の立ち止まる気配が。

 視線だけを、やっとの思いで動かす王女。その体の重圧に苦痛で顔が歪む。


「私が欲しいのは、その魔具に宿る神具の力。おとなしく渡せば、命まで奪う気はない」


 王女を見下ろすように男はオーニソガラムへ手を伸ばす。顔が見えない男。影が深い闇のように映り込んだ。


「くっ……」


「キュ、キュウ!」


 そんな2人の間を裂くようなエスフの鳴き声が木霊した時。王女とエスフの姿が広間から忽然と消えた。


「……逃げたか」


 辺りを見回す男。

 1人残された姿が、広間の影として映る。


「ゼルシュタル様? 王女様は?」


 通路では、いつの間にか現れて佇む案内役の姿があった。

 ゼルシュタルと呼ばれた男は静かに歩き、その横を通り過ぎる。


「王女は、城内にもういない。スペリオスの方も終わったようだな」


 全身を覆い隠す白い衣からは、ゼルシュタルの表情は窺えない。

 ただ、どこか冷たさの残る声が響く。その後ろを黙って歩く案内役。


 城の奥へ2人の姿が消えていく。揺れ動く城内もやがて静けさを取り戻していった。


「ん?」


「キュ?」


 王女の目に空が茜色に染まる様子が映り込む。身を襲う先程の重圧もなくなっている事にも気が付いた。

 両手が空を切る。

 懐かしい外の匂いが風に乗り、王女の身を通り過ぎていく。


「どうなって……ん?」


 急激に体が下がる感覚を覚え、体を傾けた。広間にいたはずが、いつの間にか空を浮び、眼下には大地が広がる。

 そして重力に引かれ、その身が地に迫る。黄色い地へと。


「い、痛っ!」


「キュッ」


 鈍い衝撃と共に、王女の身が勢いよく地に埋もれる。

 その背中では、エスフが勢いよく当たり、転び落ちた。顔を埋もれるようにする両者。


「ぶっ、何処ここ?」


 砂を口から吐き出し、体を起こした王女。その目に広がったのは黄砂の砂漠であった。

 風が吹く度に砂が空を舞う。辺りには王女達しかいないのか、砂山だけが何処までも広がっていた。

 膝を着き、座る王女。


「これはエスフの仕業? 空間移動の術が使えるの?」


 側で転がり、埋もれたエスフを拾い上げる。その手の中で、砂をはらうように身を震わせるエスフ。

 その粒羅な両目に王女の顔が映る。


「助かったわ。ついでに聖円の紋までお願い出来る? あの広間の揺れは多分、皆もフィラモ神聖国から追われたもの。戻ると会えると思うの」


 立ち上がり、辺りへ再び目を配らせる。黄砂の砂漠に夜の色が広がり始め、見上げた先には月が浮かんでいた。

 風が吹き抜ける音と共に、肌寒さがあとに残されていく。


「キュウ……?」


 首をかしげるようにするエスフ。王女に暫くの沈黙が訪れる。


「もしかして……何度も扱えない術?」


「キュ?」


 呑気な表情に、うなだれる王女。エスフは気にせず、その手から肩へ移動した。

 見渡す限りの砂漠を前に、王女の溜め息が溢れる。


 優しく撫でる指先、オーニソガラムで淡く光るトゥベルの石。ガードの影響のためか現れる様子もない。


「ここ……何処?」


 砂漠に佇む王女達。

 月明かりだけが、その行く先を見守っていた。






 その後、聖円の紋へランネルセやコダルが戻って間もなく、フィラモ神聖国では正式な王位の交代が告げられる。

 それは瞬く間に他国へ広まる事となった。正式な王位継承は内密に行われた若き王。


 フィラモ神聖国の民も含め、顔も解らないゼルシュタルに様々な噂を語りだす。

 これを機に、フィラモ神聖国は国境の兵を強化した。


 益々、国に出入りする者を警戒するようになっていく。裏では密かに神具を狙う者を暗躍させながら。

 この事実はまだ表立って知る者も少なく、情勢が少し変わったとしか認識されていない。


 各地に散らばる12騎士とレブレア王。そして、再び行方知れずとなった王女。

 12賢者時代よりの均衡が破られ、パトロド大陸は再び平穏が失われていく。


 それが丁度、12賢者時代より1000年後の事となった。

資料画にコダルのカラー絵を2枚更新しています。

『カナルデの書』第3部の「神具」はここまでになります。次話、第4部からは「風の大国」が始まります。


【少し秘話】

(になるのかどうか;)


 移転作品という事もあり、当初予定していた第3部を、もっと進めた話しにしてみました。

 気付けば3万字以上となり、以前のサイト様ではどれくらいか把握していませんでしたので、色々と執筆でも参考になります。


 第3部から登場、成長したティリシア王女。主人公ですが、最初の堅苦しさを改善しました。

 動かしていく内に解る事もあり、第2部の幼少期頃の王女、その子供らしさ(無垢)を残した感じです。


 何度も手直しをしながらの完結となりましたが、ここまで読んで頂き有り難うございました。

 とても励みになっています。

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