『神具』─12
Part 3
「戦うのは構わんが、ここから抜け出ても、城の至る所に兵達がいそうじゃな。ちと、骨が折れるの」
スペリオス含め、周囲を囲む兵達に一瞥を投げる。
構えた白銀の剣を体前に、お互いの背中を向け合うランネルセとコダルに小声で囁いた。
「魔力を抑え込まれている状態では……。肉体派ではありませんから、私はあまりお役には立てませんね」
手に魔力を込めようとするが、思うようにいかず、力が抜ける。
ランネルセはそれをどこか楽しむよう、口許が緩んだまま、辺りに目を配らせた。
じわりと間合いを詰める兵達との距離が、次第に短くなる。
「コダル法王、貴方様には争い事は向きませんよ? 怪我をなされないよう、残りの方にも教えを説いたらいかがですか?」
教会という聖職に遣える者は命の尊さから、その国の法まで人に伝え続けていた。
当然、殺生などには関わりを控える。コダルも法王の名に、それは誓っていた。
「この広間から外に出れば逃げれますね? 今、ここで戦っても仕方がありませんし」
豪華な彫り物が浮かび上がる白い石壁を、辿るように天井を眺める。
弧を描くようにあり、真上は小さな窓が4つ囲んでいた。そこから覗く外の夕暮れを受け入れている。
広間の中央はその光が密集しており、照らされていた。外観から眺めた時、城から今いる場所は丁度、角辺り。
周囲を囲むものは何もない。コダルは静かに両目を閉じて、胸元にある白濁りのペンダント石へ手を添えた。
「コダル殿? 一体何を言う……」
その言葉に振り向くレブレア王。ランネルセはコダルの胸元のペンダントから、強い魔力が溢れ出すのを感じた。
「スパシフィルム!」
白濁りのペンダント石からその呼び声と共に、強い光が放たれ、眩しい光が辺り包み込む。
対峙するスペリオスや兵達は勿論、側にいた2人も、その眩しさに動きが止まった。
光輝く中から、耳をつんざく叫び声が響き渡ると、広間全体が衝撃を受けて震えだした。
光の中で揺らめく巨体の影。その姿に皆息を飲む。スペリオスはその場を引き裂くように、叫んだ。
捕える命令に、我に返った兵達は武器をそれぞれ構え、再び3人に駆け寄ろうとした。
その時。風を切る音が頭上から聞えた。光の中から覗かせたのは巨大な白い尾。
勢いよく、床めがけ振り下ろされる。轟音と共に床が砕けては方々散乱し、揺れ動く広間。
舞い上がる砂埃に視界を奪われ、足場をなくしながら体制を崩されていく。
「くっ! 何事だ!」
スペリオスは顔をしかめて、前方にいるはずの3人の姿を探す。
そして、コダルの身を大きな尾で守るように丸めた、白い巨体の魔物を目にした。
人の背丈などを優にこえ、比べものにならぬ程の白い巨体。広間の天井に届きそうな程、すれすれにうごめく巨体。
背中には大きな双翼があり、闇のような深い紫の目が睨み返している。
辺りを切り裂くような雄叫びと共に、スパシフィルムと呼ばれた魔物は背中についた双翼を広げた。
「レブレア王とランネルセ様、早くこちらへ!」
コダルはスパシフィルムの尾から、その背中に移動する。
呆然と眺める周囲。2人はその声に頷き、同様にその背へ移る。
首元辺りにある、たて髪に掴まると、その巨体を震わせ、尾でもう一度振り、広間の壁を破壊した。
再び広間が大きく揺れ動く。崩れた瓦礫が散乱する中、スパシフィルムは日の暮れ出す空へ飛び立っていく。
広げた双翼が動くと、突風が巻き起り、残された広間は暴風のように吹き荒れた。
「何をしている! 弓兵は射落とせ!」
飛び立った瓦礫の側へ立つスペリオスは、空に飛び出した白い巨体を指差した。
その周囲では、弓兵の銀の矢がスパシフィルムを狙う。
「放て!」
風を切り裂く音が広間から飛び立った。
スペリオスの掛け声と共に、一斉に放たれた銀の矢が、勢いよくスパシフィルムへ迫る。
まだ広間から、そう遠くない位置を飛ぶスパシフィルム。その背中に乗るコダルが、迫る矢を見た。
「スパシフィルム、お願いします」
優しく手で首元を撫でるコダル。スパシフィルムは迫る矢の方へ体を向き直すと、口を大きく歪ませる。
その口の中では光が渦巻き、膨張を続ける。幾重もの銀の矢が間近に迫った時。
スパシフィルムは勢いよくそれを吐き出した。煌めく光は矢を凍らせて砕き散らすと、その方向にいるスペリオスへ迫りだす。
「何!」
煌めく光は氷と化し、鋭く、砕ける衝撃音と共に広がり続ける。
空にいる3人の目にはスパシフィルムの吐くブレスが、何かで遮られた様子が映り込んだ。
「あれは……ガード?」
ブレスが届く手前、広間のある外壁から、強い光が放たれた。
光は弧を描きながら、広間付近を包み込み、スパシフィルムのブレスを受け止め続けている。
「スパシフィルムのブレスを受け止めるなんて、あれも今までのガードとは違いますね」
いずれ驚異になるであろう、フィラモ神聖国の力を一部、垣間見たコダル。
スパシフィルムの首元へ手を伸ばし、もう一撫でした。
応えるようにブレスを止め、双翼を大きく羽ばたかせると、スパシフィルムはその場から立ち去った。
その姿を見送るスペリオスは、怪訝な顔を浮かべたまま、空を睨むのを止めた。
兵達と共に、城の中へその姿を消していく。風を受けながら、誰よりも速く飛ぶ白い巨体の魔物スパシフィルム。
「まさか、伝説の魔竜に生きてる内、出会えるとは驚きじゃな。噂は本当か」
その背に乗り、どっしり座るレブレア王。流れ過ぎる景色を爽快とばかりに、高らかに笑う。
先程の事など忘れたかのように。
「王女、残して来てしまいましたね。大丈夫でしょうか?」
浮かない表情を、今は見えなくなったフィラモ神聖国の方へ向けるコダル。
「大丈夫ですよ。命まで取るつもりはないと思いますし。トゥベルや、いざとなれば……“意外なもの”が役立つかもしれません」
「意外なもの?」
普段と変わらない笑顔を向けるランネルセ。その顔にコダルは心が落ち着くが、含む言葉に顔を曇らせる。
ランネルセは気にせずに、今は早く聖円の紋へ戻り、事の件をどうするか改めて話し合う事を促した。
「コダル殿。すまんが、わしをこの辺りで降ろしてくれ」
眼下を見ていたレブレア王はコダルへ視線を戻す。そして、同じく眼下を眺めるよう促した。
コダルはスパシフィルムの背中から身を乗り出した。眼下には大きな川と森林が広がる景色が、その目に映り込む。
岩肌広がるフィラモ神聖国から離れた位置まで来ているのは確かであった。
時折、森の間から光が揺らめく。コダルはスパシフィルムに下降するように命じた。
速度を落とし、森へ近付くと段々と光る正体が何か解り出した。
「あれは騎士兵? しかもあの数は……フィラモ神聖国の追手がもう?」
川を沿うように何千、何万という銀の甲冑を着た騎士兵の姿。
動く度に銀の甲冑が、日の暮れた空から覗く月明かりを、照らし返している。
「違いますよ。あれはレブレア国からの一団。そうですよね? レブレア王」
同じように眼下を眺めるランネルセ。レブレア王は目を細目て頷く。
「こんな事ではないかと思い、わしの国から騎士兵を向かわせておった。フィラモ神聖国も、まだ本格的に争うつもりはあるまい。暫くすれば、騎士兵と共に国へ戻るつもりじゃ」
王女や聖円の紋の12騎士達。フィラモ神聖国の方面へ向かった味方が、戻れる道を確保するためである。
国境付近では、既に追手が動いていると思われた。いざとなれば、早くフィラモ神聖国へ向かうために。
「聖円の紋の方、東へ向かう事が出来れば、わしらと共に戻る事が出来るじゃろう」
大きな川の側、拓けた地にスパシフィルムは降り立つ。レブレア王は背中から降りると、地を踏みしめる。
その背後、森からスパシフィルムの姿を見ていた騎士兵が、馬を走らせてきた。
王の姿を確認すると馬から降り、側で見守り待っている。
「また、聖円の紋で会おう。コダル殿、ランネルセ殿」
再び高く舞い上がるスパシフィルムの背中から2人は頷き、レブレア王の元を去った。
あっという間に夜の闇雲へ隠れたスパシフィルムを見上げながら、レブレア王は月明かりの下で今宵は過ごす。
「レブレア王にはいつも驚かされます」
「そうですね。私はスパシフィルムに乗れただけでも十分ですが」
はにかみ笑顔を向け合う2人。
スパシフィルムの咆哮が闇の空に高らかに響き渡る。久しぶりに双翼を動かし、風に乗れたのを喜ぶように。
その昔、姿を忽然と消したスパシフィルムは、密かに魔具として身を潜めていた。
そして歴代の法王達と共に、パトロド大陸の北を見守り続けている。
1000年前にも、当時、12賢者の1人であった法王と共に、戦乱の世を駆け抜けたという。
現在は法王となったコダルに受け継がれ、その胸元に輝くペンダントとして共にいる。
再び、パトロド大陸に暗雲が立ち込める時。その力を振るうために現れると、一部の者には噂され、語り継がれていた。
『カナルデの書』第3部は次話で完結します。読んで頂いている方、励みになっています。
また、完結後に第3部についての秘話などをしたいと思います。
7月20日にプロローグ〜9話目まで、新たに手直しをしています。
(誤字や色々と見直しています;)
それでは、ここまで読んで頂き有り難うございました。