『神具』─10
Part 3
「はぁっ!」
3頭の白馬に繋いだ手綱が、男の振り上げと共に白い馬肌に打ち鳴らされる。
より速度を増して、砂混じりの道を駆け抜ける白馬。その後ろに繋がれた、装飾を控え目に施された馬車には王女達が乗っていた。
ラッカルの町でレブレア王と出会った王女。王は急な用向きがあるとの事で、聖円の紋に向かう途中であった。
その用向きに王女も関わると伝えられ、本来なら宿屋で泊まる所をレブレア王と共に行く事にした。
広い馬車の中とはいえども、中には王女を含め4人。揺られながらレブレア王の話を聞いた。
「しかし、イブフルー神殿に納められている神具が、王女の所にあるとは驚きじゃな」
斜め前を座るトゥベルの顔を、珍し気に覗き込むレブレア王。
そんなレブレア王に怪訝な顔を向け、揺れる馬車に居心地悪そうに腕を組む姿があった。
「そういえばシャトン。少年のエスフはラッカルの町で別れたの?」
王女が宿屋に着くと、いつの間にか側から消えていた少年のエスフ。
二度と出会う事なく町を出ており、名残惜しいのか気にしている。
その王女の肩には魔物のエスフが乗っている。少年と入れ替わるように現れて、王女の元へ戻っていた。
今だに何も気付かない王女。シャトンは、ラッカルの町で元気にしているとだけ伝え、その視線は王女の肩に乗るエスフを見据えていた。
特に詫びれた様子もなく、エスフはその視線から逃れるように王女の膝上へと移動した。
「レブレア王自らが聖円の紋へ出向くのは珍しいな。急用とはなんだ?」
沈黙していたトゥベルが口を開く。
レブレア王は直接、聖円の紋で聞いた方が早いと伝えると、馬車の窓から見え出した聖円の紋を指差した。
皆がその方向を向く。そこには駆け抜ける景色が流れていた。
緑繁る草木、先にある切り立った断崖の上には建物が覗く。
辺りの岩肌からは大きな滝が沢山流れ落ち、近付くと水音が大きくなり鳥の飛び立つ羽音が響き渡った。
聖円の紋は神具がある国へ方々行けるよう、パトロド大陸の中心に位置する崖上へ建てられていた。
中立国の立場にあり、例え問題が起きても攻め入りにくい、そんな場所である。
12歳を過ぎた頃より、聖円の紋へ学問を習いに行く事が許され、王族や貴族も含め、聖円の紋へ出向くのは当たり前になっていた。
聖円の紋で身分は皆平等の扱いの上、素質があれば12騎士への道も開かれている。
例え身分が王族であろうと、12騎士として生きる事が許されていた。
そのため、聖円の紋で暮らす騎士達には王族や貴族の繋がりもあり、下手には手を出せない国となっている。
王女もその昔、聖円の紋へ出向いては本を読み漁り、騎士からは剣技を習っていたという。
12歳を迎えた頃には正式に聖円の紋へ入り、王女としてではなく、12騎士として道を歩もうと夢見ていた。
ティリシア王国の最後の王となったロイ・シルバホーン。
たった1人の愛娘をどう考えていたのか定かではないが、12歳を迎えた頃には、聖円の紋で学問を受けさす事に納得していたという。
それも昔の話しで、王女は10歳で異界の門へ姿を消し、国は王と共に失われている。
聖円の紋へ再び戻る矢先、王女はそんな思い出が浮かんだのか憂いが顔に残る。
駆け抜ける馬車が速度を弱めた頃、聖円の紋へ着いたのか馬車は止まった。
外からレブレア王の家臣が馬車の扉を開き、王女達を待っている。
到着した頃には夜は更け、聖円の紋から淡く漏れた灯りが辺りを照らしていた。
来た道より流れる水音が響く中、王女達は中に入っていく。
シャトンが案内役となり、聖円の紋を治める最高神官将ランネルセの元へと進む。
内部は高潔の証しである白で統一され、広い中庭から方々に繋がる学問を習う場所、宴で使う広間。
12騎士や、他の騎士達の住む場所がある。やがて12騎士達が揃って使う広間前へと辿り着いた。
シャトンが扉を両手で開き入ると、広間の中心には見慣れた神官将の服装をした少年が1人。
身の丈程の杖を左手に持ち、その杖には装飾が施され、大きな蒼い宝石が組み込まれている。
穏やかに王女達を眺めており、歳の頃は12から15歳の姿であった。シャトンは近付くと片膝を着いて、挨拶を交す。
「ランネルセ様、王女を無事に聖円の紋へ連れ帰りました。途中でレブレア王にも出会い、ご一緒しました」
シャトンに労いの言葉を伝え、ランネルセは王女の無事を喜び、レブレア王を迎い入れた。
その姿、歳は若く少年のようであるが噂では、聖円の紋が出来た頃より最高神官将を務める者である。
大きな蒼目に色白な素肌。柔らかな褐色の髪は真ん中より分けられ、耳を隠す長さの横髪であった。
事についての話をする前に、ランネルセは王女の側に立つトゥベルに一瞥を投げる。
「王女と一緒だとは。イブフルー神殿より外は久しいのではありませんか? トゥベル?」
「ふん。白々しいな」
2人は顔を合わすなり険悪な様子が窺え、トゥベルは特に顔が怖い。
古い知り合いなのか、お互いに遠慮なく。その場に居たレブレア王が話を切り出した。
シャトンはランネルセの側で、事の次第を見届けている。
「フィラモ神聖国より、レブレア王や、私の所へ同様の内容がしたためられた書簡が届きました。そして王女にも、同様の内容を私が預かっています」
ランネルセは縦に深く開いた袖口より、取り出した銀の筒を王女に差し出した。
王女は受け取ると広げて中身を確かめている。フィラモ神聖国は6つ大国の1つで、聖円の紋より遥か先の西方に位置する。
「王女へ書簡ですか? 先の宴でフィラモ神聖国からは、事情により出向けないと書状はありましたが」
王女の見入る書簡を気にするシャトン。ランネルセは王女が読み終えたのを確かめた後、その口を開いた。
「パトロド大陸では神具の存在は絶対です。現在は王家の手に委ねられていますが、その昔は魔力の長けた者が手にしていたのです」
遥か昔より神具に関わる争い事は多々あり、神具を手にし、国を構え王族になっている事が大半であった。
現在はその子孫がレブレア王や王女である。
神具に人が集まるのは自然の事。
もしその血筋が耐えれば、イブフルー神殿を治める教会のコダル法王など、均衡を保てる者へ代わりに受け継がれ、見守られる。
聖円の紋は均衡を保ちつつ、神具があるべき人に委ねられるのを、陰ながらずっと見守り続けていた。
より長けた魔力の持ち主は現在その傾向はなくても、いずれ開花するとされる。
王女もその血筋を受け継ぐ以上、国がなくても神具を有するのは宿命であった。
「確かに神具に認められた者を支えるのは法にもあるな。王女が望めば、わしはレブレア国あげてティリシア王国を復興するつもりじゃ」
レブレア王は王女の顔を覗き込みながら、豪快に笑う。
王女の冷めた視線からは、そんな気は殊更無い様子である。
「それで? 書簡には何が書いているのだ? わざわざ国を治める者がこうして顔を合わして?」
怪訝な顔は相変わらずのままに、トゥベルは王女に問う。
不意に、研かれた床石を歩く1人の靴音が響き渡った。
「私から説明をしましょうか?」
その声する方へ振り向く王女。そこに映り込んだ姿は、イブフルー神殿で出会ったコダルであった。
「コダル様? 何故ここに?」
イブフルー神殿を治めるコダルは、法王の責務もあり、余程の事でもない限り、いかなる催しにも参列はしない。
王女の宴でもそうであった。そんなコダルが聖円の紋へ来るのは珍しい事である。
「そなたにも書簡が届いたのか?」
レブレア王は懐かしむのも早々止め、どこか浮かない様子である。
「お久しぶりです。レブレア王、ランネルセ様。私もご一緒にと、飛竜を飛ばして参りました」
イブフルー神殿も聖円の紋や、ティリシア王国と同じく中立国に位置している。
各地に存在する教会には飛竜を手なづける神官将がおり、移動手段の他に大国と争えるだけの力を持っていた。
その力を大きく使ったのは、後にも先にも1000年前のみ。現在は教会内部の移動手段だけである。
「では、フィラモ神聖国へは私達全員で向かう事にしましょう。今宵は部屋を用意しますから……」
「待て。私は行く気はない。書簡には話があり、出向くようにとあるが私はこういうのは苦手だ。ランネルセからもそう伝えてくれ」
決まりかけた話に王女が割り込んだ。昔より催しや、集まりには姿を消し続けていた王女。
それはどの国でも有名な話であった。今回の用向きも大した事ではないと考えたのだろう。
「王女にはもう1つの書簡が届いています。ですから、どうしても行って頂きます。まぁ、断るにしてもね?」
何処か含みある言い方をして、ランネルセは王女を見上げた。
容姿が変わらずとも、歳上であるのは理解している。
だが、昔から余裕を含み、したたかなランネルセに王女は何処となく苦手であった。
「もう1つの内容って何?」
「王女とフィラモ神聖国の王子との婚約です」
怪訝な顔をして聞いた王女に、さらりと聞きなれない言葉を耳に入れるランネルセ。
その顔は満面の笑みがあった。ランネルセは昔から王女に意地悪、もとい困らせるのが好きでもある。
「な、何それ?」
初めて聞く話に王女は動揺の色を隠せない。シャトンは同じく驚いたのか声が出せない様子である。
コダルとレブレア王は昔からの親代わりであるためか、その話を知っている様子で苦笑を浮かべていた。
トゥベルの深い溜め息が王女の耳に入る。夜も更けた聖円の紋で、王女の悲鳴にも似た問いが掛けが木霊した。
『カナルデの書』の風景も色々用意したいと思い、今回はイブフルー神殿付近のを1枚アップしました。
新たなキャラ含め、今後も描きたいです。ここまで読んで頂き有り難うございました。