三毛猫とゴマ団子【シリーズ・白根美紅】
自然とは何なのか、摂理とは何なのか、そんなことは全く追求されていない凡作です。
お茶菓子でも食べながらお読み下さい。
「ねぇお兄ちゃん、私のゴマ団子知らない?」
ダイニングから顔を覗かせたミク(本名:白根美紅)が、画面上で肉を焼いている兄に背後から声を掛ける。
「ひららい」
焼き上がった瞬間に振り向いた兄の口元には、まだ一つ残された黒い団子と串が見えた。
「食ってる食ってるっ!」
「あぁ、これお前のだったのか。スマンスマン」
知ってて食べた兄に、当然ながら反省の色はない。
「ちなみにまだ一個だけ残ってるけど食うか?」
「食べるワケないでしょっ。もー信じらんない!」
ミクの憤慨は止まらない。むろん、そこには明確な理由があった。
「名前だってちゃんと書いてあるし、今朝ちゃんと注意したじゃない。それなのに何で食べちゃってるワケ?」
「あー……」
可能な予防策を講じた上での結果だけに、ショックも大きい。
「お兄ちゃんの馬鹿チン!」
その台詞に反応するように、すでに表面の毛が完全に寝てしまったカーペットの上で正座のままズリズリと向きを変えると、膝元の床面を右手の人差し指でトントンと叩きながら眉根を寄せている妹を見上げる。
「ミク、ちょっとここに座りなさい」
「うげ……」
またかよと思いつつ、素直に指示された場所に正座して正対する。嫌なら断ればと考えるべき局面ではあるが、かつて実際にそうした挙句、英語のノートに睾丸の生物的役割について五ページにも渡って書き連ねられたことがあり、安易に断ることは得策ではないと判断したのだ。
実際こんな兄ではあるが、いつまでもしつこく付き纏ってくるキ○ガイではない。普段の兄は家族であることすら失念してしまうほどドライな存在だ。
「ミクはカラスを知ってるか?」
「え、カラスって黒い鳥のカラスのこと?」
「そうだ」
「知ってるに決まってるじゃない」
「では、ニホンザルは知ってるか?」
「まぁ、実物を見たことはないけど」
「ならば話は早い」
そんな前置きをして、コホンといかにもな咳払いをして兄の話は始まった。
「カラスが人間のゴミを漁ることと、ニホンザルが観光客を襲って餌を手に入れること、これら二つの出来事をミクはどう思う?」
「どうって……迷惑するし、周りが汚れるから、させないようにしなくちゃダメなんじゃないの? というか、だからこそゴミ捨て場にはネットがかかってるし、注意喚起の看板が立ててあったりするんじゃない?」
「お前はそれで、この問題が片付くと思っているのか?」
「そんなのわかんないけど、大丈夫じゃないの?」
「ネットなんて応急的な対応でしかないし、立て看板なんて人間相手の戯言だ。そんなんでカラスやニホンザルが自重する筈もないだろう」
「自重って……そもそもカラスやサルに言葉は通じないし」
「そうだな」
奇妙にも思える頷きに、ミクが口をへの字に曲げる。
「何が言いたいの?」
「いいかミク、自然かそうでないかの判断なんてのは、人間の身勝手な思い込みだ。木に生っている木の実も、観光客がぶら下げているスーパーの袋も、ゴミ袋に残された僅かな肉片も、自然に死んで朽ちかけた虫や動物の死骸も、カラスやニホンザルから見たら何一つ変わりはしない。より手に入れやすい、何より確実に食べられる食料源に行き着くのは、むしろ自然の結果なんだ」
「ふーん……」
「だからオレの腹に収まったゴマ団子も――」
「お兄ちゃんはカラスでもサルでもないよね?」
究めつけの結論が、口元を歪めた妹によって止められる。さすがに屁理屈にも慣れてきたのか、そうそう簡単には騙されてくれないようである。
「まぁ待て。結論を急ぐな」
もう一度咳払いをして態勢を整え、じゃすとあもーめんととばかりに開いた右手を突き出す。そのまましばし考える兄を見ながら、ミクも改めて警戒の姿勢を整える。こうなってくると、この兄妹は一体何と戦っているのか分からなくなってくるところだ。
「ミクはクローンというものを知っているか?」
不意に現れた胡散臭い単語に、ミクの眉根が力一杯寄せられる。
「聞いたことはあるけど……」
「クローンというのは遺伝子を培養するなどして同じ固体を作る技術であり、その固体そのものを指し示す単語でもある。まぁ、同じ動物や人間がたくさん出来ると解釈するのが最もわかりやすいかな」
「それって、漫画とかの中での話じゃないの?」
「実際にある技術だし、一部では実用化もされているよ。この技術を応用したビジネスもある」
「へぇ」
よく分からない分野の話だけに、ミクとしては相槌を打つ他に返答のしようもない。
「その一つに『貴方のペットを蘇らせます』というものがあったんだ」
「蘇らせる?」
「そうだ。死んでしまったペット――この場合は猫だったんだが、その遺伝子を素にして死んでしまった猫を復元させて見せましょうというものだった。もちろんかなりの高額だったが、金持ちの何人かは飛びついたらしい」
「気持ちはわかるけど、何ていうか……そんなことして大丈夫なの?」
「生命の倫理、という面から見たら結論は出ないな。そもそも同じ存在を作るなどと謳ったところで、厳密には違うと言わざるを得ない。後天的な要素、記憶や経験といったものは全く違うのだから、同一の固体と呼ぶには無理があるね。しかしそれでも、見た目が同じ『代用品』ということなら、一定の価値は生まれるかもしれない」
「そういうの、何かイヤ」
不快感を表情に乗せて、ミクは短く嘆息する。
「感情論からいえば、そういう感性が一般的だろうね。だが心配には及ばない。それ以前の話として、このビジネスは成功しなかった」
「え、何で?」
「何でだと思う?」
右手の人差し指をピコピコと揺らしながら楽しげに聞いてくる兄に、ミクは少しだけ俯いて考え込んだ。
「うーん……値段が高いから?」
「割に合わないという観点から見れば外れてもいないな。だが、それは本質じゃない」
「じゃあ何? もぅ、わかんないよっ」
「至極簡単な話さ。似てなかったんだよ、素となった猫とね」
「え、それってクローンじゃないってこと?」
「いや、遺伝子的にはちゃんとクローンだったよ。でも、模様が違っていたんだ」
「何でよ。遺伝子一緒なんでしょ?」
不思議に思うのも無理からぬ話である。実際、これは想定外の出来事だった。
「ミクは三毛猫のオスとメスがどの程度の比率なのか知っているか?」
「知らないけど、半々じゃないの?」
「三毛猫にオスはほとんどいない。見付かれば新聞に載るくらいの割合だ」
「え、そうなんだ」
「これはオスとメスにおける決定的な違い、つまり性別を決める遺伝子上に記されている情報が原因なんだ。つまり、猫の毛色というのは遺伝子に因るところが大きいと言える。だからこそ、同一の遺伝子であるなら模様も同じだろうと考え、クローン猫という商売へと行き着いたワケだ」
「けど実際には――」
兄はニヤリと口元を歪める。
「そう、模様に違いが生じた。でもこれは、よくよく考えてみれば驚くほどのことじゃない。むしろ当然の結果だ」
「どうして?」
「そもそもクローンというのは同一の遺伝子を有する個体、という程度のものでしかない。例えば一卵性双生児というのは、基本的にクローンと同じだ」
「あ、そっか」
究極的には、自然に生まれたかどうかの違いでしかない。それ以前の話として、無性生殖で増える個体はクローンと言って差し支えない。クローンなどと呼ばれると最新技術のようだが、原始的な生物のほとんどはクローンで増えているようなものである。
「一卵性双生児というのは確かに外見がソックリだ。しかしだからといって、決して同一というワケでもない。指紋や血管のパターンには違いが出るし、ホクロで見分けるというのも割と有名な話だ。猫にとっての毛色が個体識別の基本であったとしても、何ら驚くことはないだろ」
「確かに」
「つまりだっ」
兄はここぞとばかりに身を乗り出す。
「人間の身勝手な英知など、まだまだ自然界の外側にあるということだ。人の考えは摂理に及ばない。人間がどんな自らの主義や権利を主張しようと、自然界の掟の前には無力に過ぎない。ゴミはカラスに漁られ、観光客はニホンザルに襲われ、残り物はゴキブリにたかられるが如く、ミクのゴマ団子も大自然の大波にさらわれて然るべきなのさ!」
ミクの目蓋が半分落ちる。冷ややかで呆れ果てた眼差しだ。
しかし言葉はない。彼女は口を真一文字に引き結んだまま立ち上がると、リビングの隅に投げ出されてあった新聞を手に取り、それをクルクルと丸め始めた。
「ミクさん、何をし――」
質問が完結するより早く、ツカツカと早足に戻ってきたミクがニュースペーパーソードを振り下ろす。その一撃は脳天を捉え、危うく舌を噛んでしまうところだった。
「ちょ、いきなり何だっ?」
「何って、お兄ちゃん知らないの?」
冷淡な声に、兄の背中がビクリと震える。
「人様の食べ物に手を出したゴキブリなんて、叩き殺されても文句は言えないじゃない。それが自然の摂理でしょ」
「おいっ、それは自然じゃな――」
スパンスパンと小気味良い音を立てて、息つく暇も与えずに得物を振り下ろす。
「ちょ、待てって、オレはゴキ――」
「うるさい、ゴキブリ!」
黒髪をツインにしているお前こそゴキブリだろうと思う兄だったが、そんな失礼発言をしたところで状況が悪化するばかりなのは明白なのでさすがに言わなかった。
人間も自然の一部であるのなら、やはり社会のゴミは駆除されるべきなのだろうか。
あるいはそれこそが、現代に必要な淘汰なのかもしれない。
疲れると下らないものを書きたくなります。




