王国通信の五十二パーセントしか持たない女は不要だそうです。残り四十八パーセントも私の回線を借りていますけれど
王国通信の五十二パーセントしか持たない女は不要だそうです。残り四十八パーセントも私の回線を借りていますけれど
「セシリア・アーレント! お前との婚約を破棄し、国外追放を命じる!」
王立学院の卒業祝賀会で、王太子ライオネルは私を指さした。金糸を縫い込んだ白い礼装の隣には、桃色のドレスを着た聖女ミレーヌが寄り添っている。私は食べかけの鶏肉のパイを皿へ戻し、指についた皮の欠片をナプキンで拭いた。せめて温かいうちに食べ終えたかった。
「理由を伺ってもよろしいでしょうか」
「お前がミレーヌを階段から突き落としたからだ!」
「その時刻、私は学院長室で通信鏡の点検をしていました。記録もございます」
「言い訳するな。ミレーヌが、お前にやられたと言っている!」
ミレーヌは長い睫毛を伏せ、ライオネルの袖をつまんだ。会場には百合と香油の匂いが漂い、給仕が困った顔で冷めていくスープを片づけている。私は黒いドレスの胸元につけた銀製の通信石を指で確かめた。
「承知いたしました。婚約破棄も国外追放も、お受けします」
「ずいぶん素直だな」
「王命なのでしょう?」
「当然だ。父上の許可など、あとで取ればいい」
十八歳にもなって「あとで叱られれば済む」と考えているらしい。私は窓際の赤い薔薇へ目を移し、棘の多い枝を手入れする庭師の苦労を考えた。切るべき枝を間違えれば、翌年の花は減る。
「では、確認書へご署名ください。私が国外へ持ち出す私有財産の一覧も添えてあります」
「そんなもの、いちいち読む必要はない」
「殿下、読んだほうがよろしいかと」
「くどい!」
ライオネルは羽根ペンを奪い、書類の最後へ署名した。ミレーヌが勝ち誇った顔で私を見るので、私は残っていた葡萄を一粒食べた。少し酸っぱかったが、鶏肉の脂が口に残っていたのでちょうどよかった。
「手続きは完了しました。では、王家専用通信網を停止いたします」
「何?」
「私の私有財産ですので」
私は胸元の通信石へ触れた。青い光が広間を走り、壁に設置された王家の通信鏡が一斉に暗くなる。楽団の横に置かれた緊急連絡用の鏡も、ただの黒い板へ戻った。
「待て。通信網は国のものだろう!」
「いいえ。父が始め、私が十歳から改良してきたアーレント通信社の所有物です」
「だが、お前の会社が持つ通信網は国内の五十二パーセントにすぎない。残りの会社を使えばよい!」
「おっしゃるとおりです。どうぞ、残り四十八パーセントをお使いください」
ライオネルは鼻で笑い、近くの衛兵へ命じた。
「第二通信社を呼べ。この女に代わる契約を結ぶ」
「ただちに!」
衛兵が第二通信社の鏡へ手を置いた。しかし、鏡は黒いままだった。何度たたいても、指についた汗が表面を汚すだけである。
「なぜ、つながらない!」
「第二通信社も第三通信社も、地方の小さな通信店も、長距離通信には弊社の中継塔を使っていますから」
「残り四十八パーセントは、他社のものではないのか!」
「窓口と料金表は他社のものです。通信を運ぶ回線は弊社から借りています」
会場が静まり返った。厨房から焼き菓子の甘い匂いが流れてきたが、運んできた給仕は入口で立ち止まっている。ミレーヌはライオネルの腕から、そっと自分の手を離した。
「そんな重要なことを、なぜ黙っていた!」
「毎月の事業報告書に書いてあります。殿下は一度もお読みになりませんでしたね」
「専門用語ばかりで分かりにくかったのだ!」
「最初のページに、子どもでも読める図を載せました。殿下はその紙で、昼寝をなさっていました」
招待客の間から笑い声が漏れた。ライオネルの耳が赤くなり、拳が震えている。私は従者から革の鞄を受け取り、国外へ持ち出す財産の一覧をもう一部取り出した。
「中継塔二百八十基、通信石工房十二か所、保守用の馬車百四十台、技師寮、予備部品倉庫。それから、王都地下の基幹回線も私有財産です」
「地下の回線まで持っていくつもりか!」
「掘り出すと道路が壊れますので、置いていきます。ただし、使用許可は取り消します」
「同じことではないか!」
「違います。道路は無事です」
誰かが吹き出し、それをきっかけに笑い声が広がった。ミレーヌは桃色の髪を揺らして出口へ向かったが、扉の前には黒い制服を着た女性騎士が立っていた。
「聖女ミレーヌ。階段から落ちたと訴えた時刻、あなたが庭園で侍従と会っていた映像が残っています」
「どうして映像なんか!」
「防犯用の記録石です。アーレント通信社の新商品ですよ」
女性騎士がミレーヌの腕を取った。ミレーヌはライオネルへ助けを求めたが、彼は暗くなった通信鏡をたたくのに忙しい。私は酸っぱい葡萄をもう一粒食べ、今度は顔に出さずに飲み込んだ。
「婚約破棄は撤回する!」
「署名済みです」
「国外追放も取り消す!」
「もう隣国の市民権をいただいております」
「お前の会社には、王国から多額の補助金を出してきた!」
「補助金の総額は金貨二万枚。王家が無料で使用した通信料は金貨八万枚です。差額の請求書は財務官へ渡してあります」
そのとき、正面扉が開いた。深緑色の礼服を着た隣国の王弟アルバートが、白いマーガレットの花束を抱えて入ってくる。長旅のためか革靴には土がつき、手には途中の屋台で買ったらしい林檎菓子の袋を提げていた。
「迎えに来たよ、セシリア。国境の町では、もう技師たちが歓迎会を始めている」
「予定より早いですね」
「君が国外追放されると聞いて、国王が馬車を十台追加した。通信会社だけでなく、技師の家族も大切な国民だからね」
「移住者は何人だ!」
ライオネルの声が裏返った。アルバートは菓子の袋を私へ渡し、折り畳んだ名簿を広げた。
「今のところ十二万人。アーレント通信社の従業員と家族、それに取引商会の希望者だ」
「十二万人も連れていくなど許さん!」
「殿下が署名した財産一覧の最後に、移住希望者の名簿がついています」
私は確認書を指した。ライオネルは紙をめくり、最後のページにある自分の署名を見つめた。読まずに署名した文字だけが、インクの乾かないまま黒々と残っている。
「セシリア、私を見捨てるのか」
「殿下が私を国外へ捨てたのです」
「では、この国の通信はどうなる!」
私は林檎菓子を一つ取り出した。まだ温かく、薄い生地を割ると、シナモンと果実の匂いが広がった。アルバートが自分の分も欲しそうに見ているので、袋ごと半分渡した。
「ご安心ください。人命に関わる病院と消防、庶民向けの通信は止めません」
「では、何を止めたのだ」
「王家と貴族の優先回線だけです。今後は一般国民と同じ順番でお待ちください」
「王太子の私が、平民のあとに待てというのか!」
「ええ。大声を出しても、順番は早くなりません」
私はアルバートの腕を取り、祝賀会場を出た。背後からライオネルが私の名を叫んだが、王家専用の通信鏡は二度と光らなかった。廊下の窓から夕日が差し込み、庭では赤い薔薇の隣に白いマーガレットが揺れていた。
「それで、隣国では私に何をさせるおつもりですか」
「まず夕食だ。豆のスープと魚料理を用意してある。そのあと、国内すべての村へ通信を届ける相談をしたい」
「婚約の相談ではなく?」
「それは通信より急いでも、良い結果にはならないだろう?」
私は足を止め、林檎菓子をもう一つアルバートへ渡した。
「そのお返事なら、優先回線を使っても構いませんわ」




