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第01話:推しが私を推し返してくる

 深夜のラジオから流れてくる、少し低くて甘い声。


「次は、『星空のモブ』さんからのメッセージです。……『毎日、学校の教室に自分の居場所がなくて、息をするのも苦しいです。でも、コウくんたちの歌声を聴いている時だけは、自分を肯定できます。今週のドーム公演、当たったので楽しみにしています。これからも私の光でいてください』……とのことです」


(私が書いた内容が採用された!)


 私はベッドの中で息を潜め、イヤホンから響く彼の言葉を全身で受け止めていた。


「ペンネーム星空のモブさん。僕たちの歌で毎日を乗り越えられてるって言ってくれて、ありがとう。……みんなは、自分たちだけが一方的に僕らを『推してる』って思ってるかもしれないけど。実は違うんだ。僕たちだって、君たちのその思いに救われてる。だから、本気で心から君たちの人生を応援してる。……言うなれば、『推し返し』って感じかな?」


 ふふっ、と彼が優しく笑う気配がした。


「来週のドーム公演、当たったんだね。絶対に見つけるから、楽しみにしてて。……君のことも、全力で推し返してあげる」


 ――コンサート直前に推しのラジオでお便りが採用されるなんて、それだけで一生分の運を使い果たしたような奇跡だ。


 でも、本当の奇跡はこの後に起きるのだということを、この時の私はまだ知る由もなかった。


   * * *


 鼓膜を震わせる重低音が、足元のコンクリートを伝って直接内臓へと響いてくる。


 アリーナを埋め尽くす5万人の熱気は、まるでひとつの巨大な生き物のようだった。


 色とりどりのペンライトが波打ち、甘い香水の匂いと汗の匂いが混ざり合って、むせ返るような独特の空気を生み出している。


 ここは国内最大級のドーム球場。


 今夜、この空間を完全に支配しているのは、ステージ上で圧倒的な光を放つ5人組アイドルグループ『サンシャインイン』だ。


 そして、その中心で誰よりも眩しく輝いているのが、絶対的メインボーカルであり私の最推し――『神宮寺煌じんぐうじ・こう』だった。


「キャアアアアアッ!」

「コウくぅぅん!」


 鼓膜が破れそうなほどの黄色い歓声が、四方八方から降り注ぐ。


 私も無意識のうちに、彼のメンバーカラーである情熱的な真紅のペンライトを両手で握りしめ、喉が枯れるほど叫んでいた。


 ステージ上の彼は、まさに手の届かない星そのものだった。

 スポットライトを浴びて跳躍するたびに、サラサラの黒髪が汗を弾いてキラキラと輝く。

 モニターに抜かれたその端正な顔立ちは、彫刻のように美しく、それでいてどこか儚げな翳りを帯びていた。


 私は、彼のパフォーマンスを見るたびに、胸の奥がギュッと締め付けられるような、不思議な感覚に陥る。

 ただのファンとしての熱狂とは違う。もっと深くて、どうしようもなく懐かしいような……魂の根幹を揺さぶられるような感覚。


 ――絶対に、私が彼を守らなきゃ。


 そんな、モブファンらしからぬ身の程知らずな感情が、時折ふっと湧き上がってくる。


 もちろん、現実の私はただの女子高生だ。

 しかも学校では、クラスの中心人物と同じ『コウくん推し』だという事実だけで一方的に目をつけられ、陰湿な仲間外れにされている、カースト底辺の存在だった。

 それでも、ラジオでの「推し返し」の約束と、彼が歌う声を聴くだけで、どんなに理不尽で孤独な日常も耐え抜くことができたのだ。

 彼に守られるどころか、視界に入ることすら奇跡に近い、5万分の1のちっぽけな存在に過ぎない。


 曲がクライマックスに差し掛かり、フロートと呼ばれる移動式ステージに乗ったメンバーたちがアリーナ席の外周を回り始めた。

 私の席は、運良く通路から3列目。肉眼でもはっきりと彼らの表情が見える距離だ。


 フロートが近づいてくる。

 心臓が早鐘のように打ち、息をするのも忘れて真紅のペンライトを振った。


 煌が、こちら側のスタンド席に向かって大きく手を振る。

 その瞬間だった。


 彼の合図でフロートが止まる。

 その視線が、ふいに観客席の一部――私のいる辺りでピタリと止まった。


 気のせいだ。ファンなら誰でも経験する「今、絶対に私と目が合った!」という勘違いの類だ。

 そう自分に言い聞かせようとしたが、彼は明らかに私の目を見つめたまま、フロートの手すりから身を乗り出してきた。


 え?


 周囲の歓声が、まるで水の中に潜ったように遠のいていく。

 5万人の視線と絶叫が一点に集中する中、彼は口を一切動かさなかった。


 それなのに。


『……やっと見つけた』


 耳からではなく――私の脳内に、いや、魂の奥底に直接響くような、ひどく懐かしく、そして甘い声が「内側」から聞こえたのだ。


(えっ……?)


 マイクを通した声じゃない。周りのファンには全く聞こえていない。

 パニックに陥る私の頭の中に、再びその声が響き渡る。


(落ち着け、私。トップアイドルが私情でただのファンに直接語りかけてくるなんてどんなSFミステリーだ。彼がマイクを通さずに口パクで言った言葉が、私の願望と重なって都合のいい幻聴となって頭に響いたんだ。絶対にそう――)


 必死に論理的な言い訳を並べて現実逃避を図る私の思考を、彼の言葉がたやすく打ち砕いた。


『君と出会うには、どこに行けばいいの?』


 トップアイドルが、ただのモブファンである私に?

 直接、頭の中に語りかけてきている?


 処理能力を超えた事態に、私の思考は勝手に彼への返事を紡いでいた。


『……け、県立星空高校、れふっ』


 噛んだ。


 声に出したわけでもない。ただ心の中で念じただけなのに、あまりの緊張と一生に一度の奇跡の瞬間に、私は脳内の声まで盛大に甘噛みしたのだ。


(うわあああ!? 心の中なのに噛むとかある!?)


 顔から火が出るほど恥ずかしくて、その場にしゃがみ込みたくなる。


 一人で勝手に恥ずかしさで爆発しそうになる私を見て、煌は一瞬目を丸くした後、肩を揺らしてフッと笑った。

 その笑顔は、ステージ上で見せる完璧なアイドルのそれではなかった。もっと無防備で、少し意地悪で、なぜか私の胸の奥をチクリと刺すような、酷く見覚えるのある笑みだった。


 その瞬間、周囲のファンたちから「キャアア!?」「今、コウくんこっち見て笑った!?」「誰!? 誰にファンサしたの!?」という、嫉妬と狂乱の入り交じった悲鳴が上がる。


『……星空高校、ね。分かった』


 頭の中にだけその甘い響きを残し、フロートは無情にも通り過ぎていった。


(――あ、危なかった……! もし本当に声に出して高校名を叫んでいたら、今頃間違いなく周りの同担たちに特定されて、社会的に殺されていた……!)


 頭の中に直接響くという謎現象に感謝しつつ、残された私は手からペンライトを滑り落とし、その場にへたり込みそうになるのを必死で堪えるしかなかった。

【作者あとがき】

新連載をお読みいただきありがとうございます!

深夜ラジオでの秘密の約束と、5万人のドームで彼に見つけ出される至高の瞬間。

お楽しみいただけましたでしょうか。


もし少しでも『面白い』『彼がどう動くのか気になる』と思っていただけたら、

画面下の『★』で応援していただけると執筆の励みになります!

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