紅蓮の竜と、永遠の誓い
ダンジョンの浅い階層の調査は、ジンの的確なサポートとシルバの圧倒的な剣技によって、拍子抜けするほどスムーズに進んだ。
ギルドの依頼はあくまで『未知のダンジョンの構造と脅威度の調査』。無理をして深部へ潜る必要はない。一通りのマッピングを終えた二人は、互いの見事な連携に静かな達成感を抱きながら、地上への帰路についていた。
「……案外、あっけなかったな」
「油断するな、ジン。ダンジョンは帰る時が一番――」
シルバがそう忠告しようとした、その瞬間だった。
ガコンッ、とジンの足元の石畳が不自然な音を立てて沈み込んだ。
「え?」
「しまっ……罠か!」
床が突如として大きく開き、暗口を開けた奈落が二人を飲み込む。
「うわあああっ!」
「ジン、手を伸ばせ!!」
空中でシルバがジンの腕を強く掴み、己の体をクッションにするように体勢を反転させる。長い落下の末、二人はダンジョンの最下層――広大な地底湖が広がる巨大なドーム状の空間へと叩き落とされた。
「……ッ、いっつ……シルバ、大丈夫か!?」
「問題ない。だが……ここは、まずいぞ」
立ち上がったシルバの視線の先。地底湖の中央にある小島で、小山のように巨大な『赤い岩』がゆっくりと動き出していた。
いや、岩ではない。
それは、全身を燃えるような深紅の鱗に覆われた、巨大な竜だった。
『グルルルゥ……』
地響きのような唸り声と共に、竜が黄金色の双眸を開く。
空気が一瞬で沸騰したかのように熱を帯び、圧倒的なプレッシャーが二人の全身を押し潰すようにのしかかった。魔物の中でも最上位種族に位置する『竜』。明らかに、たった二人で挑んでいい相手ではない。
「冗談だろ……あんなの、どうやって倒すんだよ」
「ジン、下がれ! あれのブレスをまともに受ければ、骨も残らないぞ!」
シルバが叫ぶと同時、竜の顎から業火のブレスが放たれた。
ジンは慌ててシルバに『士気高揚』をかけ、シルバは極限まで高まった脚力でブレスの直撃を避けながら、竜の側面に回り込んで斬撃を放つ。
しかし――。
ガキィンッ!!
「……ッ、硬い!」
シルバの渾身の一撃は、赤い鱗に阻まれ、浅い傷しかつけられない。
後方からジンが召喚した鉄の剣や大剣の雨も、竜の強靭な皮膚の前では呆気なく弾き返され、粉々に砕け散ってしまった。
火力も耐久力も、桁違い。
圧倒的な戦力差の前に、二人は完全に防戦一方に追い込まれていく。シルバの体力も限界に近づき、ジンの魔力も底が見え始めていた。
(このままじゃ、二人とも焼け死ぬ……! どうすれば、あの分厚い鱗を貫ける……!?)
必死に思考を回すジンの視界に、竜が炎を吐き出す瞬間、胸元から首にかけての一部の鱗だけが、不自然に逆立っているのが見えた。
(……『逆鱗』。あそこなら、一点集中の超火力で撃ち抜けば届くかもしれない!)
ジンは決断した。生き残る方法は、これしかない。
「シルバ! 奴の胸元にある逆鱗を狙う! でも、俺の力じゃ普通に攻撃しても弾かれる……だから、一点に魔力を限界まで圧縮して撃ち抜く!」
「圧縮……? だが、そんな魔法を練り上げる時間など!」
「俺が命を削ってでも、君に最高のバフをかける! だから、三十秒……いや、二十秒だけ、俺の詠唱の時間を稼いでくれ!!」
ジンはそう叫ぶと、自分の内側にある生命力すらも魔力に変換し、シルバへと流し込んだ。
『極・士気高揚』。
かつてないほどの莫大な力がシルバの体を駆け巡り、彼女の瞳が銀色の光を強く放つ。
「……馬鹿者。二十秒などと言わず、お前が撃つまで私がすべて防ぎきってやる!」
シルバは唇を噛み締め、竜の正面へと躍り出た。
圧倒的な質量と熱量で迫る竜の爪牙、炎の嵐。シルバはそれらを、強化された身体能力と、彼女が持つ最高峰のカウンター技術で次々と受け流し、弾き返し、ギリギリの死線を踊るように立ち回る。
その背後で、ジンは両手を前に突き出し、自身の元の世界の知識――最も遠くから、最も強力な一点貫通の威力を誇る武器を鮮明にイメージした。
(集まれ……俺のすべての魔力。形を成せ。もっと鋭く、もっと速く、もっと重く!!)
青白い光がジンの手元で激しく渦を巻き、やがてそれは、異世界には存在しないはずの複雑な機構を持った黒鋼の銃器――『スナイパーライフル』の形へと実体化した。
銃身には、限界まで凝縮されたジンの魔力が、まばゆい光の弾丸となって装填されている。
「……シルバ、退けぇっ!!」
ジンの叫びに応え、シルバが地を蹴って竜の正面から大きく飛び退いた。
獲物を失い、怒り狂った竜がジンに向けて業火のブレスを吐き出そうと、大きく胸を反らす。
逆鱗が、完全に露出した。
「……これで、終わりだっ!!」
ジンはスコープ越しに逆鱗を正確に捉え、引き金を引いた。
ドォォンッ!! という落雷のような轟音と共に、極限まで圧縮された魔力の弾丸が射出される。
光の弾丸は、竜が吐き出そうとした炎ごと貫き、分厚い赤い鱗を容易く砕き割り、その奥にある心臓を正確に撃ち抜いた。
『ギ、ギュルルォォオオォォッ……!!』
断末魔の叫びを上げ、巨竜の体が地底湖へと崩れ落ちる。
巨大な水柱が上がり、ダンジョンに静寂が戻った。
「……やった、か……」
ジンはスナイパーライフルを消滅させると、安心感からか、そのまま糸が切れたように意識を手放した。
「……ん……」
再び目を覚ますと、またしても信じられないほど柔らかい感触と、心地よい花の香りがジンを包んでいた。
見上げると、泣き出しそうな、それでいて安堵に満ちたシルバの顔があった。
「……ジン。また無茶をして……馬鹿な男だ」
二度目の膝枕。しかし、ジンは前回よりもずっと早く意識を取り戻していた。魔力の上限が成長している証拠だ。
「はは……ごめん。でも、君が稼いでくれたから、倒せた」
ジンが力なく笑うと、シルバは彼の頬にそっと、震える手を添えた。
孤高を貫き、群れることを嫌っていた一匹狼。
しかし、自分を信じて命を預け、自らも命を削って最高の力を与えてくれたこの少年を前にして、彼女の心にあった氷の壁は、すでに完全に溶け去っていた。
「……ジン」
シルバの銀色の瞳が、潤みを帯びてジンを真っ直ぐに見つめる。
その顔は、出会った時の冷たさは微塵もなく、熱い想いが溢れ出すような、美しくも愛らしい『デレた』表情だった。
「私の剣は、共に敵を討ち、私の身体は貴方の盾となります。そして私の心は永遠に貴方と共に」
それは、彼女がただの『一時的な仲間』ではなく、己のすべてを捧げる『パートナー』としてジンを認めた、何よりの誓いだった。
「……もう、絶対に一人では戦わせない。貴方の隣は、私が守る」
シルバはそう言って、ジンの額にそっと、自分の額を押し当てた。
冷たい地底湖の畔で、二人の間だけには、どこまでも温かく、確かな絆の光が灯っていた。
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