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交わることのない道、のはずが

「……んっ」


目を覚ますと、そこはゴツゴツとした岩場ではなく、驚くほど柔らかく、温かい場所だった。

かすかに香る、汗と、どこか冷涼な花のような匂い。

ジンがゆっくりと目を開けると、月明かりを背にしたシルバが、少し気まずそうに視線を逸らしているのが見えた。


「……起きたか。魔力切れで倒れるなど、前衛に出る者のすることではないぞ」


声は冷たかったが、彼女の耳がわずかに赤くなっているのをジンは見逃さなかった。自分が彼女の太ももで膝枕されていたことに気づき、ジンは慌てて飛び起きる。


「ご、ごめん! 俺、どれくらい寝てた……?」

「数時間といったところだ。……行くぞ。夜の渓谷は長居する場所ではない」


シルバは短く告げると、足早に歩き出した。ジンは慌ててその後を追う。


街への帰路。暗い夜道を歩きながら、ジンは自分が別の世界から来たらしいこと、そして右も左もわからないことを正直に打ち明けた。

命の恩人からの突然の「異世界転移」カミングアウトに、シルバは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに納得したように頷いた。


「……なるほど。お前のその規格外の魔法も、常識知らずな行動も、それで腑に落ちた。最近、この世界ではお前のように『どこからともなく現れた異邦人』の噂が絶えないんだ」

「異邦人……他にもいるのか?」

「ああ。だが、多くは魔物に殺されるか、奴隷に身を落とす。お前のように戦える者は稀だ」


シルバは前を見据えたまま、重い口調で続ける。


「原因は不明だ。だが、一説には……北の果てに座する『魔王』が、この世界を混乱に陥れるため、あるいは強大な魂を食らうために、時空を歪めて異世界から人間を召喚しているのではないかと言われている」

「魔王……」


ジンは息を呑んだ。自分をあんな理不尽な森に放り込んだ元凶。それはテンプレのような女神ではなく、明確な悪意を持った世界の敵かもしれないのだ。

己の境遇の過酷さに拳を握りしめるジンを、シルバは横目でチラリと見て、少しだけ歩幅を合わせた。


「……まあ、今は生き抜くことだけを考えろ。私が街まで案内してやる」


たどり着いた冒険者ギルドは、夜遅くにも関わらず騒然となった。

シルバが持ち帰った「想定の数倍のグール」と「グールボスの討伐」という報告は、ギルドの職員たちを青ざめさせるのに十分だった。


「シ、シルバさん……! これほどの異常事態、生還できただけでも奇跡ですよ……!」


カウンターの奥から出された報奨金は、ずっしりと重い皮袋に入っていた。危険度が見直されたことによる、多額の追加報酬だった。


その足で、シルバは街でも一等地に建つ少し豪華な宿を二人部屋で取った。

部屋に入るなり、彼女はテーブルの上に報奨金の入った袋を置き、躊躇いなくその半分をジンの前に突き出した。


「受け取れ。お前の分だ」

「いや、ちょっと待ってくれ。元々俺が受けた依頼じゃないし、俺は勝手に手伝っただけだ。こんな大金、もらうわけには……」


ジンが苦笑いしながら手を振ると、シルバは鋭い視線で彼を射抜いた。


「私の命の値段が、この金貨の半分以下だと言うのか?」

「えっ、いや、そういうわけじゃ……」

「お前がいなければ、私はあの渓谷で屍を晒していた。命の恩人を一文無しで野宿させるほど、私の誇りは安くない。……頼むから、受け取ってくれ」


最後の方は少し懇願するような響きになり、ジンはそれ以上断ることができず、「……ありがとう」と素直に金貨を受け取った。


翌朝。ギルドに向かうと、職員から深刻な顔で呼び止められた。

昨日グールが大量発生した渓谷の奥に、未知の『ダンジョン』が出現した痕跡があり、その内部調査をしてほしいという大量のグールを討伐した二人の実力を鑑みての名指しの依頼だった。


「……断る。私は群れるつもりはない」


シルバは即座に首を横に振った。

「私は一匹狼だ。足手まといを連れて歩く気もないし、誰かの背中を守る義理もない」


頑なな彼女の態度にギルド職員が困り果てていると、ジンが一歩前に出た。


「なら、ギルドからの依頼として『一時的な共闘』ってことにしないか? パーティを組むんじゃなくて、お互いの目的のために協力するだけ。シルバは俺の背中を守らなくていい。俺が、俺の力で君をサポートする」


その言葉に、シルバは驚いたようにジンを見た。

普通なら、命を救った恩を着せて「仲間になろう」と強要してきてもおかしくない。しかし、ジンは彼女の「一匹狼としての誇り」を尊重し、決して自分のエゴを押し付けようとはしなかったのだ。


「……勝手にしろ。ただし、遅れをとっても助けないからな」


そっぽを向きながら放たれたその言葉が、彼女なりの最大限の「同行許可」であることを、ジンは気づいていた。


再び足を踏み入れた渓谷の奥、口を開けたダンジョン内部。

そこでの探索は、シルバにとってかつてないほど『快適』なものだった。


「右の通路から二体! バフかけるぞ!」

「……ッ、了解!」


ジンの『士気高揚』による的確なバフが、シルバの身体能力を常に最適な状態に保ち続ける。

彼女がカウンターを決めるより早く、後方から射出される『武器召喚』が敵の急所を的確に撃ち抜いていく。

さらに、不意打ちでシルバの死角から襲いかかってきた魔物には、ジン自身が前に出て刀を抜き、鮮やかな太刀筋で斬り捨ててみせた。


(……なんて戦いやすいんだ)


ただのサポート役ではなく、いざという時は肩を並べて戦える剣士としての技量。

そして何より、自分の戦い方を完全に理解し、一切邪魔をせずに長所だけを伸ばしてくれるジンの圧倒的な視野の広さ。


「ジン、後ろは任せた」

「ああ、前だけ見てろ!」


背中を預ける義理はないと言ったはずなのに。

気づけばシルバは、背後にいるジンに絶対の安心感を抱き、自分の剣にだけ集中していた。

氷のように冷たく閉ざされていた一匹狼の心に、確かな温もりと、彼に対する『信頼』という名の亀裂が入り始めていた。

次回更新は03/22昼

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