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月下に舞う孤高の銀狼

ゴブリンの恐怖から生き延び、自身の能力に目覚めてから数日。ジンは生き抜くための特訓を兼ねて、切り立った岩場が続く渓谷を探索していた。

その時、岩壁の向こうから激しい金属音と、獣のようなおぞましい咆哮が響いてきた。


「なんだ……!? 誰か戦ってるのか?」


ジンが岩陰からそっと顔を出すと、そこには目を疑うような光景が広がっていた。

どす黒い皮膚と腐敗臭を放つ魔物――グール。その数はざっと見積もっても三十匹以上。渓谷の狭い通路を完全に埋め尽くしている。

そして、その大群の中心で、たった一人で剣を振るう人影があった。


月明かりを反射して輝く、美しい銀色の髪。

目鼻立ちがはっきりとしたクールな顔立ちに、モデルのようにスレンダーで洗練されたプロポーション。黒を基調とした軽鎧をまとったその少女は、信じられないほど鮮やかな剣捌きでグールの大群を押し留めていた。


「ハッ……! シィッ!」


彼女――シルバは、冒険者ギルドの『グール数匹の討伐』という依頼を受けてこの渓谷にやってきた。しかし、ギルドの情報は完全に間違っていた。ここはグールの大規模な巣窟だったのだ。

想定の数倍の敵に囲まれ、完全に退路を絶たれたシルバ。彼女の戦闘スタイルは、相手の攻撃を完璧に読み切り、最小限の動きで受け流して急所を突く『カウンター』。その卓越した防御技術のおかげで致命傷は避けているものの、絶え間なく押し寄せる波状攻撃の前に、彼女の体力は確実に削られていた。


(くそっ……キリがない。私の剣術では、多勢に無勢すぎる……!)


シルバのクールな表情に、焦りの色が濃く滲む。息は上がり、剣を握る手もわずかに震え始めていた。一匹のグールが放った鋭い爪が、彼女の頬を浅く切り裂く。

死の予感が彼女の脳裏をよぎった、その瞬間だった。


「――伏せろ!!」


背後から響いた場違いなほど力強い少年の声に、シルバは条件反射で身を屈めた。

直後、彼女の頭上を数本の『鉄の剣』が砲弾のような速度で通り抜け、眼前のグールたちを次々と串刺しにして岩壁に縫い付けた。


「なっ……魔法!?」


驚いて振り返るシルバの視線の先には、岩の上から右手を突き出しているジンの姿があった。


「助太刀する! 今、君の能力を底上げするから、そのままのペースで戦ってくれ!」


ジンはそう叫ぶと、シルバに向けて己の魔法『士気高揚』を全力で放った。

フワリ、と温かい光がシルバを包み込む。次の瞬間、彼女は目を見開いた。

鉛のように重かった体が嘘のように軽い。筋力、反射神経、集中力、そのすべてが先ほどまでの自分とは比べ物にならないほど跳ね上がっている。


「……信じられない。これが、バフ魔法……?」


「左から三匹来る! 俺が牽制するから、君が仕留めてくれ!」


ジンの声に、シルバは迷わず前を向いた。

空中に次々と召喚されるジンの武器が、グールの群れに雨のように降り注ぎ、敵の陣形を崩していく。シルバはジンが作り出した隙を逃さず、極限まで高まった身体能力で敵の群れに飛び込み、カウンターと斬撃で次々とグールを切り伏せていった。


見ず知らずの二人。しかし、前衛のシルバと後衛のジンの連携は、まるで長年組んできたパーティのように完璧に噛み合っていた。


「これで……最後だ!」


シルバの片手剣が残りのグールを片付けた直後、地響きを立てて巨大な影が渓谷の奥から現れた。

グールのボス。他の個体より二回りも大きく、岩のような筋肉を持った異形の化け物だ。


『オオォオオンッ!!』


ボスは標的をシルバに絞り、丸太のような豪腕を怒りのままに振り下ろしてきた。

シルバは咄嗟に剣を交差させてカウンターの体勢をとる。しかし、直感した。今のバフがあっても、この質量とパワーを真正面から受け流せば、自分の剣ごと腕がへし折られる。


(……受け流せない!)


シルバが死を覚悟し、きつく目を閉じたその時。

ドォンッ!! という凄まじい衝突音が渓谷に響き渡った。


痛みが来ないことに疑問を抱き、シルバがゆっくりと目を開けると――彼女の目の前に、ジンが立ちはだかっていた。

後衛のはずの彼が、自ら最前線に飛び出してきたのだ。

その手には、どこから召喚したのか、鋭く美しい『刀』が握られている。ジンはボスの巨腕を刀で真っ向から受け止め、拮抗していた。


「……後衛向きの能力じゃ、なかったの……?」


「俺も……刀くらいなら、扱えるんでねっ!」


ジンはニヤリと笑うと、刀の刃を滑らせてボスの力を逸らし、そのままの勢いでボスの太い腕を斬り飛ばした。

バランスを崩し、絶叫を上げるグールボス。


「シルバ、今だ!!」

「……ッ、はい!!」


ジンの呼びかけに、シルバは迷いなく地を蹴った。銀の閃光が宙を舞い、グールボスの首を鮮やかに斬り落とした。


ドスゥン、と巨大な体が倒れ、渓谷に静寂が戻る。


「……終わった。信じられない、あの数を二人で……」


シルバが安堵の息を吐き、剣を納めて振り返る。

しかし、ジンからの返事はなかった。


「ジン……?」


見ると、ジンは刀を落とし、白目を剥いて地面に崩れ落ちようとしていた。

限界を超えた連続での武器召喚と強力なバフの重ね掛け。彼の魔力は完全に底を突き、生命力すら削り取られる寸前だったのだ。


「ジン!!」


シルバは慌てて駆け寄り、地面に倒れる寸前で彼の体を抱きとめた。

顔色は真っ青で、呼吸も浅い。自分を助けるために、彼が無茶をしてくれたのは明らかだった。


「……馬鹿な男。見ず知らずの私のために、自分の命を削るなんて……」


シルバは安全な岩陰までジンを運ぶと、冷たい地面に寝かせるのを躊躇い、そっと自分の太ももの上に彼の頭を乗せた。


(私に触れるなと、いつもなら切り捨てているのに……)


膝の上で安らかな寝息を立てる少年の顔を見つめながら、シルバは小さくため息をつく。

見ず知らずの自分を助けるために飛び込んできた無鉄砲さ。共に肩を並べて戦ってくれた頼もしさ。そして、巨大な敵の前に立ちはだかった、あの気高き背中。


「……ゆっくり休むといい。お前のことは、私が守る」


シルバはジンの前髪を優しく撫でながら、そっと呟く。

モデルのようにクールな彼女の白い頬が、月明かりの下で、ほんのりと熱を帯びて赤く染まっていた。

次回は03/21昼更新

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