それが愛だというのなら、
「ご主人からの最後の贈り物です。」
小説だったか随筆だったかはすでに覚えていないけど、大きなわだかまりを感じた言葉だった。弁護士だったかが投げかけた言葉、だったと思う。
まだ子どもがいない夫婦、だったと思う。夫が事故で植物人間になった。意識不明で植物人間になっても、医療費はかかる。妻は働きながら夫の入院する病院に通い、事故の相手に裁判を起こす。
何年もかかった裁判に勝ち、損害賠償請求が認められる。
その直後、夫の容体は急変し、亡くなる。
弁護士は言う。「旦那さんは頑張りました。もし裁判の途中で旦那さんが亡くなったら、寝たきりになったことでの遺失利益と亡くなるまでの医療費・介護費しか支払われない。裁判に勝つまで旦那さんが頑張ったことで、将来、平均寿命までの医療費・介護費も支払われた。そして裁判を見届けるように亡くなり、将来分の医療費・介護費はあなたの手元に丸々残った。これは旦那さんからの最後の贈り物です。」と。
論理的に考えると、そうなんだけど、釈然としない。将来にわたって医療費・介護費がかかれば、判決が想定した期間より長く夫が生きれば、裁判で得た以上の額がかかってしまう。でも夫が早く亡くなったことで、それも裁判で勝ってから亡くなったことで、考えうる最大限の賠償を得た。そしてまだ若い妻は、元の夫の軛を離れて新しい生活、新しい人生を始めることができる。でも、釈然としない。
失った幸せ、失った人生、失った将来。それの賠償はお金でしか支払われない。でも。
1997年か、翌年か。北海道の地方都市で事故が起こり、中学生が脳に重大な障害を受け、植物人間になった。親はその場所を管理する自治体を相手に裁判を起こし、勝訴した。進路が定まっていない中学生だから将来の遺失利益はそれほどの額でもないが、平均寿命までの医療費・介護費は莫大な額になる。
そしてその子は裁判に勝って判決が確定した次の月に、亡くなった。お悔やみ欄を見て、知った。
多額の医療費・介護費を使わずに亡くなった子ども。親御さんに「よかったですね」「親孝行なお子さんですね」、なんて誰が言えるか。
そしてまた、新しい裁判が始まる。タイヤに直撃されて脳挫傷になり、植物人間状態になった子ども。運転していた男は交通事故の執行猶予中に無免許運転をして今月捕まった。損害賠償請求の裁判を起こして、勝っても、賠償金が支払われる保証はない。そしてもし裁判中に子どもが亡くなったら、将来の医療費・介護費がかからなかった、と請求額が減額される。
今朝の新聞を見て、余計なことまで思い出してしまった。




