イジメバスターズ こぼれ話 ある視覚障害児の交友録
第1話 春らんまん
四国の山々は水彩画を見ているみたいだった。
目の覚めるような緑ではあっても、木によって色が違う。濃い緑、薄い緑とさまざま。ピンク色のこんもりした部分は山桜に違いない。木々には生気がみなぎっている。小杉一家は車窓から見とれていた。
始発の新幹線で東京を出た。岡山駅で乗り換え、瀬戸の海を渡って、四国の中央部に向かう。そこで週末に露天風呂付き民宿を開いている。祖母が遺してくれた家をリフォームしたものだ。
JRの駅でレンタカーを借りる。妻の明子と小学四年の息子・隆はクルマの中で、いつになく騒いでいた。
「鍼の先生のところに寄って行くか」
漣は街道沿いにある治療院の駐車場にクルマを入れた。盲導犬のエヴァンがいち早く気づいて反応している。
「いらっしゃい。これから忙しいシーズンになるね」
鍼灸師のおじいさんは優しい笑顔で迎えてくれた。
「明子さんは花粉は大丈夫ですか。隆君、喘息発作は落ち着いてますか」
鍼灸師が気遣う。
「お蔭さまで、親子とも調子がいいですよ」
明子は軽く頭を下げた。
「先生。エヴァン、なんだか太ったみたい」
エヴァンを見るなり、隆が言った。
「そうなんですよ。少しドッグフードの量へらそうかって、妻とも話し合ってるところです」
鍼灸師がエヴァンの背中を撫でた。
第2話 蓄音機
民宿に着き、森のタヌエ姐さんにあいさつに行った。
タヌエ姐さんは幼いタヌキたちに化身の術を教えていた。まだ初級コースらしく、失敗するたびに、ほかの動物たちから笑いが漏れていた。
タヌエ姐さんは若い頃、東京に憧れて家出するも、夢破れて帰省、一念発起して消滅寸前の動物村を立て直し、今では後進の育成に力を注いでいる。
タヌエ姐さんが家出中、村にたった一人暮らしていた連のおばあちゃんが亡くなり、人間の村は完全に消滅していた。タヌエ姐さんが悲しんだのは言うまでもなかった。
民宿の前の坂道をクルマが上ってきた。今夜の宿泊客だ。夫婦と子どもの三人連れ。子どもは小学二年の男の子、弱視ということで、白杖を突いている。
「お疲れ様です。一休みされたら、散歩にでも行かれますか。露天風呂は下の河原にあります。天然温泉なんですよ。ここにタオル類とシャンプーがあります。いつでもお入りください.。お坊ちゃんは退屈でしょうから、今、うちの息子を呼びますね」
明子が納屋に向かって隆を呼んだ。
「ごめんなさい。何やってんのかしら」
納屋から、昭和期の歌謡曲が流れてきた。
「蓄音機、動いたんだわ」
全員が耳をそばだてた。
先ほど、タヌエの森から帰り、隆は納屋で何かを発見した。
ほこりをかぶった箱だった。漣が声をあげた。
「隆。それ蓄音機・・・、どういえばいいのかなあ。昔のCDプレーヤーだよ。すごいもの見つけたじゃない」
二人で感激していた。明子は蚊帳の外だった。
隆が納屋から出てきて、ペコリと会釈した。すぐ小さい子が目に止まり、近づいた。二言三言かわし、二人して納屋に消えた。
音楽は次第にスローテンポになった。やがて元気を取り戻し、元のテンポに戻る。二人は懸命にハンドルを回しているようだった。
飽きたのか納屋が静かになった。
第3話 イタドリ
「ボク、隆お兄ちゃんと森に行きたい」
子どもが隆と納屋から出てきて、ママにねだった。
「そう。淳ちゃん、いいわねえ。じゃあ、隆君、よろしくね」
隆と淳が森に出かけて行った。
「隆君。視覚障害者の手引き、慣れてるみたいね。さり気なく腕を出して、淳に肘につかまらせてるもの。感心だわ」
淳のママが驚いている。
「お世話になっている鍼灸師の先生が盲導犬ユーザーなんです。ご苦労はいろいろうかがっております」
連が説明した。
隆が何かを思いついて、足を止めた。
「ここで待ってて」
隆が渓へ降りて行く。
「これ、イタドリっていうんだよ」
隆が差し出すと、淳は手でそっと触った。
「こうして、ポンと折って、ここの皮をこうして剥くと、食べられるんだ」
淳が教えられたとおり、軽快な音を立ててイタドリの茎を折った。
「うわ。酸っぱい!」
それでも淳は二本目をかじっていた。
第4話 タッチ
隆が淳をタヌエ姐さんに紹介した。
淳はタヌエ姐さんの頭や手足。背中にタッチしていく。
「タヌキって、毛むくじゃらなんだ。言葉がしゃべれるけど、犬や猫と変わらないね。これがシッポか」
「森にはいろんな仲間がいるんだよ」
隆は得意そうに言った。
「へえ。ボク、キツネに会いたい」
タヌエ姐さんが合図すると、小さなキツネが現れた。
「顔が細長いんだね。やっぱ、コンコンって鳴くのかな」
すかさず、コンコンの声。大喜びの淳だった。
「おサルさんはいるの」
淳がリクエストした。
「いるよ。今、呼んであげるね」
タヌエ姐さんたちも大忙しだった。
森の動物たちが次から次へと登場した。淳も隆もご満悦の様子だった。
「隆君。そろそろ帰らんと、夕食の時間よ」
タヌエ姐さんの言葉に従い、二人は森を後にした。
「隆君。パパとママのお土産に、イタドリ獲って帰りたい。ボクも、さっきのところへ連れて行って」
「じゃあ、ゆっくり降りて行こう。ボクにしっかりつかまってね」
二人は急な斜面を降りた。白杖を支えに、淳は滑りながらも転ばなかった。隆は何度も尻もちをついた。そのたびに二人は大笑いした。
少し平坦な場所に、イタドリがいっぱい生えていた。
淳は手あたり次第、根元から折って、ポケットに入れた。隆も手伝い、淳のズボンのポケットはイタドリでパンパンになった。
第5話 衆目
露店風呂から上がり、淳のパパとママは座敷でくつろいでいた。
明子がお茶を出した。
「ここは最高ね。ありがとうございます。隆君にはずいぶんお世話になってるみたいね。淳があんなに明るく、積極的になったの初めてよ」
「杖ついてらっしゃいますけど、目はどんな状態なんですか」
明子は言葉を選んだ。
「赤ちゃんの時、笑いかけても反応がないんです。話しかけると振り向く。それで目が悪いことに気付いたのです。おもちゃで遊ぶようになっても、極端におもちゃを顔に近づける。小学校に入学し、メガネを処方してもらいましたが、友達から『博士』ってからかわれて、メガネはかけなくなりました。白杖も学校では突いていません。友達が「おじいちゃんだ」とマネをするらしいのです。だからよく物につまずいたり、衝突したり、友達には接触したり」
淳のパパが話を引き取った。
「よく持ち物を隠されました。下駄箱の靴を隠されたらしく、裸足で帰ったこともあります。学校に相談すると『誰かがちょっと動かすというのはよくあることなんです。そんなに目が悪いようには見えません。見にくいのならメガネをかけてはどうですか』なんですからね。メガネで何もかも解決すると思っているのです」
淳のママも続けた。
「街で友達の声がしたので『こんにちは』とあいさつすると、『淳は見えてるのに見えないフリをしてる』って言いふらされてね。あれ以来、自分からは声をかけなくなりました」
むごい話だった。明子は口をつぐんだ。
庭がにぎやかになった。漣が隆と淳を見て驚いている。隆のズボンは泥だらけになっていた。
「淳君。パパとママにお土産かい。喜ぶよ」
連が二人を連れて入ってきた。
もう、夕食の準備はできていた。
第6話 オールスター
「淳君。いい。一〇時のところに野菜サラダ、二時のところに焼いたお魚、四時にお味噌汁、八時にご飯、それから、真ん中に卵焼きね。はい。六時にお箸」
淳のママが料理の配置を教えている。
「お魚は川の上流で獲れたんだって。隆お兄ちゃんのママがね、知り合いからいただいたらしいの」
「ママ、森の動物といっぱいお友達になったんだよ」
淳が食事もそこそこに報告し始めた。
「人間の言葉が話せるんだよ。ボク、森の動物にいっぱいいっぱい触ったんだ」
淳のパパが訊いた。
「へえ、どんな動物がいたの」
淳が身振り・手振りを交えながらレポートする。
「タヌキはね、こんな顔してるんだ」
「キツネの目はこんなの」
「おサルさんの手はこんな感じ。顔はね、パパみたいだったよ」
笑いが起きた。
「河童のおじさんもいたよ。川が棲み家だって。頭にお皿を乗せ、口はこんなんだよ」
「それから、ツチノコはバゲットみたいで、シッポがちょこんとついてるんだよ」
淳の話は続いた。
一家は朝早く出発した。
淳は隆と話し込み、なかなかクルマに乗ろうとしなかった。
「淳君。また来ようよ」
淳のパパが乗るように促した。
「うん。きっとだよ、パパ」
クルマが民宿を離れた。
「あ、森のお友達が見送ってくれてる。ほら、ツチノコ君の声も聞こえるよ。ほんとだってば、パパ、ママ」
淳のパパとママは森の方角に手を振った。
「あ、あそこの河原にいる人、明子さんのお知り合いかしら。お魚いただいた」
パパはまっすぐ前を向いたまま言った。
「そんなことはないだろ。ここは消滅集落だよ。河童か何かじゃないの」
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