第六話 揺れる岡崎家
第六話 揺れる岡崎家
すずが浅井家に嫁いできてひと月が経った、三月十六日。
すずの元に報が入る。
その報せを聞いた途端、すずは崩れ落ちそうになった。
そばにいた侍女の茜も絶句する。
――すずの兄、岡崎隆村が亡くなった。享年三十九。
何者かに刺された跡が残っていたという。
次兄・秀隆と三兄・義實はそれぞれ他家に養子に行っていたし、跡継ぎである隆村の息子はまだ五歳の幼子であったため、急遽刀匠の叔父・則實が継ぐこととなったらしい。
すずはすぐにでも備前に向かいたい気持ちでいっぱいだったが、大名の妻としてそんな軽率な行動はできない。
備前から遠く離れた近江の地で、兄の冥福を祈り涙を流すことしかできないのだ。
改めてすずは大名の妻になったことを悲しみと共に認識したのである。
◆
備前国、天神山城。
「岡崎隆村くんが死んだねぇ」
岡崎家の主君、浦上宗景が庭に出て呟く。
「上手くいってよかったよ。岡崎家弱体化計画」
まあ宇喜多くんに味方しようとしたあっちも悪いんだけどね、と宗景は言う。
そう、隆村の暗殺を命じたのは宗景だったのだ。
実はすずが嫁ぐ前から隆村は宗景に対して不満を抱いていたらしい。
そこで隆村が目をつけたのが西備前に徐々に勢力を広げる宇喜多直家である。
彼も元々は浦上家に仕えていたのだが、独立に成功し今や二十万石近くを治める大名となっている。
彼の特技は実に『暗殺』であった。
義父の暗殺、同僚の謀殺、日本初の鉄砲による暗殺まで行っている。
そのため、美濃国大名・斎藤利政(道三)や大和国大名・松永久秀と並び、戦国三大梟雄とも呼ばれている。
近隣国から恐れられた一方で、直家は家族や家臣を大切にした。
家族を殺したのは浦上宗景の命令によるもの一回のみであり、家臣を見捨てたことは彼の生涯で一度もなかった。
隆村もきっと『宇喜多につけば…』と思ったことであろう。
しかし宗景がこれを許すわけもなかった。
「岡崎家は去年、先々代当主の秀實も死んでることだしね。隆村くんの妹も遠くの国に嫁にいったことだし、息子はまだ幼い。隆村くんの叔父が当主代理を務めるらしいけど、長船の刀匠だから政に関してはあまり詳しくないらしいし、しばらくは大きな権力も持てないね」
宗景はくすくすと笑い、満足そうに屋敷へと戻った。
◆
「すず、大丈夫か。隆村殿が暗殺されたと聞いたが…」
その日の晩、長政が尋ねてきた。
「大丈夫、じゃないかもしれないです。大好きな兄なので……」
「隆村殿の暗殺によってすずの身も危うくなった。いつ備前から刺客が来るかわからない。気をつけなさい」
そこまで言うと長政ははっとした。
すずが泣いているのだ。
「……すみません……しっかりしなきゃ…殿の…妻…なのに……情けない…」
たまらず長政はすずの小さな体を抱きしめる。
「無理はしなくていい。泣きたいなら俺の腕の中で泣きなさい。ここは部屋だから誰かに聞かれる心配もない」
その言葉を聞いた途端にすずの目から涙が溢れてくる。
「うわあああぁぁぁぁぁぁああああ………」
備前に帰ることのできないもどかしさ。兄への思い。身の危険を感じた恐怖。長政の優しさ。
その一つ一つの感情が涙の滴となってすずの頬をつたい、零れ落ちる。
泣きじゃくるすずを、長政は優しく抱きしめ、背中を撫でてやるのだった。
岡崎隆村は作者の祖先で三十九歳の若さで亡くなったそうです。
その前年には隆村の父、秀實も六十六歳で亡くなっています。
どちらも家系図から判明しました。
立て続けに亡くなる、か…。
これは偶然なんでしょうか、必然なんでしょうか。




