第四話 すずの嫁入り
第四話 すずの嫁入り
すずら一行は、一五六九年の一月三十日に備前を出発し、途中休憩も交えながら五日をかけて近江に到着した。
冬の凜とした空気に、琵琶湖の碧色がよく映える。
それに、小谷は雪が積もっている。
備前では雪は積もるどころか降りもしないので、すずははしゃいだ。
「姫様。はしゃぐのはおやめになって」
「これから一国の大名の妻となるのですからね」
「しっかりしてください」
侍女三人(茜、桔梗、翠)にそれぞれ叱られる。
私は悪くないもん。積もっとる雪が悪いんだもん。
すずは数え十五。
実質十三、四歳で、現代でいう中学生にあたる。
子供と大人の狭間、複雑な時期に嫁入りとは、戦国は実に非常なものである。
◆
雪が積もった小谷山を登る。
この先に、すずの夫となる男、浅井長政が待っているのだ。
「…も、もう無理…。もう歩けん…ちょっと止まって…」
しばらく運動をしていなかったこともあり、冬場なのに汗が噴き出て疲れてしまった。
そこで前方を歩いていた茜を呼び止める。
「ほいでも姫様…まだ半分も来てませんけど?」
「うえぇぇぇぇ!?」
小谷山は標高四九五メートルである。
その頂上に城はあるのだから、まだまだ先である。
半分以上も来ていないことにすずは絶望した。
ほんまに浅井のお嫁になれるんかな…私…。
◆
なんとか登り切って頂上に着くと、案内人が手配されており、まず城内に案内された。
ギシギシと音の鳴る廊下を歩き、面会室に着く。
襖の目の前で、深呼吸。
大丈夫。私なら長政様も受け入れてくれる。
襖が開く。
恥ずかしくて下を向いたまま一礼、入室。
そのまま正面まで歩いて行き、座って三つ指をつく。
「面をあげよ」
重厚だが優しい声がすずの耳に入る。
すずはゆっくりと顔を上げる。
まっすぐ前を見つめると、正面に座った青年、浅井長政が微笑んだ。
「すず様、お久しぶりですね。備前からの長旅、お疲れ様でした」
途端、すずは顔を赤くした。
なんでだろう…。あの頃よりも…優しく…かっこよく…目に映るのは…。
脳裏でそんなことを考えつつ、すずは長政との面会を終えた。
◆
長政に自分の部屋を与えられ、屋敷に移って荷解きをしている頃だった。
刀匠である叔父に作ってもらった刀は部屋の床の間に飾った。
ふと、一冊の本が目に入った。
「なんだろうこれ。黄素妙論…?」
本の中身を確認したすずは赤面した。
…エッチのハウツー本であった。
実際に嫁入り道具として春画(エッチな画)やこのような本を持っていく地域も存在していたらしい。
すずは岡崎家唯一の姫として蝶よ花よと育てられたため、そういうことに関しての免疫はなく、脱力してしまったのである。
幸い長政が部屋を訪れる前になんとか隠しきれはしたが、動揺と興奮は心の中で抑えきれなかった。
◆
「すず様、今晩は同じ褥で寝てもよろしいですか?」
褥とは布団のようなもののことを指す。
「はははははははいぃぃ…」
さっき黄素妙論を見てしまったせいもあり、すずは動揺を隠しきれず、変な返答をしてしまう。
「そりゃ驚きますよね。突然舞い込んできた知り合いとの縁談だとか、嫁いできた初日にいきなり一緒に寝ようなどと言われたら」
すずは「それだけじゃないんですけどね…」と心の中でツッコむ。
長政は褥の上にすずと対面になるように座った。
「…俺、初めてすずに会った時、思わず見惚れてしまったんです。こんなに可愛い女子がこの世界にいたんだなって」
突然の告白だった。
すずは顔を赤く染め、ぼーっとしながら話を聞く。
「すずがまだ嫁に行っていないって聞いた時、すごく嬉しかったんです。その時、自分の妻にしたいって強く思って」
長政は、本音が口から溢れるのを止めることはできなかった。
「――すずは俺が初めて欲しいと思った女子だ。だから……夫婦になってくれないか」
緊張で強張ったすずの手に、長政の大きく温かい手が重なる。
長政の手から伝わる、心の優しさとあたたかさ。
そんなものにより、すずの緊張はいつのまにか解けていた。
長政がすずを抱きしめる。
すずは抵抗もせず、ただただ長政の温もりに身を委ねていた。
思ったより抵抗感がなかったのは結婚初日、すずの小柄な身にこれまでの疲労感と安堵が一気に押し寄せたからなのかもしれない。
この夜初めてすずは接吻を知った。
黄素妙論は戦国三大泉雄のひとり、松永久秀も愛読していたそうです。
内容が気になる方は解説YouTubeなどもあるらしいので、確認してみてください。
あと、すずはあくまで『側室』として浅井家にやってきたので、白無垢は着ません。
ただ、嫁いだ家や実家の財政力によってそこら辺は違うらしいです。
今も昔も結局は金だな.......。
場合によっては側室でも輿に乗ってきたり、白無垢を着て豪華な結婚の儀(いわゆる結婚式)を挙げたようです。
でもやはり妻としての権力は正室がトップなので、正室よりは控えめであったことでしょう。




