第三話 青天の霹靂
第三話 青天の霹靂
一五六九年。
岡崎則實の鍛冶場は数年ぶりに動き始めた。
それを確認した人影が、鍛冶場の扉を開ける。
「おお、すず。来たんか」
「うん。久しぶりに動いとると思うて」
顎に少し髭を生やした則實の近くに腰掛けたすずは嬉しそうに微笑んだ。
彼女はもう数え十五歳である。
少々ドジを踏むが、それなりに自立した女子に育った。
「なんか注文でも入ったん?」
「まあ、そうだな」
「珍しいねぇ。今どき刀なんて戦じゃ使わんのに。あ、もしかして贈呈品に使うとか?備前の刀は質もええし技術も高いからなぁ…♡」
むふふ、と笑顔を浮かべるすずを見ながら則實は
「算術もこのくらいできればなぁ」と心の中で思う。
「いや、刀ではない」
「ほいじゃ鉄砲?あ、でも鉄砲は研究に失敗して暴発させてから触れてないんだっけ?」
えぐるなよ…と内心ツッコミつつ、則實は口を開ける。
「いや、それでもない」
しかし則實は刀匠なので、それ以外は思い当たりがないのである。
すずはポカンとする。
「それはな…すず、お前だ」
は…「はい???」
「それって…お、お嫁さんになるってことでしょ!?嘘嘘嘘!私が!?」
この時代の武家の結婚は主に政略結婚であった。
つまり「好きな人と結婚できない」「式を挙げるまで相手がわからない」ということである。
不安で表情を曇らせるすずに、則實は言った。
「安心しろ。相手はお前でも知っている。近江国大名、浅井長政殿だ」
すずは頭の中で記憶を探り、彼の姿を思い出そうとする。
「あぁ…あのお方ね…」
すずは則實の言葉を聞いても乗り気でないようだ。むしろ不安は増している。
「なぜそんなに不安そうなのだ」
「だってぇ…私が会わなかったこの九年の間にものすごくお変わりになられてたら…!」
「大丈夫だ安心しろ」
そんなことはない、と則實が一言。
「それにこれは主君・浦上宗景様のご命令だ。断るわけにもいかまい」
「た…確かに…」
嫁入りはまだ早いと思っていたすずに、思いもよらない出来事であった。
◆
備前・天神山城。
備前の大名、浦上氏の居城である。
そこにすずの兄、岡崎隆村は呼ばれていた。
「岡崎くん」
名前を呼ばれて顔を上げる。
目の前には――片手に盃を持った、酔っ払った主君。
彼こそが浦上宗景である。
彼が好きなことは宴会である。
そう、今これも宴会の真っ最中なのだ。
「岡崎くん。キミの妹を近江に嫁がせる話なんだけどさー」
こんなノリの主君とは違い、大真面目な隆村は真剣に話を聞く。
「はい」
「近江と備前の架け橋となるということを忘れないようにね」
「はっ。しかし――なぜ近江なのですか?」
実際に備前から近江はニ八六キロ。休まず歩いて三日もかかる。
「わかってないねぇ、岡崎くん。備前と近江の間には何がある?」
「……畿内…京!」
「そう。畿内は三好や松永なんかの強敵がうじゃうじゃいるしね。京で反乱が起こった時に挟み撃ちできるようになる」
「それは確かに…」
一理ある、と隆村は納得するが、ひとつだけ頭にふっとよぎった。
「ですが、万が一の場合は…?」
「それはもう見捨てるしかないよね」
宗景のその言葉を聞いた途端、隆村は激怒した。
「承知できません!我が妹すずは我が家で唯一の女子…唯一の外交手段なのですぞ!」
「まあ、援軍ぐらいは出してあげるからさ〜。そういうことでよろしく頼むよ〜岡崎くん」
それを聞くと、隆村は静かに退出した。
襖が完全に閉まってから宗景は呟いた。
「もっとも…岡崎家を弱体化させるのにはもってこいだよね。遠くの国に家唯一の女子を嫁がせるのは」
◆
則實は刀を打っていた。
久しぶりだが、この技術は若い頃から努力を重ねた賜物。
刀身を整え、手際良く銘を入れる。
近くで見ていたすずは、うっとりとした。
「さすが叔父様じゃわ…刃文まで綺麗」
「ほれ、すず。持ってみ」
「え?私?」
則實から出来上がったばかりの刀を受け取る。
「か…軽っ…」
普通、刀はニ、三キログラムくらいの重さだ。なかには十キロ近い重さを誇る太刀もある。
しかしこの刀は火縄銃(約一キログラム)と同じくらい軽いのだ。
「それ、すずのじゃ」
「えっ…?」
「非力なお前でも使いやすいように軽量化した。護身用に嫁入り道具として持って行っとけ」
生まれて初めての、自分用の刀。
扱いやすいように、しかも、自分の好みに合わせてある。
「あ…ありがとうございます…叔父様。お守りにします」
数日後、すずは三人の侍女、茜・桔梗・翠を連れ、その他数名の従者と共に近江へと嫁いでいった。
浦上宗景は実際にいた備前国の大名です。
作者の先祖、岡崎隆村の主君でした。
ちなみにこの時代のお嫁に行く平均年齢は13〜16
歳の間(実質11〜15歳くらい)だったらしいで
す。
現代だと小中学生やないか!!




