第十三話 独占欲の塊
第十三話 独占欲の塊
翌月のある日。
静かな夜だというのに、すずの胸は落ち着かなかった。
昼間、お市付きの侍女たちがお市の噂話に紛れて、自分の名を口にしているのを耳にしてしまったからだ。
(私なんて……比べるまでもないのに)
不安というより、胸の奥に小さな棘が刺さったように痛む。
そんなとき、廊下を歩むゆったりした足音が近づいてきた。
すずの心臓が跳ねる。
襖が静かに開いた。
「すず。……少し顔を見せてくれぬか」
いつもより低い。
でも怒っている声ではない。
むしろ、抑えこまれた熱のようなものが混じっていた。
すずが膝を正して顔を向けると、長政は迷いなくすずのそばに座り、距離を詰めた。
灯の柔らかい光の中、長政の表情は穏やかさと何か強い感情が混じりあっている。
「……侍女たちの噂、耳にしたな」
すずの肩が震えた。
「わ、私は……そんな、つもりでは……」
「すずは悪くない」
きっぱりと言い切る声。そのまま長政の手が、そっとすずの肩に置かれる。
触れ方は優しいのに、どこか“離すつもりがない”ような強さがある。
「すずが笑っていれば、俺は十分だ。他の者の言葉など、取るに足らない」
すずが目を瞬かせる間に、長政の指先がそっとすずの髪を払った。
そのまま――額に、静かに口付けが落ちる。
あたたかくて、くすぐったくて、胸の奥がぎゅっと詰まる。
「と、殿……?」
「こうして目を合わせると……胸がざわつくんだ」
すずの頬に添えられた大きな手が、ほんの少し強くなる。
逃がさないように、包み込むように。
「すずが、他の者の言葉で曇るのが……俺は好きじゃない」
言葉は低く、深く、すずの心に落ちていく。
「すず。お前は俺の妻だ。それは誰にも揺らがせない」
長政の声は穏やかに聞こえるのに、奥底には隠しきれない熱があった。
すずはうつむく。
「わ……私なんかが殿のそばにいて、よろしいのでしょうか……」
その瞬間、長政の腕がすずの体をふわりと抱き寄せた。
肩と背を大きな手で包みこむような、優しいのに揺るがない力。
「すずがいい。……いいというか、すずじゃないと困る」
すずの呼吸がふっと止まる。
長政はすずの髪に口付けし、額の上にもう一度、そっと触れた。
触れ方は静かで、けれど迷いがない。
「すずを誰かに譲るものか。すずは、俺のところにいればいい」
囁きは甘くて、すずの心を包みこむように響いた。
「わ、私……殿のそばにいたいです」
小さな声だった。
けれど長政の腕の力がほんの少しだけ強まる。
「……その言葉を聞けて、安心した」
胸元に額を預けたすずの頭を、長政はゆっくり撫でる。
撫で方は優しいのに、明らかに“手放したくない”と言っているようだった。
すずは気づいてしまう。
この人は控えめに見えて、誰よりも情が深く、そして独占欲が強いことを。
(こんなふうに抱きしめられるなんて……)
胸がじんわり熱を帯びる。
長政の鼓動が静かに響き、腕のぬくもりがすずを包んで離さない。
障子を揺らす風の音さえ、遠くに消えていった。
夜が更けても、長政はすずを抱きしめる腕をゆるめる気配を見せなかった。
「すず。……今夜くらいは、そばを離れるなよ」
「は……はい…!」
その答えに、長政の眉がやわらぎ、もう一度、額に口付けが落ちた。
甘く、静かで、しかし確かに長政の『誰にも渡さない、俺だけの女』という独占欲を帯びた夜だった――。
史実の浅井長政はこんなに独占欲が強くはないと思いま
す笑
愛妻家と伝わっていますけど、お市の前の正妻(平井定武の娘)とは一年も経たずに長政の意思で離縁しています。
どこまで愛妻家なんでしょうね。




