⑧
シルフィは、役人の気まぐれのように度々坑道へ連れて来られた。
首輪を引かれ、犬のように這わされ、時には足蹴にされる。
そのたびにエレオノーラの胸は灼けるような怒りで満たされた。
――帝国が正しい? 亜人が愚か?
笑わせるな。
愚かで残酷なのは、自分が信じてきた帝国の方だ。
エレオノーラは帝国に強い怒りを感じるようになった。だがしかし、亜人達から見れば自分は結局嫌悪すべき帝国人と同じに過ぎない。
炭鉱に連れてこられてからの日々、エレオノーラに向けられる視線は常に冷たいものだった。
食事場に並べば、隣の席は必ず空けられる。背を向けられ、舌打ちすら浴びせられる。
「……何で帝国人がここにいる。」
「俺たちをここに押し込めた連中と同じだろうが。」
「皇女だって? 笑わせるな。血を吸う蛇が着飾っただけじゃねぇか。」
吐き捨てるような言葉が、耳に刺さる。
獣人の女が水を分ける桶を回していても、エレオノーラにだけは渡さない。
リザードマンの男たちは露骨に牙を見せて威嚇する。
それも当然だ。
帝国は長年、亜人を「獣」と呼び、搾取し、殺してきた。
その中心にいた皇女を、どうして受け入れられよう。
エレオノーラ自身も、それを理解していた。
だが屈する気はなかった。
彼女は黙々とツルハシを振り下ろし、他者より重い鉱石を背に運んだ。
「やめてくれ」などと弱音を吐くことは決してなかった。
その日も湿った空気と石炭の粉塵が舞い、カンカンとツルハシの音が響いていた。
朝から重労働が続き、亜人たちの顔は疲労で土気色になっている。
不意に――地鳴りのような低い音が坑道を震わせた。
「……ッ? おい、今の音は……。」
「天井だ! 崩れるぞ!」
叫びが広がった瞬間、岩盤が割れる鋭い音が響き、巨大な岩の塊が天井から降ってきた。
土砂と石が一気に崩れ落ち、逃げ遅れた獣人の男が岩に押し潰される。
粉塵が充満し、目も開けていられない。咳き込みながら誰もが腰を抜かしていた。
「う、動けねぇ……。」
「血が……! 死ぬぞ!」
誰も助けに近づけない。兵士たちは遠巻きに眺め、口汚く罵るだけだ。
「勝手に潰れてろ、獣ども!」
だが、ただ一人。
エレオノーラだけが粉塵の中へ飛び込んだ。
「下がれ!私が行く!」
咳き込みながらも岩の隙間に手を差し込み、全身で岩を支えた。
重圧で肩が軋み、爪が割れ、腕の筋肉が悲鳴を上げる。
血が流れても、彼女は岩を動かそうと必死だった。
「まだ息がある! 絶対に生かす!」
「無理だ、諦めろ!」と誰かが叫ぶ。
だがエレオノーラは振り返らない。
必死に呼吸を整え、声を張り上げた。
「皆、力を貸せ!ここを持ち上げれば抜け出せる!」
その必死さに、最初は動けなかった亜人たちも次々に駆け寄った。
「くそっ……帝国人のくせに……何で……!」
「考えるな! 持ち上げろ!」
十人ほどが力を合わせ、岩盤がわずかに持ち上がる。
その隙に、エレオノーラは押し潰された男の身体を引きずり出した。
血に濡れた腕、折れ曲がった脚。だが確かに、胸は上下していた。
「水を! 誰か水を持って来い!」
「……っ、まだ生きてる……!」
静まり返った坑道に、嗚咽混じりの声が広がる。
やがて誰かが呟いた。
「帝国の……皇女が、俺たちを助けた……?」
その目には、疑念と同時にわずかな敬意が浮かんでいた。
ドラコも粉塵にまみれた顔を上げ、低く言った。
「……女、お前は……ただの帝国人ではないな。」
荒い息を吐きながら、エレオノーラは腕の血を拭った。
その瞳には揺らぎがない。
「命は……誰のものでもない。見捨てられる理由なんてない。」
その言葉は、炭鉱の暗闇に確かな火を灯した。




