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その日、炭鉱には珍しく見張り兵だけでなく、上等な衣をまとった役人が現れた。

煌びやかな外套を羽織り、金の飾りをつけた杖を突いている。坑道にずらりと並んだ奴隷たちを、鼻で笑うように見回した。


「よく働いているではないか。……だが、鞭の音が足りんようだな。怠けぬように気をつけろ。」

その声に、奴隷たちは誰も顔を上げなかった。ただ、空気がひりつく。


役人の背後にいたのは、小柄な少女だった。

亜麻色の髪が汚泥にまみれ、細い体は痩せ細っている。首には光を反射する金属の首輪。そこから伸びた鎖を、兵士が握っていた。


「歩け。」

兵士が鎖を乱暴に引く。


少女は抵抗しようとしたが、首輪が締まり、喉から苦しい声が漏れる。次の瞬間、兵士の足が彼女の背を蹴りつけた。

少女は地に倒れ、そのまま犬のように這わされる。


「あれが新しい“玩具”か。」

クリフが低く呟く。


エレオノーラは思わず目を見張った。

――まだ十代半ばほどか。透き通るような白い肌。長い耳。

彼女は、教本でしか見たことのなかった「エルフ」だった。


役人が得意げに言い放つ。

「この娘は高値で落としたのだ。生意気にも魔法を使い我々の仲間を沢山殺し、捕まえるのに相当手こずったらしい。だがその魔法も、奴隷紋で一切封じてあるがな!」


少女は俯いたまま震えていた。

その瞳に絶望の色を映し。


エレオノーラの胸に、熱いものが込み上げてきた。

かつて帝国で教えられた言葉が蘇る。


――亜人は野蛮で愚かだ。人の手で導かねばならぬ。


しかし、今目の前にある光景はどうだ。

鞭で打たれ、犬のように引きずられ、蹴られる少女。

その惨めな姿を嘲り笑うのは、帝国の役人達。


(……愚かなのは……私たちの方だ)


エレオノーラは拳を握り締めた。爪が皮膚に食い込み、血がにじむ。

怒りと屈辱で、胸が張り裂けそうだった。

その晩。

エレオノーラは坑道の隅で、ランプの光に当たりながらクリフに声を落とした。


「……さっきの少女。」

「……まだ気にしてるのか。」

クリフは冷めた視線を向け、肩をすくめる。


「彼女と……話してみたい」

エレオノーラの声には、揺るぎない決意があった。


クリフが鼻で笑う。

「馬鹿だな。あの首輪はただの飾りじゃない。声を発すれば喉を締めつけられる仕組みだ。だから奴隷は吠えられない。……あんたも少しは現実を見なよ。」


だが、エレオノーラは引かなかった。

「それでも……目を見て話したい。あの子は、犬じゃない。人だ」


クリフは数瞬黙り込み、やがてため息をついた。

「……やれやれ。本当に面倒な人だ」

そう言いながらも、周囲に視線を走らせる。役人たちが酒をあおり、兵士も警戒を緩めている瞬間を見計らって――

「今だ。行け。」


エレオノーラは静かに立ち上がり、シルフィの傍へ歩み寄った。


坑道の隅、煤と土埃にまみれた石の床に、シルフィは膝をつかされていた。

鎖につながれた首輪には、金属板に小さく「SILFY」と刻まれている。


エレオノーラは目を細めて、その文字を凝視した。

「……シルフィ。」

小さく口にした瞬間、少女の肩がわずかに震えた。


それは彼女の名を呼ばれたことを理解した反応だった。


「……大丈夫か。」

エレオノーラが膝を折り、囁くように声をかける。


だが、シルフィの唇は閉じられたままだ。

首輪が鈍く光る。まるで彼女の声そのものを封じているかのように。


沈黙。

次の瞬間――シルフィは、かすかに首を横に振った。


ただ、それだけ。

けれどエレオノーラの胸に、強い衝撃が走った。


(……話せなくても、伝わる……!)


兵士の視線が戻る気配に、クリフが小さく咳払いをした。

エレオノーラは後ろ髪を引かれる思いで立ち上がり、再び闇の中へと戻る。


彼女の目には、まだあの少女の瞳が焼き付いていた。

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