③
鎖の音を引きずりながら、エレオノーラは王宮へと引き立てられた。
夜空には血のような赤い月が浮かび、宮廷の灯火は不気味に揺れている。
かつては威厳と誇りに満ちていた大広間。
その玉座の前に、赤黒い染みが広がっていた。
「……っ!」
エレオノーラの足が止まる。
視線の先にあったのは――父、アレクトロ皇帝の首なき亡骸。
豪奢な衣は切り裂かれ、その体は冷たく沈黙している。
床には滴り落ちた血が池のように広がり、鉄錆の臭いが鼻を突いた。
白髪の混じりの頭は、血を垂らしながら、まるで飾りのように目前の玉座の前に置かれている。
「父上……!」
膝が崩れ、エレオノーラは震える手を伸ばした。
その瞳には、まだ温もりを宿しているかのように思えた。
「哀れなものだな。」
低く笑う声が響いた。
玉座に腰を下ろしていたのは、叔父アレキウスだった。
「偉大な兄上も、首がなければただの肉塊に過ぎん。ようやく、俺の時代が来る。」
「……外道……!」
エレオノーラは歯を食いしばり、鎖を引き千切らんばかりに体を震わせた。
「父上を殺し、帝国を穢すつもりか!」
「穢す?ははは……勘違いをするな。」
アレキウスは横に立つ少年の肩を抱いた。
怯えた瞳をしたその少年は、エレオノーラと同じブロンドの髪と碧眼を持っている。
「この子こそ正しき後継者。帝国は再び『男子の皇』の下に統べられるのだ」
「そんな子……父上に隠し子など――!」
「信じたくないのだろう?だが、民も貴族も『伝統』を望む。女に帝を任せるなど、誰も納得しない。」
アレキウスの目が獣のように細められた。
「エレオノーラ。お前の存在こそ帝国に混乱を呼ぶのだ」
「処刑せよ!」
彼が命じると、兵たちが一斉に剣を掲げた。
その時、傍らに控えていた宰相が一歩進み出た。
「……陛下。いや、アレキウス殿。」
その声音は冷ややかだった。
「彼女を殺すのは容易。しかし、死ねば一時の殉教者に過ぎません。真の地獄は――生きながら辱めを受け続けること。」
「……ほう?」
アレキウスが顎を撫でる。
「彼女を奴隷に堕とし、炭鉱へ送りましょう。
雪深い地で、泥にまみれ、希望を喪い……それこそが皇女に相応しい末路。」
「奴隷に……だと?」
エレオノーラの瞳が怒りに燃える。
「私は帝国を背負う身……屈することなど!」
「屈するしかなくなるのだ」
アレキウスが嘲り笑った。
「鎖に繋がれ、同胞に侮蔑され、やがてその誇りを削られていく……。その姿を見るのが楽しみでならん。」
サイラスが現れ、アレキウスの横で嗤った。
「誇り高き皇女殿下も、炭鉱の煤にまみれれば、ただの哀れな奴隷さ」
「サイラス……!」
エレオノーラはその名を呪うように叫んだ。
「何故…そこまで……!」
「何故?簡単だ。俺は、お前が――嫌いだからだ!」
サイラスの笑顔は狂気を孕み、長年抑えていた憎悪が爆発したように歪んでいた。
その笑い声に混じり、鎖が再び強く引かれる。
エレオノーラは引きずられ、大広間から連れ去られていった。
赤い月が、雪深い北方の運命を照らしていた。




