4.米の生産能力の増強案
仮に流通段階のボトルネックが解消されたとしても国産米の総量は秋の収穫量(とその時にある在庫量)が限界です。
流通の供給能力が増えても物が無くなったら終わりというかその方がパニックが加速すると思います。
これまでの経緯を鑑みればあまり良策とは思えませんが、生産量を増やすことを考えてみます。
(1)同じ面積でたくさん採れるようにする
生産者米価が大幅に上がれば可能かもしれません。
あとは数多の試行錯誤をしている研究が実を結ぶのを待つしかないかと。
10アールあたり収量(俗に「反収」とも)といって10アール(1,000平方メートル・約1反(300坪))の耕作地から採れる収穫量という値があるのですが、日本の米の反収は江戸時代は150キログラム程度だったようですが、現代では平均すると540キログラムぐらいあります。
俗に「反収10俵」とか言ったりしますが、1俵が60キログラムなので反収10俵は反収600キログラムです。
平均の540キログラムは9俵ですから反収10俵は平均より上の収穫があったということですね。
もちろん、反収が良い田んぼもあれば悪い田んぼもあるし、その年の気候条件にも左右されますし、管理がうまくいかなくて収穫量が下がるとかもあります。
農業試験場や農業高校などでの試しもやっていますし、自分の実入りに直結しますので反収を上げる研鑽をしていない生産者はそうそうおりません。
また、ただ単に量が採れれば良いということでもありません。
どこかの農業高校の研究栽培で大量の米の収穫を得る事だけに特化したら反収1トンという記録があると聞いたこともありますが、高価なリン酸肥料を大量に使うなど生産費がかかりすぎるのでその栽培方法だと作れば作るだけ赤字になるそうです。
肥料も与えたら与えただけ増えるわけではなく、どのような状態のときにどの肥料をどれぐらいどのように施肥すれば収穫量が増えるのかの研究を長年続けてきた成果のようです。
また、農研機構の試験栽培で再生二期作で反収1.5トンという記録もあります。
こちらは飼料用米ということと、そもそも二期作ができる場所が限られている事から一般化は難しいと思われます。
米を収穫した後にもう一度稲を栽培して一年で二回米の収穫を行うことを二期作と言います。
米の収穫後に麦などの別の作物を栽培して一年に二回収穫することは二毛作といいます。
再生二期作というのは、一度目の米の収穫後にもう一度田植えをして栽培する通常の二期作とは異なり、収穫した稲の蘖(稲刈りした後の稲の切り株から緑色の葉っぱが生えてくることがありますが、それのことです)を育ててもう一度米の収穫をするという手法です。
二度目の田植え(当然ながら苗を育てる工程もあります)の手間を省く目的で再生二期作というものが語られることが多いのですが、その再生二期作で二回合計で1.5トンという記録があります。
また、これは米に限った話ではありませんが「より安く作れる(手間がかからない)」「より品質が良い(美味しい・見栄えがよい・日持ちがする)」「より多く収穫できる」「より病害虫に強い」「より(カドミウムなどの)有害物質の吸収が少ない」といった品種を目指して品種改良は続けられていますし、栽培方法についても同じく日夜研究が続けられています。
しかし、ここ十数年ぐらいは平均反収はあまり変化がありません。
生産者米価が何倍にでもなれば打てる手は増えますが、そうでないならできる事は限られます。
研究についても研究費を出し渋られているので……
生産者米価が上がれば打てる手はありますが、生産者米価を下げるためだと厳しいものがあると思います。
生産者も今よりコスト高の物を今より安く売るという選択肢は採れないと思います。
(2)栽培面積を増やす
増えていますよ、少なくとも令和7年度(2025年度)は。
来年度以降は知りませんが。
栽培面積を増やす方法はいくつかあります。
(2-1)耕作放棄地を再生して栽培する
耕作放棄地ってどのようなイメージでしょうか?
また、似た言葉に「荒廃農地」というものもあります。
耕作放棄地
所有する農家さんがもう耕作を続ける意思が無い耕作地
荒廃農地
客観的に見てここで通常の農作業で栽培できない農地
大雑把にはこんな感じです。
耕作を止めて放置されて荒れ放題になり『耕作放棄地であり荒廃農地でもある』のが耕作放棄地・荒廃農地の大部分を占めていますので、耕作放棄地≒荒廃農地と考えて大雑把にはあっていると思います。
しかし『農家さんは耕作する意思はない(=耕作放棄地)が、周りの迷惑にならないよう草刈りなどの管理はしている(=荒廃農地ではない)』とか『耕作放棄されて時間が余り経っていないので荒廃農地には至っていない』などで「耕作放棄地だが荒廃農地ではない土地」もそれなりにあります。
それと農家さんに耕作継続の意思があるかの聞き取り調査(農林業センサス)の対象は5アール以上の面積の耕作地がある農家さんなので、5アール未満の耕作地の農家さんの耕作地が耕作放棄地になることはありません。
だからそういう農家さんが営農を止めて荒廃した耕作地は『荒廃農地ではあるが耕作放棄地ではない』という例もあります。
小規模農家さんが離農するときは近隣の農家さんに農地を売る事も多々あるので荒廃農地ではあるが耕作放棄地ではないのは少数例になりますが、集約が難しい中山間地域だと耕作放棄地ではないが荒廃農地というところもあります。
先にも述べましたが、耕作放棄地ではあるが通常の農作業で栽培は可能な農地はそれなりにあります。
その中で元々は水田だったところなどなら(色々と面倒な話はありますが)水田にして稲作を行うことは可能だとは思います。
耕作放棄地の大部分を占める耕作放棄地であり荒廃農地でもあるところの再生は農地の再生からなので大変です。
荒廃農地は客観的に見て通常の営農は無理って土地です。
草が生い茂るぐらいはかわいいもので、普通に木とかも生えていますし、人目に付きにくくなるので産業廃棄物や粗大ゴミや手放すのにお金がかかる家電などが不法投棄されていることだってあります。
そんなところを再生するには以下の手順になると思います。
・不法投棄されている産業廃棄物やら何やらがあれば法令に則って処分します。
・雑草は刈り払って雑木も伐倒して木の根も重機で伐根します。
・石ころやら何やらをストーンクラッシャーという農機で粉砕します。
・ロータリーと呼ばれる耕してすき込んで整地する農機で整地します。
・土壌消毒剤を全面にもれなく施して虫や菌や雑草を皆殺しにします。
これで最低限の圃場ができましたが、ここまでやってスタートラインです。
そんな農地への再生は無料ではできません。
どれぐらいかかるかはケースバイケースですが、10アール当たり10万円から30万円ぐらいかかると聞いています。
耕作放棄地の再生には補助金がでる場合もありますが、補助金は高くても半額ぐらいが限度なので少なくとも半分は自腹です。
この補助金ですが、主食用米の栽培をする場合は適用除外とか減額とか追加補助金が得られないなどの制約が入っていることが多いです。
元々は米の消費量が落ち込んで生産過剰になるので米の耕作面積を減らしていたのですから、耕作放棄地を再生して主食用米を栽培するのはそれに逆行するわけですから推奨はできないという事です。
次の難関として、水田にするならば水利権の関係もでてきます。
畑作であっても水利権は関わってきますが、水田と畑作では使用する水の量が桁違いなので水田だと結構面倒な話になります。
耕作放棄地の地権者が離農した後も水利組合に加入し続けて使いもしない組合費(水の利用料)を支払っていたならば水利権があるのでいいのですが、そうでなければ水利権を得るところからになります。
我田引水という言葉があるように水利権って滅茶苦茶ヤバい話なんですよ。
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水利権は、水の利権ではありません。水を利用する権利のことです。
これは農業用水だけでなく水力発電の発電用水や工業用水をはじめ、水道用水にも水利権は関わります。
極端な話ですが、川の上流で全部の水を使われたら下流は水が枯れて使うことができなくなります。
だから、誰が何の目的でどれだけの水を使っていいかの割り当てが必要になります。
この自分に割り当てられて自分が使っていい水が自分の水利権です。
農業用水などでは水源から水を引いてくる用水路とかポンプとかの建設・整備も要るので水利組合などを結成して共同で維持運営されていることが多いです。
ですので、たいていは水利組合に入って組合費を支払って水を使っています。
水利組合に入らずに水道水を使ってもいいんですけど、家庭菜園レベルならともかく農業レベルだと水道代の方が高くつくと思います。
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他にも耕作放棄地を再生して米を栽培するにあたり懸念される事がいくつかあります。
これまでの政策に逆行するので補助金などが減額されたりもらえなかったりするので、既存の水田と比べて生産費のディスアドバンテージがある。
栽培効率が良い農地だったら離農のときに近隣の農家さんが購入するなどで耕作放棄地にはなりにくいので、耕作放棄地はそもそも栽培効率が悪いことが多い。
土づくりや土壌の癖を掴んで質量ともに真っ当な農産物が出荷できるようになるまで数年程度の時間がかかることが考えられる。
それと……耕作放棄地の所有者が栽培を再開するのであれば関係ありませんが、そうでない場合は……
耕作放棄地だった農地を借りて借主の自腹で再生したら、地主が自分が耕作するから土地を返せと……悲しいかなそういったトラブルもあるのです。
土地を借りて農業をやるなら契約書を隅々まで丹念に読んで必要な項目が揃っているかとかヤバい項目がないかとかを確かめましょうね。
筆者が思う最大の懸念は、人物金時間をつぎ込んで真っ当な質と量の米を出荷できるようになったころには生産過剰で誰も買ってくれないという事態です。
(2-2)主食用米以外の米や野菜などを栽培している農地で主食用米を栽培する
既にやっています。
少なくとも令和7年度(2025年度)は全国を合わせれば数十万トンぐらい増えていると思います。
聞きかじりですが、新潟県だけで2万トンぐらい増えていたような。
直ぐに水田に戻せる状態で主食用米以外の作物を作ると補助金を出すというのが、ある意味では令和版減反政策です。
その主食用米以外の作物の中には飼料用米や輸出用米もあります。
そういった水田だと植えるのを主食用米にするだけなので令和7年の春に主食用米の田植えがされています。
水田に向く土壌と畑に向く土壌は異なるので水田だったところに野菜を作付けしても元々畑のところと同質同量の野菜が収穫できるわけではありません。
転作に補助金というのはその差を補填するための物です。
そしてどうしても畑作には向かないとか、治水の関係などで水田として残しておきたいといった事情がある土地もありますので、主食用米以外の米の栽培も転作と認めています。
飼料用米は主食用米より単価が安いので補助金で補填していますが、主食用米の値段が上がると、主食用米の売り上げが飼料用米の売り上げに補助金を足したものより圧倒的に利益が得られるとなると、主食用米の作付けを選ぶのは不思議ではないですよね。
輸出用米は国内需要が減少を続けているから生産された米を輸出することで国内生産を維持しようという窮余の策・努力の賜物ですが、農水省の資料によると2023年度の輸出量が約3.7万トンと過去最高となりましたが、それでも主食用米の生産量の0.5%程度しかありません。
例え全量を主食用米に転換しても誤差の範囲で大した影響はないと思われますから、せっかく開拓した輸出先なのでそのまま輸出した方がよいと思います。
同じく農水省の資料によると飼料用米の生産量はピークの2022年度で約80万トンで、主食用米生産量と比べると約12%の生産量です。
日本で収穫される米の一割ぐらいが飼料用米というのは、日本での米の消費量が激減しているのを象徴していると思います。
飼料用米は収量の4割弱は多収品種(量だけは採れる)ですので主食用米の品種で作付けしたら同量採れるとは思いませんが、それでも仮に飼料用米を全量主食用米に転換したらインパクトのある量の生産増は見込めるかと思いますし、これは実際に実行されていています。
しかし、増産された米が買い叩きに使われるようになる思うので、またもや梯子を外される生産者は……
増産すると値崩れして経営が悪化するのです。
これが無いように減反その他を駆使して生産調整してきたのです。
生産者や流通業者が利益を得られない消費者米価に戻すのは如何なものかとも思います。
生産者や流通業者にとっては品薄感で値上がりしている2024年度初夏からの状態はある意味では望ましい状況とも言えます。
あと、飲兵衛には苦しいのですが、酒米(酒造好適米)です。
酒米は単収(単位面積当たりの収穫量)が主食用米より悪いことが多く、酒蔵は主食用米より高い重量当たり単価で買い入れてきました。
仕入価格が上がるのはもちろんですが、農家さんが値上がりして効率が良い主食用米を作付けして酒米の総量が減ってしまうという事態が既に発生してしまっています。
風の噂では国産米での全量確保を早くも諦めた酒蔵もあるとかなんとか。
結局は生産者米価が上がれば生産者は主食用米の栽培を増やしますし、生産者米価が下がれば他の作物を栽培します。
こちらは令和7年度産の生産者米価次第で来年度以降も主食用米を栽培するのか否かを選べますので令和7年度の生産者米価が下がってもダメージはまだ少ない方でしょうか。ダメージが無いとは言っていない。