2.米の供給能力
(1)需給関係からみた消費者米価
需給関係で価格が決まる市場原理に基づいて消費者米価を下げるための方策は、単純に考えれば「需要を減らす」か「供給を増やす」になります。
令和6年度(2024年度)の春までの数十年間は(平成の米騒動を除けば)消費者米価が値下がりし続けていたのは、需要が減衰していたからに他なりません。
生産者や米流通業者も原価を下げる努力は続けてきましたが、それらの企業努力で値下がりしたというのならば利益が得られていないとおかしいのです。
需要が減衰すれば値が下がるからといって「高いと言うなら買わなければいいじゃん。誰も買わなければ値段は下がるよ」とは言いづらいですね。
そうなると需給関係だけで何とかしようとするなら供給を増やすという事になってしまいます。
しかし
「どうやって供給を増やすのか」
「供給が増えても実際の消費は減っているんだから捨てられる米が増えるだけ」
という事は解決しないといけないと思います。
それはさておき、供給を増やすといっても米の量は有限です。
今年度の収穫までに出荷できる米の量の上限は昨年度の収穫時にあった繰り越し在庫を含めた米の量です。
ですから令和7年度(2025年度)の収穫があるまでの間に出荷できる米は現在ある在庫だけです。
米は基本的には年に一回しか収穫できませんので、今年度に収穫できる米の最大量は今年度の田植えの時点でほぼ決まってしまいます。
つまり、米の生産量を増やすというのは結果がでるまで年単位の時間がかかる中長期的な取り組みになります。
しかし、米の増産というのは危ういと思っています。
平成の米騒動の翌年である平成6年度(1994年度)は前年度の米不足を解消すべく増産に勤しんだのですが、生産量がオーバーシュートして米余りになり一気に値が下がってしまいました。
これで米の消費量が増えたのならまだ良いのですが、平成6年度こそ騒動の前年度の平成4年度を若干上回る消費量があったのですが、平成7年度には騒動の年度ぐらいまで消費量が減っています。
そしてこれに対しての生産者などへの救済策は何もありませんでした。
足りないから増産しろと言っておきながら、いざ生産量が増えて値崩れして生産者が困窮しても知らんぷり。
これに似たような梯子外しは米に限らず牛乳でも繰り返し繰り返し何度も何度もやられています。
(2)米の供給能力の経緯
生産については一先ず置いておくとして、現在ある米の在庫から市場への供給量を増やす方策についてですが、それでは現在の供給能力がどれぐらいあるのかを見てみましょう。
既存の米の供給体制は消費者が消費する量の米を安定的に供給するための仕組みです。
それは現在も変わっておらず、消費者が食べる分、つまり『真の需要量』を上回る量の米は供給され続けています。
需要に対して100%の供給では品切れがおきます。
100%の供給だと最後の購入者は日本全国の店舗の中でまだ売っている最後の店舗の最後の一品を購入という事になりますので、瞬間的には需要を上回る供給ができる能力がなければパニックが起きます。
先細りしていく需要に対して、常に需要を一定程度上回る供給ができる能力を維持してきました。
維持といっても需要が下がり続けているのでどこまで供給能力を削減するかという調整という方がよいかと思います。
ではどれぐらい米の供給能力を削減したかをみてみましょう。
最盛期
生産量:1,445万トン(昭和42年度産・昭和43年度産)
需要量:1,341万トン(昭和38年度)
令和2年度(2020年度)産
生産量:776万トン ▲669万トン 54%
需要量:704万トン ▲637万トン 52%
参考
平成5年度(1993年度)産(平成の米騒動の年度)
生産量:783万トン
需要量:861万トン
令和2年度は50年ぐらい前の最盛期の約半分です。
記録的冷夏による大不作の平成5年度(1993年度)よりも令和2年度(2020年度)産の米は生産量も需要量も下回っています。
30年前だと緊急輸入を要する米不足だった生産量を下回る生産量で平穏に回っていたぐらい米を食べなくなっています。
米の生産量と消費量と政府の備蓄量の推移をみると政府の意向に振り回されて割を食わされる生産者と米卸売業者の図が見えます。
需要の減少に対応して既存の体制は生産者も流通業者も理性的に減産して維持している証左ではないでしょうか。
50年前の量を出せと言われたら生産も流通も対応は無理ですが、現状の真の需要量は十二分に賄える供給能力はあります。
(3)なぜスーパーの店頭から米が消えたか
筆者はほとんど見たことが無いのであまり実感がない(それより鶏卵の売り切れの方がよく目にした)のですが、スーパーで米が売り切れた日もあるにはあったようですね。
これは単に一日当たりの供給能力≒真の需要量を上回る供給量を超える購買、つまり食べもしない米を買う人が多数いたから店頭から無くなっただけでしょう。
令和4~6年度の米の年間需要量は玄米で約700万トンです。
この需要量の中には賞味期限切れなどで廃棄や加工用や飼料への転用や肥料化される米も含まれています。
※年間需要量の計算は、米卸売業者などの前年の6月末の在庫量に一年間の仕入量を足したものから今年の6月末の在庫量を引いた物なので、主食として食べられたのか転用されたのか廃棄されたのかなどは問いません。
ざっくりと需要量が玄米で年間730万トン(一日2万トン)としてみてみましょう。
需要ピッタリだと品切れになる店舗が続出するので、実際は年間でピークになる日であってもそれ以上の量を精米できる能力はあります。
どれぐらいあるかは統計が見つけられませんでしたが、農水省が発表した「令和7年6月1日から15日までの精米機の稼働率」の速報からざっくり計算すると最低でも一日当たり4万トン以上おそらくは5万トン以上はあると思われますし、実際はもっと多い供給能力があると思われます。
少なくとも、真の需要量の二倍から三倍程度の供給能力があります。
ただ、通常の需要に対して十分な余力を持って安定的に供給できる能力をフル稼働させても、尋常ではないパニック買いがあれば品切れにもなります。
普段の購入量の二倍も三倍も買ったら供給能力と拮抗して品切れになる店が出ても不思議じゃありません。
それに店頭から米が無くなったという時期も悪かったです。
新米がでだす直前で、出荷した途端に古米になって値が下がるので小売店は仕入れに慎重になります。
米の供給のボトルネックの一つが玄米を白米にする精米(とう精)工程です。
その精米工程が新米に備えてメンテナンスも必要でした。
一年で一番米が売れない時期にメンテナンスをするのですが、その時期にドンピシャで食べもしない米を買い漁るパニック買いが入ったためショートしただけではないでしょうか。
前年の高温などで高品質の米が減った(=中品質・低品質の米が増えた)という事も要因としてあり得ますし、令和6年(2024年)8月8日19時15分に出された『南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)』(8月15日17時に呼びかけ終了)による食糧確保も拍車をかけたとは思います。
但し、これらは切っ掛けではあったとしてもパニック買いが店頭在庫を根こそぎにして、それがまた新たなパニック買いを誘発するという悪循環をたどったのだと思います。
(4)精米施設の稼働率
『精米施設の半数近くが稼働率50%程度以下って話を小耳にはさんだけどもっと稼働させれば供給は増えるじゃん』
農水省が速報を出した『令和7年6月1日から15日までの精米機の稼働率』によると稼働率が50%程度以下の精米機の余力を合計すると1日1万トンになるとか。
ただし、あれは「余力がある」と回答した468業者が経営している534工場にある730台の精米機ごとの稼働率です。
ちなみに株式会社神明、木徳神糧株式会社、株式会社ヤマタネといった業界大手をはじめとした約400業者は「余力なし」との回答で除外されています。
また余力がある精米機のリストにパールライスの精米機は島根県の1台(しかも稼働率80%程度)しか載っていませんでしたので、パールライス(JAグループ)も余力なしと考えて問題ないと思います。
余力あり 468業者
余力なし 業界大手を筆頭に約400業者
地域最大級の精米工場を複数運営している業界大手やJAグループが「余力なし」と回答しているので、日本にある精米工場の精米機のかなりの割合が「稼働率が100%近くで余力のない精米機」ではないでしょうか。
さらに言えば「余力あり」と回答があった業者も月産1000トン以上の高能力精米機で余力があるのは少数にとどまります。
月産1000トン未満の精米機のおおよその稼働率ごとの台数
50%程度以下 263台
60%程度 35台
70%程度 51台
80%程度 42台
90%程度以上 152台
月産1000トン以上の高能力精米機のおおよその稼働率ごとの台数
50%程度以下 17台
60%程度 4台
70%程度 1台
80%程度 4台
90%程度以上 65台
業界大手を含むほぼ半数の業者がフル稼働中で、余力があるところも基本的には高性能精米機は稼働率が高く、稼働率に余裕があるのは使い勝手が悪い小規模な精米機が圧倒的多数というのが読み取れます。
小規模精米機の稼働率を上げるのは原料となる籾や玄米の輸送などの負荷が高いので現実的ではないと思われます。
つまり、業界としてはほぼフル稼働状態と考えて大過ないと思います。
この速報で農水省は何をしたかったのかを邪推してみます。
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※これはあくまで筆者の邪推ですので裏付けなどは一切ありません。そしておそらくは間違っています。
『米の供給能力がほぼ飽和していると発表したらパニックが加速しかねないから、供給能力には余力があると見せかけるよう対象を絞るなどの工夫を凝らした』
この資料を作った官僚はとても頭が良いと思います。
パニック買いに走りやすい深く考えない人には「精米工場はまだまだ余力がある」とテキトーな槍玉を提供することでパニックを防げますし、分かっている人が見れば「精米工場はフル稼働しているな」と分かります。
※繰り返します。これはあくまで筆者の邪推ですので裏付けなどは一切ありません。そしておそらくは間違っています。
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参考までに
神明のウェブページに精米工場ごとの精米(とう精)能力が載っていますが、中四国・御殿場の2工場が月産2,500トン、埼玉・東京・九州・阪神の4工場が月産6,000トン、西宮工場は月産12,000トンで、合計すると月に最大で41,000トン(約50万トン/年)の精米能力があります。
※玄米の重量なので出荷できる白米の重量は一割減と思ってください
木徳神糧のウェブページには年間30万トンとの記載があります。
二社合計で年間約80万トンになりますので年間約700万トンの供給の一割以上が二社で出荷可能という計算になります。
(5)米卸売業者などの現状の供給能力について
ここで、ふと疑問があるのです。
令和7年6月前半の精米能力の余力は稼働率が50%程度以下の余力を合計すると一日当たり1万トン程度はあるとのことですが、この1万トンは全部の精米能力からするとほんの一部でしかありません。
ですが、考えて欲しいのは日本の米の消費量は年間で700万トン程度しかありません。
これを単純に365日で割ったら2万トンにもなりません。
土日祝を除いた平日は曜日回りで多少前後しますが年に245日前後ありますから700万トンを245日で割ると約3万トン/平日になります。
令和7年6月前半の余力の一部を集めると1万トン/日ですので、実際は4万トン/日をはるかに超える量が出荷されている計算になります。
消費量を超える量の米が供給されている状況で、供給をこれ以上増やしても食べられもせず捨てられる米が増えるだけじゃないでしょうか。




