0.はじめに
マクロな視点から考えると、白米5キログラム2,000円程度で安値安定だった令和5年度(2023年度)以前に存在した米の生産や流通の仕組みに今回の高騰の原因があるとは思えません。
まず、供給不足は考えにくいのです。
少なくとも消費者米価が値上がりしだした令和6年初夏における新米である令和5年度産米とその後に値上がりが続いた令和6年度産米は、平成の米騒動とも呼ばれる平成5年度(1993年度)のような『極端な不作』ではありません。
平成の米騒動の時は瞬間的には3割ほど値上がりしましたが、今回のような二倍以上という値上がりではありませんでした。
※色々な要因はあるかと思いますが、三割の値上げ時点で物が無くなったので、それ以上の値上がりができなかっただけとも考えられます。
需要に対して九割ぐらいしか供給がない完全な供給不足の平成の米騒動でも値上がりは三割程度にとどまり、翌年度の早稲(収穫時期が早い品種)の供給以降は価格は落ち着き、逆に一割ほどの供給過剰になった翌年度の平成6年度(1994年度)は騒動前の平成4年度(1992年度)より値下がりするという事態になっています。
令和7年(2025年)7月に農林水産省(農水省)が『令和6年度(2024年度)の主食用米が32万トン不足していたと考えられる』旨の発表をしました。
これは需要量(JAや米卸が出荷した量であって食べられた米の量ではありません)が、想定の5.5パーセント増(37万トン増)の711万トンになったため、想定需要量の674万トンを上回る679万トンの生産量をしても需要量の95.5パーセントにしかならず、32万トン(4.5パーセント)の供給不足となったというものです。
この令和6年度の異様な需要増は『令和6年度産の米が収穫される前から起きていた』消費者米価高騰を受けての消費者のパニック買いや買い溜めによる需要増と考えるのが自然だと思います。
つまり『供給不足が原因で値上がりした』ではなく『値上がりしてパニック買いなどで異常な需要増が発生して供給不足が起きた』と考えた方が蓋然性が高いと思います。
次に、よく槍玉に挙げられている印象が強いJA(農協)や米卸売業者ですが、これまでの実態としては数十年以上続く需要減少と価格低迷により採算はぎりぎりや場合によっては赤字を他の事業の利益で補填しながら義務感・使命感で米の流通を維持してきました。
昨今の消費者米価の高騰がJA(農協)や米卸売業者が企図した物だったとしたら、もっと以前から消費者米価を上げて(実態としては下落を止めて)他の事業の利益からの補填で維持するのではなく米事業が自らの力で事業継続できる利益を得ていないとおかしいと思うのです。
だからJA(農協)や米卸売業者が原因で消費者米価が高騰しているとは私には考え難いのです。
そして、この儲けがでないというのは流通業者だけではなく生産者(米農家さんなど)も似たようなものというか、もっと酷いところもあって、米の栽培は完全な赤字で年金や兼業で得た収入で補填しているなどの例も聞き及んでいます。
農水省の令和4年度の調査では、米の生産者が年間所得(収入(売上高)から経費などを引いたもので、給与所得者の年収に相当するものと思ってください)が500万円になるのに必要な面積は15ヘクタール(1ヘクタールは100メートル四方・約3,000坪)という試算を出しています。
※あくまで全国平均的なもので、実際の生産者がおかれている状況は千差万別なので十把一絡げにこの通りではありません、というかこの通りにはならない例の方が圧倒的に多いと思います。
そして米は一つの農業経営体の経営耕作面積が増えると「収量当たりの生産費(≒原価率)」が低減する傾向が高い作物です。
経営耕作面積が広くなるほと原価率が下がるということは、経営耕作面積が狭いほど原価率が上がっていき収支は加速度的に悪化するし、集約化して経営耕作面積を広げれば加速度的に利益を得やすくなるという事でもあります。
先の試算のもととなった令和4年度の農水省の調査では、一つの農業経営体(ざっくりと一軒の農家さんと思ってください)が1ヘクタールの水田を営農していて米を作ると玄米60キログラム当たり平均で2万円ぐらいの生産費がかかっていましたが、これが5ヘクタールを営農する農家さんなら1.3万円ぐらい、50ヘクタール以上あれば0.9万円ぐらいの生産費になったそうです。
ちなみに令和4年度の生産者米価(相対取引価格)は玄米60キログラムで13,500~14,000円ぐらいですので、5ヘクタール未満の生産者のほとんどが赤字だということです。
なお、農水省の統計によると、令和4年度の北海道を除く一経営体当たりの経営耕作面積(米だけではなく全ての農業が対象です)の平均は2.3ヘクタールです。
※北海道は33.1ヘクタールで文字通り桁違いの経営耕作面積です。
※北海道の農業は別格なので、日本の農業統計は北海道と北海道以外で分けていることが非常に多いです。
※令和6年だと都府県平均2.5ヘクタール、北海道34.1ヘクタールと集約化は進んでいます。
先に述べましたが、そこそこ良い給与所得者並みの所得を米の栽培で得るには大まかには15ヘクタールぐらい必要なのに平均で2.3ヘクタールです。
つまり、大部分の米農家さんは「そこそこ良い給与所得者並み」どころか「僅かでも利益があれば……」でさえ高望みとさえ思えます。
自分がよそで働いて稼いだお金をつぎ込んで大赤字の米を栽培しているという兼業農家は相当数いると思います。
無償の奉仕活動どころじゃなく身銭を切っての奉仕活動とも言える状況は決して珍しい例ではないのです。
昭和のころは農閑期の冬場に大都市圏などに出稼ぎに行ってその収入で何とか生計を立てていたという例も多々ありました。
これらの低収益もしくは赤字という構造の根本にあるのは国策だとは思いますが、米事業は生産者も流通業者も儲かりません。
個々の事例であれば利益がでている生産者や流通業者もいるでしょうが、全体としては『赤字が前提で、僅かでも利益がでれば望外の喜び』な業界です。
それでも「食の安定供給」という使命感で米の生産流通を維持してきたのです。
もちろん、限界を迎えて廃業した生産者や流通業者もいます。
昨今の消費者米価の高騰ですが、仮に白米5キログラムの消費者米価が一昨年の240%の4,500円ぐらい(2,500円ぐらいの値上げ)になったとして、消費量を考えると消費者一人当たりの負担増は年間で約23,000円、月当たり約1,900円、一日当たり約63円程度です。
それで米事業が僅かでも利益が得られ今後の安定的な米の供給のためになるなら、これぐらいの負担は問題ないのではないか、これまでが異常だったのではないか、とも思ってしまいます。
もちろん、値上がりによる利益が生産者や既存の真っ当な米流通業者の手に渡るのが大前提ですけど。