8.JA(農協)悪玉論について【備蓄米を出荷しない】
JAが備蓄米を出荷しないという言説が散見されます。
ただ、これは『令和7年(2025年)の春に行われた新米(一部古米)の買戻し条件付き売渡し』と『初夏ごろからの買戻し条件がない随意契約の古古古米』は分けて考える必要があります。
(1)令和7年春の新米(一部古米)の政府備蓄米の売渡し分
わざわざ元政府備蓄米と名乗っていないだけで、令和7年春の政府備蓄米の売渡し分は、少なくとも令和6年度産の新米は普通に出荷されています。
令和7年春に行われた政府備蓄米の売渡しで、政府備蓄米の出荷シーンって誰か見ましたか? また、落札した業者の倉庫に元政府備蓄米を搬入するシーンを誰か見ましたか?
これは、新米や一部の古米の政府備蓄米の多くがJAの倉庫で備蓄していて、JAが落札しているからです。
どちらかというとJAの倉庫で備蓄している政府備蓄米の新米を狙い撃ちして売渡したといってもよいと思います。
なぜ政府備蓄米の新米がJAの倉庫で備蓄されているかというと、元々JAの倉庫にあったJAが所有して在庫している新米を政府が政府備蓄米として買い上げる事が多いからです。
買い上げた政府備蓄米は物理的にはそのままにしておいて、JAには政府から政府備蓄米の保管料を支払って保管してもらっています。
倉庫業は他者の持ち物を預かりますから、全ての在庫品に持ち主(荷主)が紐付けられています。
その紐付いている荷主の名義を変更(名義変更・名変)することで、物理的には一切動かさずに売主の出庫(名変出庫)と買主の入庫(名変入庫)が完了するというのは普通に行われています。
政府がJAから政府備蓄米を買い上げるときは、JAの倉庫にあるJA名義の米の在庫の荷主名義を日本政府名義に名義変更すれば、それで売買と現物の受け渡しが完了します。
JAが政府備蓄米を買い受けたときは、JAの倉庫にある日本政府名義の政府備蓄米の荷主名義を買い受けたJA名義に名義変更すれば売買と現物の受け渡しが完了します。
物理的には何も動きませんから、政府備蓄米の出荷シーンや搬入シーンを撮影できたとしても、在庫管理システムの名義変更処理を起動するだけですので、全く絵にならない絵面になると思います。
SNSで「政府備蓄米はJAの倉庫にあるから政府備蓄米を買い受けたJAが出荷しないのは保管料のただ取りをしているからだ」といった感じの投稿もありましたが、名義変更されて既に持ち主は買い受けたJAになっているのでJAが自分の在庫を自分の倉庫で保管しているだけの話です。
当然ながら政府は(売渡してていない政府備蓄米の保管料は支払いますが)売渡した政府備蓄米は政府の持ち物ではないので保管料は払いません。
そして重要なのは、春に売渡しされた政府備蓄米は令和6年度産の新米(一部令和5年度産の古米)です。
令和5年度産の古米は後回しにされているかもしれませんが、JAはフル稼働で令和6年度産の新米を出荷しているので、元政府備蓄米の令和6年度産の新米と最初からJA保有の令和6年度産の新米は区別されることなく令和6年度産の新米として出荷されています。
つまり、わざわざ元政府備蓄米とは名乗ってはいませんが、普通に出荷されていたのです。
なぜ、元政府備蓄米と名乗らないかというと最初からJAが所有していた米なのか元政府備蓄米なのかの区別ができないからです。
なぜ最初からJAが所有していた米と元政府備蓄米の区別がつかないかを説明します。
例えばとあるJAのとあるカントリーエレベーター(収穫した米の籾を乾燥・貯蔵・調製・出荷を一貫して行う施設)の6本ある保管サイロの1本当たり白米に精米したら200トンになる量の籾(約280トン)が保管されていて、カントリーエレベーター全体で白米換算1200トン(籾が約1680トン)が保管されていて、全量がそのカントリーエレベーターを所有しているJAの持ち物だったとします。
そして政府が白米換算で100トンを政府備蓄米として買い上げたとします。
そうすると全体で白米換算1200トンあるうちの白米換算100トンが政府備蓄米で残りの白米換算1100トンがJAの持ち物になります。
しかし、保管サイロの中の米の一粒一粒にどちらの持ち物なのかを区別なんてできませんので、JAの自己保有米として出荷した分(上限は白米換算1100トン)がJAの自己保有米で、政府備蓄米として出荷した分(上限は白米換算100トン)が政府備蓄米になります。
つまり、出荷時にJAの自己保有米なのか政府備蓄米なのかが確定する「シュレーディンガーの米」なんです。
そして、政府備蓄米の売渡しでそのJAが白米換算100トンを買い受けて自己保有に名義変更したら、全量が自己保有になります。
そうなると全量が出荷時にJAの自己保有米と確定します。
この例だと「元政府備蓄米であった米が約8.3パーセント含まれていると思われる」とは言えるかもしれませんが「だからどうした」ですね。
(2)初夏ごろからの買戻し条件がない古古古米
春の売渡し分と少々事情が異なるのが、初夏ごろに払い下げられてJA以外が落札した買戻し条件が無い随意契約の古古古米の元政府備蓄米です。
古米ならギリギリあり得るかもしれませんが、それ以上に古い古古米や古古古米は、カントリーエレベーターなどの短期間に大量に出荷できる装置がある倉庫には在庫していません。
カントリーエレベーターに納品されるのはその地域で稲刈りする短期間の時季に集中しますので、短期間の大量入出荷に対応した機械装置があります。
しかし、そのカントリーエレベーターは、収穫期にフル稼働させるために予め空にして清掃その他のメンテナンスしておく必要があり、長期間保管する古米より古い政府備蓄米は置いておく余裕はないと思います。
古米より古い政府備蓄米は各地の定温倉庫で貯蔵されていますが、その定温倉庫を管理運営しているのはJAだけでなくJA以外の倉庫業者に保管を委託している事もあります。
政府備蓄米を在庫している定温倉庫の運営体は突然数か月分の保管料金がなくなり……という事も。
そこらの事情は一先ず棚上げしておいて、最初期はパフォーマンス用に倉庫業者や精米施設に無理をさせて大々的に売りましたし、大量の古古古米が山積みになった売り場の映像などをご覧になられた方もおられると思います。
しかし、それ以降の古古古米の出荷に関しての話題としては「JAが出荷しない」「JAの出荷量が小ロットで日時場所も指定されていて遠隔地を指定されても対応できない」といった内容を多く目にしました。
いやいや、政府備蓄米は政府が売渡したんですから、受け渡し条件に文句があるなら無関係なJAに言うのではなく売主の政府に言ってくださいよ。
例えるなら家電量販店のネットストアで購入した商品が届かないと家電メーカーにクレームを入れるようなものですよ?
どうせ素人は分からないだろうとJAをスケープゴートにでもしている可能性さえ疑ってしまいます。
(3)令和7年度(2025年度)産の主食用米と政府備蓄米
令和7年度(2025年度)産の米は高温と水不足による不作が懸念されています。
平成の米騒動を含めて歴史に残るような壊滅的な米の不作のほとんどが冷夏・日照不足・冷害によるものですが、高温障害や水不足による不作もあります。
近い例で言えば令和5年度(2023年度)産の米がそうです。
令和7年度は大増産しているので米の量じたいはある程度確保できるかもしれませんが、歩留まりが悪くなって一等米がどれぐらい確保できるかは分かりません。
一等米・二等米・三等米・規格外米というのは玄米の検査規格で、整粒値(きれいに整った米粒の割合)が高く、不良米(被害粒、死米、着色粒、割れ米)や異物がとても少ない米が一等米で、二等米・三等米になるにつれ整粒値が悪くなり、不良米や異物の混入量が増えていきます。
また、それ以外の要素として米粒の大きさもあります。
実は米粒の大きさは同じ品種であっても結構バラバラです。
しかし、米粒の大きさが揃っていないとムラができて美味しく炊くことは難しくなります。
そこで篩網にかけて米粒の大きさを揃えます。
篩網の目の大きさは0.5ミリメートル刻みで1.70~2.00ミリメートルぐらいまでの物があるそうです。
どれぐらいの目の大きさに引っかかる米を合格とするのかは地域や業者でバラバラですが、基本的には大粒の方が美味しいと言われています。
たいていのところが最も狭いのが1.70ミリメートルなので、この目の大きさの篩網から落ちる米は主食用米としては使わない(加工用などに回す)事が多いそうです。
推奨されているのが1.80ミリメートルでこだわりの業者は1.90ミリメートルやそれ以上の篩網を使う事もあるそうです。
この篩網に引っかかって落ちなかったものを「網上」、篩網の目より小さくて下に落ちたものを「網下」ということが多いです。
網上が合格、網下が不合格という事ですね。
令和7年度産米の早稲は収穫が始まって新米も店頭に並んでいますが、聞いた話だと例年より網下が多いとのことです。
この米の等級と米粒の大きさを選別するのは籾の状態では難しく玄米にしてからになるので、令和7年度産米が想定以上に高温障害による白化米が増えて一等米が激減し、米粒が細かったり小粒だったりで網下が多くなって、質と量の両方が低下する可能性は捨てきれません。
令和6年(2024年)6月末のJAや卸売業者などの在庫量に余裕がなくなった(足りなくなるではない)という報道が価格高騰のトリガーになったという考え方もできますが、令和6年6月末の在庫が想定以上に少なくなった要因として令和5年度(2023年度)産米が高温障害などで想定以上に一等米が減り網下も多かったためという話もあります。
下手するとまた消費者米価の高騰にブーストがかかりかねないので、令和7年度産の主食用米の歩留まりが悪いようなら、高価な高品質と廉価な低品質というすみわけでやっていきたいものです。
本来はそういった不足に対しての備えが政府備蓄米の役割なのですが、政府備蓄米自体が……というのが現状です。
もしも、令和7年度産米が不足だとしたら政府備蓄米の確保も厳しくなり、確保と同時に放出とか……
生産者やJAもダンピングに使われた政府備蓄米の補充のために例年以上の量の政府への販売にどれだけ応じるのか。
歴史的経緯から考えたら不本意ながらも販売するとは思いますが。




