第1話② 出会い──それは突然に あとついでに運命的に
「ねえ、田辺さんって何か好きなものあるの?」
「え?」
「だから、好きなもの」
ツインテールの少女──西尾 咲さんが私に尋ねる。
なんでもない質問。でも、それが私にはつらいよ……。
私が入学した城峰第二中学校は、二つの小学校から上がってくる子がほとんどだ。私とのんちゃんの小学校とは違う小学校から来た西尾さんと話していたら、趣味の話になっちゃった。
趣味の話は、言いづらい。
だって……趣味の話にはいい思い出がないもん。
しかも田中さんが、話には入っていないけど、近くに座っている。
西尾さんは、興味しんしんに聞き続けてくる。
「ほら、私はアイドルがけっこー好きでさ、飛鳥田さんはスポーツが好きっしょ。したら、田辺さんは?」
「えーと、うーんと……」
「ほらりんちゃん、アイドルとか好きだろ?」
私が答えに困っていると、のんちゃんが助け船を出してくれた。
「……うん」
ウソじゃない。ウソじゃ。
「マジ? いっしょじゃん。うちHOTBOYS推しなんだよね。田辺さんどのグループ好き?」
西尾さん、勢いに圧倒されちゃう……。
すごい元気。
HOTBOYSというのは韓国の男性グループで、あまり詳しくない私でも知ってるくらいは有名。
「私は……キラメキ・ドリーマーズが好き」
「あ~なるほど。私、女の子のグループはあんま詳しくないけどさ、知ってるよ! かわいいよね」
「うん……私、かわいいの、好きなの」
「へへ、いいじゃん」
白いリボンのついたヘアゴムで結ったツインテールを揺らして、西尾さんが笑う。
趣味はちょっと違うけど、伝わってくれてうれしいな。
西尾さんは、いい人っぽくて安心。
学校が終わって、私とのんちゃんの二人で帰り道を歩く。
まだ夕焼けというほどでもなく、真っ昼間でもない時間。太陽は下がり始めていて、私の顔をまぶしく照りつける。でも、少し肌寒くなってくる、微妙な時間。
のんちゃんとの二人の時間。
クラスだと、どうも田中さんのことを意識しちゃって、落ち着かない。
でも今なら、私もリラックスできる。
私は、今日のんちゃんに言いたかったことを一つずつ話していった。
「あのね、のんちゃん。昨日ね、リコちゃんの新しいドレスがついに完成したの」
「お、よかったじゃん」
あ、リコちゃんって言うのは、着せ替え人形のこと。
私はその人形のためのお洋服を手作りしてるの
すっごくかわいいんだから!
……そう。
私、人形が好き。
さっき言えなかった、私の一番の趣味。
のんちゃんにだけはよく人形の話をする。
「帰ったら写真送るよ」
「おう」
「のんちゃんとなら、こーゆー話を思いっきりできるの。うれしいな」
「……そうだな」
「自分で言うのもなんだけど、ドレス、すっごくかわいくできた自信あるよ」
「……」
どうしたんだろう、のんちゃん。元気、ないかも?
小学校の頃からいつも一緒に帰っていた。のんちゃんは、ちょっと遠回りをして私の家まで着いてきてくれたっけ……。
いっつもパワフルにお話ししてくれたし、私の話もよく楽しそうに聞いてくれてた。
のんちゃんらしくなく、今日は静かね。
なんでだろう……。
会話がとぎれて、二人黙って並んで歩く。
ゆっくり時間がすぎていく。まるで凍っているみたいに。
だんだん空が色づいていく。夕方って、気づいたら一気に空の色が真っ赤っか。人も空も動物も、せわしなく動き回ってる時間。
私たち二人の時間は、せわしない夕方から浮き上がってるみたいに静かに凍りついていた。
そんな凍った時間を壊して、のんちゃんがいきなり立ち止まる。私も立ち止まって、のんちゃんの方を見る。
「ごめん……りんちゃん。田中と気まずいの、私のせいでもあるよな……」
りんちゃんは、少しあいまいな言い方をしたけど、私にはなんのことかすぐ分かった。
小五の、アレの話のことだ。
私にイジワルを言う田中さんを、のんちゃんが殴ったことがあった。
それを思い出すと同時に、いろんな気持ちが胸にあふれ出してくる。悔しくて、悲しくて、うれしくて、かっこよくて、あこがれて、申し訳なくて、さみしい……。
あふれ出した気持ちが出口を探してうごめいている。
「そんな……ことない……」
考えがまとまるよりも先に、口から気持ちが飛び出す。
「のんちゃん悪くないよ! 私のため……だもん。私……そんなことであやまるのんちゃん、見たくない!」
思わず声が大きくなっちゃった。
「りんちゃん……」
りんちゃんは下を向く。
目線が合わない。伝わってる、のかな。わからない。
でも、止まらない。
気持ちはあふれ続ける。
「……たしかに、いきなりボコボコ、ノックアウトだもん……。ビックリだったよ。でも、かっこよかった、うれしかったもん……!」
のんちゃんは呆気に取られてる。
……あたしも、こんなこと言うなんて、自分でビックリ!
こんなはっきり気持ちを言うなんて……私の心の準備が出きてないよ……。
二人で立ち尽くす。のんちゃんは照れくさそうに腕をせわしなく動かしてから、後ろで手を組んで、
「ありがと……」
と言った。合わなかった目線が合う。
「えへへ……なんか恥ずかしい……」
今度は私の方が目線をそらしちゃう。そして、両手をグーにして体の横でギュッて力を入れていることに気づく。
恥ずかしいとき、ついやっちゃうんだよね……。
目がちょっと熱い。
今さら恥ずかしがる私を見て、のんちゃんは笑って歩き出した。私も少し遅れて歩き出す。
「うん……うん」
そうやって一人でうなずいてから、のんちゃんは私の方を振り返ってニッと笑って話し始める。
「また何かあったら、私に言えよ。今度はもうちょっと、うま~く助けてやっからさ……」
そんな言葉がうれしくて、また目が熱くなりそうな気がした。
だから私は、ごまかすように冗談っぽく返す。
「バレないように、シュッて始末しちゃう?」
「そう。うまく暗殺……ってちがうわ!」
私のしょうもない冗談に、ノリノリ元気にツッコミを返してくれる。
「ふふ」
「ははは」
帰り道を、私とのんちゃんの笑顔がキラキラに染める。