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第4話⑤ こんにちは異世界

 私はホテルに入る。

 ホテルには食堂がついてるみたいで、そこはお客さんがいっぱい。でももう食べてる最中の人ばっかで、新しいお客さんはもうあまりいなさそう。

 食事どきの終わりかけって感じ。従業員たちがみんなお疲れの表情。なんか悪いな、と思いつつ、一人に声をかける。

 オーナーの娘のナツキちゃんの友達なんですけど……と言ったら、オーナーがいる場所まで案内してくれる。

 オーナーは床を掃除してた。

 オーナーは四十くらいかな……?

 おじさん。だいぶ疲れてるみたい。目の下にクマもある。だいぶ痩せてて、長身だからスタイルがいい。でもちょっと不健康そうな感じもする。


「ナツキの友達……?」

「はい」

「ナツキ、どこいったんだ?」

「この辺の子か? 服も変な感じだし」

「えーと、その、とおーい所から来ました」

「ああ、そう……で、何の用?」

「……ひどいと思います。ナツキちゃんが家出したのは、さみしかったからなのに……」

 いきなりこんなこと言うなんて失礼なのはわかってる。でも、言いたいの。言わなきゃいけない気がしたから。

「家出? それ、なに?」

「……え?」


「しかし……ナツキが家出してたとは……今さら驚き、桃の木、山椒の木」

「はあ……」

 オーナーの部屋に案内されて、一通り説明したの。

 なんか、「家出します さがさないで」って紙をナツキちゃんは置いていったって言ってたけど、ナツキちゃんのパパ──ナオフミって名乗ったその人はそんなの知らなかったみたい。ただちょっと遊びに出かけただけかと思ってたんだって。だから、大して心配もしてなかったって。

 なーるほど。じゃあ、やっぱりナツキちゃんの勘違いだったのね。

「でも、あの客とのトラブルで、そんなにナツキが傷ついてるとは思わなんだ。客と無用のトラブルは避けた方が楽だから、ああしただけなんだが……」

 うん。ナオフミさんが言ってること、正しい。

 でも……ね、ナオフミさん。それだけじゃない。

「ナツキちゃんが言ってることも、正しいんです。ナツキちゃんにとっては。子どもには、子どもの理屈があるの……」

 私の言葉を聞いて、ナオフミさんは一瞬固まって、私の方を見た。だいぶ目の下にクマのある、疲れきったおじさんなんだけど、目は透き通る何かがあった。

 ナツキちゃんのお父さんって感じがした。

「……ああ。それは、そうだ。うん。確かにな。悪いことしたかもしれない。ん……じゃあ、さっきの手紙って……」

 ナオフミさんは一度玄関の近くに置きっぱになってるナツキちゃんのお手紙を取りに、階段を降りていく。

 私も着いていくと、紙飛行機が玄関に落ちていることに気づく。

 もしかして、マーシャちゃんが魔法で飛ばしてきたものかも。

 その紙飛行機を開くと、やっぱりマーシャちゃんが書いた字で、

「ナツキ ウラ山にいる ねた」

と書いてある。

 この紙をナオフミさんに見せると、とても安心したみたいだった。

 そしてナオフミさんは、ナツキちゃんが置いていった手紙を開く。


 パパへ


 家出してごめんなさい。

 パパが悪いんだよ。

 でも、ナツキも悪いです。

 ホテルと食堂なんてたいへんすぎです。

 パパがしんぱい。

 どっちかやめよう。

 

 ナツキより


「なんだこれ……」

 たしかに、絶妙に謝罪なんだかわかんないお手紙。

 でも……。

「気持ち、こもってますね」

「ああ……たっぷりと」

 ナオフミさんの口が少し上がったのを、私は見逃さなかった。

「ふふ」

 私の視線に気づいて、ナオフミさんは真顔に戻った。真顔を作ってる感じ。

 まったく、素直じゃないんだから……。

 ま、結局似たもの親子ね。

 おほん、とわざとらしくせき払いをしてから、ナオフミさんは話し始める。

「えーとだな、こんな手紙、ナツキがくれたの初めてだから。どうもうれしくなっちまった。うれしくなってる場合でもないか……」

「応えてあげなきゃ、ですよ」

「でも俺は……手紙なんかガラじゃない。会って言葉で伝えるのは、ちょっとヤだね」

「も~子どもなの⁉」

 思わずそう言っちゃった。失礼すぎる……。

「……って、すみません……」

 ナオフミさんは口をポカンと開け、目もまん丸にする。つい、言っちゃった。……だって、あまりにあまりなんですもの……。

「……はは。別にいい。君の言ってることは、正しいからね」

 こういう親子げんかのときって、どうしたらいいのかしら……。

 自分の経験を振り返る。

 ママとけんかしたとき。ママは仲直りのカップケーキとか作ってくれたっけ。

 私がお菓子が好きなのは、お菓子には、砂糖とかチョコとかじゃない、それらよりもっとも~っと甘い、甘くて苦くて、でもやっぱ甘い、そんな思い出が詰まってるから。私がお菓子を作るようになったのも、ママが作ってくれたお菓子のおかげ。

「やっぱり、仲直りといえばお菓子ですよ」

「はあ……そーゆーもんか?」

「そーゆーもんです。だいたい」

「まあ、ナツキは確かに甘いのが好きだが……」

「食堂のキッチンって借りられますか? ナオフミさん、作りませんか?」

「いやまあ、今食事どきをすぎたから、そろそろ食堂はいったんお休み。だから、できるよ? でも、ホテルの仕事とかあるから」

 ナオフミさんは笑う。……もしかして、ちょっと安心してるのかも。どんだけ作りたくないの……。なんてめんどくさい親子。

 ナオフミさんは話は終わりと言わんばかりに、立ち上がったそのとき。

「……任せてくださいよ」

「ええ。私達に」

 ガチャッとドアが開くと同時に、若い男の人と女の人一人ずつが、濃い緑の服にエプロンを着けている。

 この服組み合わせ、ナツキちゃんやナオフミさんと同じだ。このホテルの制服なのかな。

そしてこの二人は、このホテルの従業員?

「おまえら……盗み聞きしやがって……」

「はい、すみません。でも、バッチリ聞きましたからね。聞いちゃったものは戻せません」

と男の人が開き直って言う。

「仕事は……」

「まあまあ、そんなこといいじゃありませんの。今はナツキちゃんですよ。パパ」

 ナオフミさんを遮って、女の人も言う。「パパ」って言うときの、その女の人の楽しそうな顔!

「パパって……」

「ホテルは僕らに任せて、ナツキちゃんのためにお菓子でもなんでも作って、行ってやってくださいよ」

「そうです」

 二人は口々にそう言った。

 ナオフミさんって無愛想な感じだけど、従業員にはけっこー慕われてるのね。

 ステキ。

 ナツキちゃん。あなたのパパ、しっかり働いてるのよ。

「じゃあ決まりですね!」

 私はそう言って、ナオフミさんの背中を押してキッチンに連れて行く。

「ええ……ああ、もう、わかった、わかったから」

 私は部屋を出て行くときに、若い男の人と女の人の二人と目が合った。二人は私に親指を立てて、にやっと笑ったの。私もウインクをする。

 名前も知らない人だけど。言葉は交わさなくても、伝わるものもあるのね。


 食堂がある玄関に向かうために、階段を降りてるとき、

「でも俺、料理もあまりしないんだよ。本業はあくまでホテルのオーナー。食堂の方は料理人にほとんど任せてるから」

とナオフミさんは言った。

「大丈夫ですよ。私……教えます」

と私が言うと、

「はあ……ま、お願いしますわ……」

と納得してくれた。

 ちょうど玄関の前を通ったら、ちょうどマーシャちゃんが戻ってきた。

「なんだこれ……小さい」

 ナオフミさんがそう言う。

「マーシャだよ! もしかして、ナツキのパパ?」

「え、まあ、そうだけど。もしかして、君もナツキの友達?」

「え、あー、うん。まあそんなとこかな」

 ナオフミさん、だいぶ落ち着いてる。

 ナツキちゃんもそうだったけど、なんかこの世界の人は、小さな妖精を見ても反応が薄い。

「……驚かないんですか?」

と私が聞くと、

「いや、まあ、初めて見たけど。魔物の一種かと思えば、まあ、あるかなって」

ってナオフミさんが答えた。

「魔物⁉」

「魔物。え、知らないの? 魔物を。それは不思議だな。どれだけ遠いところから来たんだか……」

「そんなのがいるんですか?」

「いるよ。その辺に。まあここ十年くらいでだいぶ数も減ってきたし、あまり見なくなったけどね。いいことだ」

「へえ……」

 マーシャちゃんが眉間にシワを寄せて、

「……魔物って、いつからいるの?」

と聞く。

「いつからかねぇ。よくわからない」

「そっか……」

 マーシャちゃんも魔物のこと知らないのかしら。あれ、マーシャちゃんってこの世界から来たのよね……。

 色々不思議なことが多いわ。

 ……ってそういえば。

「マーシャちゃん。ナツキちゃんは?」

「あたしらが出会った山の木の上に秘密基地があるみたいで、そこで寝ちゃった」

「そうか……」

「しばらく起きなさそうだから、様子見に来ちゃった。いーなー、あたしも秘密基地ほしーっ!」

「はいはい。また今度ね」

「絶対、絶対だからね⁉」

「はいはい」

 軽く流す。今はそれどころじゃないもの。

「マーシャちゃん、ナオフミさん、キッチン行きましょ」


 キッチンを見て、必要な器具や材料があるか確認する。

 うん。材料はだいたいあるわ。

 チョコも卵も小麦粉もバターも。

 生き物に由来するものは、マーシャちゃんの魔法でも生み出せないってことは、小麦粉も卵もダメってこと。それらは全部そろっててよかった。

 器具は……型がないわね。

 あくまで食堂だから、お菓子用の型とかはないみたい。

「ナオフミさん、ガトーショコラ作りましょ?」

「ガトーショコラ? 本とかでは見たことあるけど、食ったことないなぁ。この辺お菓子屋とかないんだよ」

「以外と簡単ですよ。やってみましょうよ」

「まあ、いいよ」

そして、マーシャちゃんに、

「型を出したいの。魔法、使える?」

と耳打ちする。

「よくわかんないけど、いけるよ!」

と言って、ステッキを出した。

 って、今ステッキを出したら、魔法がナオフミさんにバレちゃう!

「え? 魔法で物を出せるワケないだろう」

 ナオフミさんがそう言った。

ん……? なんか思ってた反応と違うわ。

「魔法ってすでにある物を動かすことはできても、生み出すことはできないというのは常識だろう?」。

「魔法のこと、知ってるんですか?」

 私がそう聞くと、ナオフミさんは答える。

「当たり前。常識さ。俺だって、小さな石を浮かす魔法くらいできる」

 ええ!

「やってみる?」

「お願い! やってみて」

 マーシャちゃんは興味しんしんでお願いした。

 ナオフミさんは二十センチくらいの棒を取り出す。

 そして、慣れた手つきで一振り。

 すると、目の前の石がちょこっと浮いたのだった。

「すっご~いっ!」

 ビックリして思わず大きな声を出してしまう。

 さすが異世界って感じね。

 ほめられてうれしいのか、ナオフミさんは頭をかく。

「これくらい、誰でもできる。……でも、物を無から産み出せないんだよ。知らなかったのか?」

「物を生み出すことができるようになるのが魔法だと思ってたんだけど……⁉」

 マーシャちゃんが上でビックリ。

 マーシャちゃんにも知らないこと、けっこういっぱいあるみたい。

 ととと。そんなことより。

「じゃあ、型、出しましょ」

「うん!」

「ナオフミさん。いいって言うまであっち向いててください」

「はあ……」

「なんで? 別に隠すもんでもないじゃん」

 マーシャちゃんも不思議そうな顔をする。だって、ひたいにキスするの見られるの、ちょっと恥ずかしい。

「いや、だって……とにかく!」

「え、うん。じゃあ!」

 また、マーシャちゃんが私のひたいにキスをする。

 二回目だもの。まだちょっと慣れないわ。なんかドキドキしちゃう。

 キスにも、心の中にマーシャちゃんが入ってくる感覚にも。

「いいですよ。ナオフミさん」

「はいどうも」

 ナオフミさんがマーシャちゃんを見る。

「あのステッキ……なんだ?」

 ステッキも初めて見るのかしら。なんか、ナオフミさんとマーシャちゃん、魔法の理解が全然ちがう。

「型よ、出ろ!」

 ぽんって音とともに、細長い型が出てきた。

「やった」

「すごい……こんな魔法、初めて見たぞ……」

 私とナオフミさんが口々に驚きの声を上げる。

「ふっふーん、すごいでしょ! うん、すごいすごい」

 自画自賛が止まらないマーシャちゃん。ま、それは置いといて……。

「じゃあ作りましょ。レッツクッキング! とぎゃざーっ!」


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