第4話④ こんにちは異世界
書いたお手紙を持って、ホテルに向かった。
古びた二階建て木造のホテル。結構宿泊客がいるみたいで、それなりに活気があった。
邪魔しちゃ悪いから、私たちは外で待ってた。
「さかみちホテル」
「大衆のさかみち食堂」
って看板には書いてある。あれ、日本語?
そういえば、みんな話してるのも日本語だ。
異世界なのに。
どういうことかしら?
そういえば、マーシャちゃんも日本語をしゃべる。
私がそんなことをかんがえていたら、
「よくない……家族が離ればなれになるの」
と、マーシャちゃんがボソッともう一度私に言った。
「そうね」
私は答える。ずっとまっすぐホテルの方を眺めてたマーシャちゃんは、一度私の方をちらりと見て、またホテルの方へ視線を戻して言う。
「でも、これって、穂もそう。家族と離れたまんまなんて、よくない。穂……ほんとに……」
どんな言葉が続くのか、私はすぐわかった。だから、遮る。そんな言葉、聞きたくない。
「いいのよ! 私はマーシャちゃんと一緒にいたいんだもの」
「うん……」
「それでね~かわいい服いっぱいマーシャちゃんに着てもらうんだ~ふ。ふふ。えへへへ」
「あっそ……」
あれ、マーシャちゃん、あきれてる?
そんな……今言うべきはこれじゃなかったかしら……。
マーシャちゃんは急にどうでもよくなったみたいで。
「……あ、ナツキ!」
と言って、私の髪をツンツンと引っ張る。ホテルの方を見ると、ナツキちゃんが出てきた。顔は真っ赤で、うれし涙を浮かべて……。
と思いたいところだった。確かに顔は真っ赤だし、涙を浮かべてるけど、うれしそうに見えない……。
ナツキちゃんは私たちをにらみ、
「ウソつき!」
と叫び、走り去ろうとする。
「ちょっと待って!」
私はとっさにナツキちゃんの腕をつかむ。
「離してっ!」
「待ってよ! 話、聞かせてほしいな……」
そう言ったら、ナツキちゃんは力を抜いた。
「わかった。教えるから……」
私、手紙渡そうとしたら……
「どこ行ってたんだ、ナツキ……。ったく早く手伝え」
「……それだけ?」
「それだけってなんだ……? 早く手伝ってくれよ」
「……うん。手紙あるんだけ……」
「あー、すまん、あとでな」
全然私の家出のこと心配してなかったし、手紙も受け取ってくれなかった。
ナツキちゃんはそう言った。
「わかった? パパ、私のことキライ。私の心配なんか……してない」
「そんな……」
「ウソつきっ!」
吐き捨てるようにそう言うと、ナツキちゃんはゆっくりと歩き出した。
「あたし、あっち行く。穂、パパの方」
マーシャちゃんは耳元で私にささやく。こういう時にとっさに動けるの、マーシャちゃんってすごいなぁって思う。
「あ、ちょっと待って。紙と鉛筆を思い浮かべて」
「え……うん」
「連絡手段。魔法でこれ飛ばして連絡取る。これを魔法で出すためには穂の想像力が必要。あたしを手に乗せて、頭の前に。目をつぶって、紙と鉛筆のことを想像して」
言われた通りにして、私は目を閉じる。紙、紙、鉛筆、鉛筆……。
ひたいに柔らかい感触……ってこれ……まさか⁉
私はとっさに目を開ける。目の前にはマーシャちゃんの体。やっぱり!
「わあ!」
私は顔を離す。マーシャちゃん、私のひたいにキスをしてたの!
「わ、ちょっとぉ! 失敗しちゃったじゃんか!」
「先に言ってよ、ビックリするじゃないの……」
「別にいいじゃん、これくらい。そんな気にすることないって!」
うーん、えー、まあ、そう……かも。いや、ホントにそうかなぁ……。
「じゃーもう一回」
マーシャちゃんが私の戸惑いなんてお構いなしに先に進む。
目を閉じる。紙、鉛筆……。
ああ、キスされるって考えたら、変にドキドキしてきちゃったじゃないの。
紙、鉛筆……。
Chu☆ってマーシャちゃんの唇が私のひたいに当たる。
私、こーゆーの初めてかも……。わあ……。
私の心が、マーシャちゃんの心とふれあっている感じがする。しっかりと、べったりと近くに。
突然、マーシャちゃんが私の中に入ってきた。
ウソじゃないの。ほんとにこんな感覚。私の心にマーシャちゃんの手が入ってくるみたい。
マーシャちゃんと私の心の境界がぐにゃぐにゃしてる。だんだん溶け合っていくような……。不思議ね。
なんかくすぐったいような、変な感じ。
でも、あったかいわ。悪くない。
「ねー、変なこと考えてないで、ちゃんと紙と鉛筆のこと考えてよ!」
マーシャちゃんの声が聞こえる。声っていうか、考えっていうか。直接心に聞こえてくるの。
「ごめんごめん」
私もそう念じてみる。これで聞こえているのかわからないけれど……。
紙と鉛筆のことを考える……。
「よしっ!」
マーシャちゃんが急に遠くなっていく。暖かい手が私の心から離れていく……。
「もういいよ」
そう声が聞こえたので、目を開けると、そこにはマーシャちゃんがニッコリ笑っていた。魔法のステッキの先がオレンジに光ってる。マーシャちゃんはステッキを振り上げ、叫ぶ。
「紙と鉛筆よ、出ろ!」
ぽんって音とともに、鉛筆一本と小さな紙切れが五枚くらい出てきた。
「わあ!」
「ふっふーん、すごいでしょ! うん、すごいすごい」
自画自賛が止まらないマーシャちゃん。ま、それは置いといて。
「この紙を、ホテルの入口まで飛ばすから。よく見ててね」と言って、マーシャちゃんはステッキを振り、自分の体を浮かせる。紙と鉛筆を両手に持って、ナツキちゃんに上からついて行く。
そっちはよろしくね。マーシャちゃん。