第4話③ こんにちは異世界
ナツキちゃんは語り始めた。
パパ、旅館やってる。
ナツキとにいに、よくお手伝いする。
パパ、夜遅くまで仕事しててさみしいときもあるけど、しょうがないと思ってずっとガマンしてた。
お手伝いすれば一緒にいられるし。さみしくない。
今日、コップ持ってたら客とぶつかった。客の方が走ってきて、ナツキにぶつかった。コップのお茶が客にかかって、客がとても怒って……。
「おい、お前がオーナーか? てめぇのガキが俺にぶつかって、俺の服が濡れちまったじゃねえか! 拭けばいい問題じゃねえよ。どうしてくれんだよ! ……ところでさぁ。俺、村長の息子のヤスノリと友達なんだよな。ヤスノリに色々よろしく伝えとくことだって、できんだからな」
パパ、何度も何度も、何度も何度も、そいつに謝った。謝るパパ見てたら、胸が……ぎゅって、ぎゅぎゅって、感じ。苦しかった。
しかもパパ、頭つかんでむりやりナツキにも謝らせようとしてきたの。
「……ごめん……なさい」
謝った。謝らされた。ヤだった。
パパが、ナツキの話も聞かずに、ナツキを客に、謝らせた。
そのことが、ほんとに……ほんとに……耐えられなかった。
「まったく……忙しいのに変なことするんじゃない」
パパ、その客との話終わっても、不機嫌で。ナツキの話聞いてくれないし。それが、ヤだった。パパがと大げんかになって。
「パパ、だいっきらいっ!」
ナツキ、家出してきた。
もーあの家には帰らない。
ナツキちゃんはそう語った。
「そうだったんだ……」
「……帰りなよ」
マーシャちゃんが、いつもの元気な感じとは対照的に、ゆっくり話す。
一言一言しぼり出すように。あふれ出さないように、冷静に。
マーシャちゃんは、さっきもママの話があったけど、「家族」ってものに敏感なのかも。
ママのことを思い出せないって言ってたけど、だからこそ、強く想っちゃうのかもしれない。
ナツキちゃんは、マーシャちゃんをにらむ。マーシャちゃんもナツキちゃんのことをにらみ返す。このままだとケンカになっちゃう……。
「まあまあ」
と、とりあえず落ち着かせるために間に入ると、ナツキちゃんは私の目を見る。ほんの少しだけ目が合って、ナツキちゃんはまたそっぽを向く。
「パパ、キライだもん。パパもナツキのことキライ。だから、もう帰らない」
「キライでもっ! ……いるじゃん。パパ。なら、会おうよ。もちろん、離れた方がいいような親もいるだろうけどさ。ナツキのパパは、ほんとにそんなパパ? よくないよ! 家族が離ればなれって、よくない!」
マーシャちゃんは抑えきれないみたいで、感情が言葉の節々で跳ね回ってる。
マーシャちゃん……。
ううん。今はとりあえずナツキちゃんね。
私もナツキちゃんの説得に加わる。
「ナツキちゃんのパパ、お仕事がんばってるんでしょ……? お仕事、きっととっても大変なのよ……ほんとにナツキちゃんのパパは、ナツキちゃんのことキライかなぁ?」
「そうに決まってる……仕事のことばっかだし……」
ナツキちゃんはなかなかわかってくれない。でも、私、ナツキちゃんの気持ちよくわかるのよね。だって……
「私のパパのお仕事、船に乗ることなの。だから、いっつも家にいないし、全然帰ってこないのよ。私、ずっとさみしかった。いや、今だってちょっぴりさみしいわ」
私が自分のパパをしたら、ナツキちゃんは興味を示してくれたみたい。近づいてきて、私を見上げて、
「穂……ナツキと同じ気持ちじゃん。ナツキの気持ち……わかってくれる?」
「もちろん。わかるわ。私の方がちょっぴり年齢は上だけど……気持ちは、ナツキちゃんと気持ちは同じよ」
「じゃあ……家出……手伝ってよ……!」
懇願するように私を見上げるマーシャちゃん。また、目が合った。その透き通るような目。
透き通ってて、鏡みたい。瞳には私が映る。私と目が合う。
私、ナツキちゃんに言ってるのか、自分に言い聞かせてるのか、ちょっとわからなくなってきちゃった……。でも、私が言ったこともホントだし、ナツキちゃんの気持ちが痛いほどわかるのもホント。
私はそっとナツキちゃんの頭をなでる。
さみしいのね……。
当たり前だけど、家出は解決にならない。
「ううん。それはできないわ。もっとさみしくなっちゃう」
「……」
ナツキちゃんは黙り込んでしまう。
「ナツキちゃんのご飯とか服とか……買うお金はナツキちゃんのパパが働いて手に入れたお金じゃないの?」
「それは……多分そうだけど……」
「お仕事してるからといって、ナツキちゃんのパパがナツキちゃんのことどーでもいいと思ってるなんて、私、ないと思う」
「パパとわざわざ離ればなれなんか、ならなくていいならならない方がいいに決まってんじゃん!」
ちょっと落ち着いたマーシャちゃんが、言葉を重ねる。やっぱり気持ちが言葉に踊ってるけれどね。
でも、気持ちがこもった言葉は、ナツキちゃんの心に届くかも。
ナツキちゃんは、唇をとがらせて、うつむいて黙り込んでしまう。目にキラッとお星さまがまたたいた……気がした。
「もいっかい聞くね。ナツキちゃんのパパ、ほんとにナツキちゃんのことキライかしら?」
「……」
手をぎゅってして、黙り込む。ナツキちゃんは口を開く。気持ちをしっかりと言葉にしながら、一つ一つ丁寧に、ゆっくりと。
「……わかってるし。それくらい……。パパ、キライなとこ、あるけど。スキなとこもあるもん……」
その言葉を聞いたら、私までうれしくなっちゃったの。
見上げたら、頭の上のマーシャちゃんも同じみたい。マーシャちゃんと目が合って、私たちは笑い合う。
こうして同じことで笑顔になるの、なんかうれしい。マーシャちゃんと、同じ時間を重ねているのね。
「……私、家帰りたい、かも」
ナツキちゃんはついにそう言った。
「うん。帰りましょ」
「でも。なんか、帰りづらい。『家出します さがさないで』って手紙置いてきた……会ってなんか言うの恥ずかしい」
まあ、その気持ちもわかるよ。きっと、探さないでって書いたのに、自分から戻るなんて……とか思っちゃうんだよね。踏み出さないと前に進めないもの。
「お手紙とか書いて気持ちを伝えたら?」
私はそう言ってみる。お手紙の方が気持ち伝えやすいってあるよね。
「たしかに……」
ナツキちゃんはうなずいた。