第4話② こんにちは異世界
ここ……裏山よね?
周りを見渡すと、確かに裏山みたい……なんだけど、さっきとちょっと景色が違うことに気づく。木とかの大きさとか場所が違う……気がする。地形とかはそのまんまなのに。
「うわーっ!」
……聞き覚えのある声。
なにかが落っこちてくる。
べしっ! と私の頭に当たる。私もビックリして倒れ込む。落ちてきたそれは私の胸の上でちょこんと尻もち。
これ……マーシャちゃん!
「いたたたた」
マーシャちゃんは私の胸の上でゆっくり立ち上がる。そして、
「穂じゃん。こんなとこに」
「マーシャちゃんこそ……なんで上から……?」
「穂を追いかけてきたんだ。岩のすき間に吸い込まれちゃったから」
……そうだ。私、岩のすき間に倒れ込んじゃって、そのまま……そしたら、周りの景色が変わってたんだったわ。
「あたしもすき間に入ってったら、ここに来てたんだよ。あ、ステッキ」
マーシャちゃんは、落ちてたステッキを拾う。ステッキは光って、またネックレスに戻る。
私はあまりにワケがわからなくて、パニックになりそうだったのに、マーシャちゃんはなんだか落ち着いてる。
「ねえ、どういうことよ……」
「んーあたしもわかんないけど……もしかして……」
マーシャちゃんは周りを見渡す。
「もしかして、もしかして……!」
マーシャちゃんは近くにあるがれきが落ちているのに気づいて、走り出す。
どうしたのかしら?
私もついてく。コンクリートみたいな破片が散らばっている。だいぶボロボロだし、風化してるけど。
がれきの周りをぐるっと囲うように、コンクリートがあるのに気づく。もしかしたら、塀とかかも。
だとしたら、これは、家の跡……?
マーシャちゃんはがれきの中に入ってく。
「あ……」
そう言葉を漏らしたマーシャちゃんの視線の先には、石の何かが半分くらい地面に埋まってそこにあった。石には何かが彫られてて……。
くちばしみたいなのがついてて、まんまるおめめがついてるの。
これ……フクロウだ。
フクロウの形をした、石の置物みたい。
「フーくん……」
マーシャちゃんは突然そう言った。
「フーくん?」
フー……このフクロウの置物のことかしら。
「ここ……あたしの家があったとこだっ……」
「ええ!」
そんな……ビックリ!
だって、マーシャちゃんって「別の世界みたいな」とこから来たって言ってたじゃない。
「ってことは、この世界は、さっきの世界とは別の世界……」
慌てる私と違って、マーシャちゃんは落ち着いてそう言った。とゆうかむしろ、ちょっと口角が上がって見えた。
「異世界ってこと⁉」
「まあ、そうともいえるかも」
そんな……。
なんかライトノベルとかで流行ってるよね、異世界。
六年生くらいになったら、クラスの男子とかがライトノベルとか読んでたから、知ってるわ。
異世界に転生したり召喚されたりするやつ。
なんか今そんな感じの状況よね……。
って、まあそれはともかく、マーシャちゃんはずっとフクロウの「フーくん」とやらを見つめてる。
「ねえ、そのフクロウ、なに?」
「好きだったんだ……ママが」
「ママ⁉ ママってやっぱり妖精?」
「ううん。人間。まあ、あたしも、あんまり覚えてないんだよね、ママのこと。なんとなくはわかるけど」
人間から妖精さんが生まれたの?
それとも育ての親とかかも?
どういう関係なのかしら。
ちょっと気になるけど、けっこうデリケートな話題だし……聞かない方がいいわよね。マーシャちゃんが話す気になるまで待ちましょ。
それに、マーシャちゃんもそんな雰囲気じゃない。
真面目そのもの、笑いも泣きもしない。
そんな感じでじっと「フーくん」とがれきを見つめてる。
そしたら突然、
「ねえ穂、頭に乗っけて」
とマーシャちゃんは言った。
私はマーシャちゃんを腕でそっと包んで、頭に乗せた。マーシャちゃんはがれきの山を眺める。
地形は似てるけど、風景は全然違う。石や木でできた家を見て、
「なんでだろう……あんまり覚えてないのに……」
と言って、ずっとこらえてた何かが決壊した。
大粒の気持ちがボロボロこぼれていく。
私の顔にもかかる。あったかい。
なんでかわからないけれど、私には、そのあったかさが、マーシャちゃんの心のあったかさのような気がしたの。
このあったかさに触れていたい。
そうも思ったの。
なんで泣いてるのか、私にはわからない。
けど、なんだかそう思えた。私には。
マーシャちゃんの気がすむまで、しばらくこうしてた。そして、
「えへへ、なんだか泣いちゃった……よくわかんないけど、記憶の底が熱くて、涙が出ちゃった」
と照れくさそうに頭をかいて、言った。だから、
「ふふ、いいのよ。悪いことじゃないわ。泣くことって」
と、私は答える。
「でも、あたしのステッキをキャッチするために、異世界来ちゃった。穂、ごめん……」
「いいのいいの。だって、私、向こうでの学校生活、ヤなこと多いもの。異世界来れて、むしろハッピー」
心配させたくないから、私はこう言った。
……これは半分ホントだけど、半分ウソ。
学校がヤなのはそうだけど、のんちゃんとかママ、パパ、正樹とお別れはさみしいよ……。
でも、マーシャちゃんに、私に悪いことした~なんて思ってほしくないもの。
「ぐすっ……うう……」
ほら、マーシャちゃん泣いちゃった……。
……ん?
泣き声は上から聞こえてきてない。あっちのしげみからだ。
マーシャちゃんは……。
見上げると、泣いてなかった。
泣き声に気づいたのか、周りをキョロキョロしてる。
「うう……パパのバカ、バカパパ……アホパパ……アホバカ……」
と言いながら、ごそごそと茂みから小さな女の子が出てきた。
八、九歳くらいかしら。濃い緑のワンピースにエプロンを着けてて、髪を後ろでお団子にしている。
年齢は幼そうだけど、年の割に落ち着いてそうな雰囲気のかわいらしい女の子。
マーシャちゃんを見て、
「ぐす……あれ……」
わ、やばい、マーシャちゃん見つかっちゃった!
あせったけれど、その女の子は、
「……なんかちっちゃい……」
とだけ言った。驚いてはいるけど、そんなにって感じ。
さすが異世界人ってところね。女の子はボソッと続ける。
「まあいいや……小さいし、弱そうだし……バカなのはパパだ」
パパの話に戻っちゃった……ほんとにあんまり驚いてないのね、マーシャちゃんに。
「むっ、失礼だぞ!」
マーシャちゃん、「弱そう」が気に入らなかったみたい。
そんなマーシャちゃんに構わず、その女の子はまた泣き出した。パパをバカだアホだサイテーだとか言いながら……。
えーと……。
「どうしたの?」
チラッと私の方を見上げる。目の下が真っ赤になってる。またすぐに、下を向いちゃう。
「ぐす……」
「こんなとこで一人で泣いてると、ちょっぴり心配よ」
「……家出だから」
「家出⁉」
「家出」
親子げんかか迷子くらいかなぁって思ってたのに。
けっこう深刻そう……。
マーシャちゃんが私の髪をツンツン引っ張る。そして、
「ねえ、この子、どうすんのさ?」
と小声で私に言う。
「なんか大変そうだから、話聞いてあげるの」
「えー、それどころじゃないじゃん! 穂こそ一番困ってんのに……あたしのせいでさ……」
やっぱ気にしてたのね。マーシャちゃんのそういうところ、とってもいいところ。でもね、気にしないでほしいの。ほんとに。気にしないでくれた方が、私がうれしいもの。
「だーかーらー、気にしないでって。むしろちょっとせいせいよ。それに、マーシャちゃんのせいじゃない。絶対」
「それでも……」
「マーシャちゃんが悪くないってこと。これにはもう話し合うことないわ」
ここはきっぱり言う。だってそうだもの。
ちょっと突き放したような言い方になっちゃったのは、ごめん……でも、マーシャちゃんとそんなこと話したくないもん。
「だから、目の前で困ってる子のこと、考えましょ」
「……うん」
マーシャちゃんにとっては、困ってる子のことを考えることが気分転換になるかもだし。こんなこと言ったら、目の前の女の子に失礼だから言わないけれど、ね。
「私は穂。こっちは、マーシャちゃん。ね、名前、なんていうの?」
「ナツキ」
「じゃあ、ナツキちゃん。話、聞かせて? 私、気になるな」