第4話① こんにちは異世界
「おいしい?」
「なにこれ⁉ おいしい! びみびみヤミー!」
私が作ったフレンチトーストを食べて、声を上げるマーシャちゃん。こんなに喜んでくれるなんて……。
うれしいわ。昨日の夜から卵液に漬けてた甲斐があった。
「ふわっふわ! 噛んだらじゅわ~っておいしい!」
そんな風に食レポされたらちょっと照れちゃう。
マーシャちゃんがうれしそうでほんとによかった。
そのために作ったんだから。
家族の朝ご飯としても作ったんだけど、正樹もママもマーシャちゃんも喜んでくれて、ほんとよかった。私、これからもどんどん作っちゃお。
マーシャちゃん、とってもおいしそうに食べるんだよね。マーシャちゃんが来てから、お菓子作りとかもほんとに楽しいな。
私の日常はすっかり変わっちゃったけど、これがまた新しい日常になりつつある。
でも、マーシャちゃんには謎なところ、気になるところもいっぱいある。
マーシャちゃんがどこから来たのかとか、なんであんなに死体を怖がるのか、マーシャちゃんの正体はなにか、とか。
でも今一番気になるところは、やっぱ魔法。
炎を出したり、物を動かしたりできるみたい。
でも、あの力っていったいなんなのかしら。
「ねえ、マーシャちゃん」
「ん?」
「魔法っていったい何? どんなことができるの?」
「炎出したり、水出したり、物動かしたり……一人で出来るのはそれくらい。あ、あとね、魔法の力は心の力。他の人の心の力を使えば、もっといろんなことができるんだ!」
へえ、魔法ってそういう仕組みなんだ……。
わかったような、わからないような。まあ、よくわからない。
「他の人間の心の力を使うってなに?」
「んーあたしも人に聞いただけでよくわかんないよ。人の想像力を使わないと、ちゃんとしたものを産み出すことはできないらしーよ。あと、もっと難しい魔法、転移魔法とかは他の人を幸せにしないとできな……だっけか」
マーシャちゃんはぽつりぽつりと魔法の仕組みを言っていく。言葉がするっと滑っていく感じで。ちゃんと理解して言っているっていう感じがしない。
「最後のはよくわからないけど……転移魔法って、場所を移動できるのよね?」
「うん。でも、一回行ったことある場所にしか行けないけど」
「へ~、あと、想像力を使うって、私の想像力を使ってもできるの?」
できるんなら、やってみたい。そう思って聞いてみる。
「まあ、多分。できると思う」
「わあ、じゃあやってみましょうよ」
「いいよ」
「へえ、それ、今日やろ」
今日は休日。学校もないし。
「いーよ。どこで?」
「裏山なら人がいないわ」
「じゃあ、行こーっ!」
裏山。私の地域は結構山がち。特に私の家は学校からもちょこっと遠いから、もっと山っぽい。
そんな町のはずれにある裏山。なんでも昔は果樹園で、山全体が農家さんの持ち物だったらしいんだけど。今は廃業しちゃって……。入っても誰も怒らないから、私はたまに行くの。一人になりたいときとか。
そんな裏山に私とマーシャちゃんは行った。もちろんマーシャちゃんはカバンに隠してね。
道中、ひょっこりカバンから顔を出して周りを見てたいたわ。そしたら、おじいさんとおばあさんの夫婦が経営してる洋菓子屋でケーキを見つけて、マーシャちゃんがおねだりしたり……とかあって大変だったんだけど。
私、そんなにお金持ってないから買い食いはちょっと……。
お菓子を持ってきてるから我慢してって何度も言い聞かせて、やっとわかってもらったんだから。
そんなこんなで裏山に着いた。草原が広がってて、ちらほらお花も咲いている。
緑一色のきれいな地面。そこに、黄色や青、紫がリズムをつけるの。
風が草やお花を揺らす。私の黒い髪と、マーシャちゃんのオレンジのおさげも揺らすの。
そして、私たちはお菓子を食べる。
クッキー。これは私が作ったんじゃなくて、ママがスーパーで買ったやつ。
「これもおいしい!」
「そう? よかったわ」
風に踊るおさげを、さらに揺らしながら、マーシャちゃんは大げさに笑う。
喜んでくれたならよかった。
私もこれ好きなの。昔、ママがお仕事終わって帰ってきたときに、これを買って帰ってきてくれて……正樹といっしょに食べてたなぁ。
「でもあたし、穂が作ったやつのほうが好きかなぁ」
「……ほんと?」
「ほんとほんと」
お菓子作ってて、他の人から好きって言われたときほどうれしいときってないもの。
お世辞かおべっかか、知らないけれど。うれしいものはうれしい。ふふ。
おやつが終わって、一段落。マーシャちゃんは満足そうに寝転ぶ。
「寝ちゃだめよ」
「わかってるって~。ちょっと寝転んだだけじゃん」
も~ほんとにわかってるのかしら。ごろごろし続けるマーシャちゃん。私は起こしたいのもあって、提案する。
「じゃあ、魔法使ってみましょ」
「うん、しょうがないな~いいよ」
マーシャちゃんは勢いをつけて、跳び上がるように立ち上がった。そして、ネックレスをそっと握る。
ネックレスのジュエルが光り、ステッキに変わる。ステッキの先で輝くジュエル。
「さーなにからいく?」
前私に見せたのは火だったわね。だったら……。
「水とかも出せるの?」
「もち出せるよ!」
マーシャちゃんは呪文を唱えて水を放射した。
ステッキの先っぽのジュエルが光って、その前に水でできた球が現れた。どんどん球が大きくなって、一気に前に膨らんで……そのまますっごい水流になった。
「ふっふーん」
「わあ! すごーい!」
鼻を膨らまして自慢げなマーシャちゃん。
「ふ~」
水を出し終えて、マーシャちゃんは岩の上に座った。その岩はたくさんヒビが入ってて、割れてて、いくつもの岩に分かれてるみたいになってる。
「すごいのね、マーシャちゃん」
「そうすごいの! マーシャちゃんはね!」
ま~た調子に乗ってる。
それはともかく、色々気になるので聞いてみる。
「何か出せない物ってあるの?」
「生き物が出せないかなぁ。だから、お肉とかも出せない」
「へえ~」
「できないことはいいよ、もう。あたしはね、もっといろんなことができるもんね。例えばね~……きゃああ!」
え、え? どうしたの?
マーシャちゃんの前には……
あ、トンボ?
葉っぱにトンボが止まってる。
なーんだ。それだけね。
でもよく考えたら、マーシャちゃんからしたらトンボってけっこーデカくて怖いのかも……。
追い払わなきゃ。
っと思ったけど、トンボが飛び立った。マーシャちゃんの近くをびゅうっと通り過ぎる。
間に合わなかった……。
「うひゃあ!」
マーシャちゃんは叫ぶ。まるで漫画みたいな驚き方をした。両手を挙げて、万歳みたいなカッコで驚いてるの。その拍子にステッキをぴょいと投げちゃった。
大事なステッキが!
私はステッキをキャッチしようとする。でも、ステッキはマーシャちゃんにはちょうどいい大きさだけど、人間には小さい。失敗して、指に当たって変な方に飛んでちゃった。
下に落ちるステッキ……もいちどっ……!
やった! キャッチ!
と思ったら、今度は私がバランスを崩しちゃう。このままだと、岩に当たっちゃう……!
岩と岩のすき間が見えた。すき間の中がどうなってるのか、よく見えない。私、今すき間めがけて一直線!
ぶつかるーっ!
……ってあれ?
ガツンッ! あーいたたたた。
……ってなると思ってたら。
ぶつかって……ない?
なんか体が浮いている感覚はあるんだけど、一向に岩に当たらないの。
重力がなくなって、私の体は上も下もないふわふわした感じに包まれる。
……えーと?
私は目をそっと開ける。目の前には草が広がってる。重力が思い出したかのように私に襲いかかる。草がだんだん大きく見え……。
ドシンッ!
いてっ!
どうなってんのよお……。
まあ、岩じゃなくてよかった……。
痛くてフラフラするけど、がんばって立ち上がる。
そして周りを見渡すと、やっぱり裏山。でも、マーシャちゃんがいない。ねえ、どこ?
「マーシャちゃん! どこーっ⁉」
叫びながら周りを見渡して、私は気づいた。
確かにさっきの裏山。一面の草と、ちょっとのお花。でも、風景が違う。裏山といっても町が近いから、さっきまで周りには家とか店が見えてたの。私の家だって、見えてたのよ。
今、ないの。それらがぜーんぶ!
家はあるわ。私が知ってる感じじゃないの。
遠くからだからよく見えないけど、多分石とか木でできてる。
どういうことかしら……?
唖然としちゃう。お口あんぐり。
ここ……裏山よね?