第3話② マーシャ学校へ
午後は理科。
理科室で授業。マーシャちゃんを一人にしておくのは心配だから、体操服とかいれる巾着に入れて連れてくことに。
何度も確認して、巾着から出ちゃわないようにしなきゃね。
さっきも言ったけど、理科の授業、私ニガテ。
なんか月とか星とか生き物とか、なんとなく眺めてるのは大好きなんだけどね。
あんまり難しい話になるとあんまり好きになれないの。
なんか小さいころの遠い世界への夢がなくなっちゃう感じがしちゃう。ふわふわがかちかちになっちゃうってゆーか。
まあ、そんなことに文句言ってもしょうがないのはわかってるのだけれど。
いやいや!
そんなことぼんやり考えてる場合じゃなかったわ。
マーシャちゃんを確認しないと。
……って、アレ⁉
マーシャちゃん、いない⁉
そんな……! どうしよう……?
ドシン!
いきなり音がした。
みんなも聞こえたみたいで、音がどこからか探してキョロキョロ。
ガシャンッ!
またまた聞こえてきた。今度はガラスが割れるような音。
「あっちから聞こえなかったか?」
クラスの男子の一人が指さしたのは、理科準備室だった。
先生がそーっと準備室に向かう。男子の一部やんちゃなのがついてく。
先生がドアを開けたら、
「うわああああ!」
と先生が悲鳴をあげる。
どうやら、人体模型が倒れ込んで来たみたい。
こ、こわい……。
いったい何が⁉
私は準備室の方を見ると、オレンジ色の光が見えた。
ん……? どこかで見たような、気がしないでもないような、やっぱしないような……。
あっ! マーシャちゃんの魔法のステッキの輝きと同じよ!
……なるほど。
準備室で暴れてるのはマーシャちゃんね。
突然現れた人体模型やずっと続いてる物音で教室が揺れた。やたらはしゃぐ男子もいるし、多くはビックリしてる。パニックみたいになってる子も。
この混乱に乗じて、私は理科室から出た。準備室は、理科室からも廊下からも入れるの。
だから私は。廊下からそっと入る。
……あ、いた!
マーシャちゃんは、魔法のステッキを光らせて、器具とか人体模型とかを飛ばしてる! おさげをぶんぶん横に振って、暴れるようにステッキを光らせてる。
やっぱマーシャちゃんが魔法で暴れてたからだったのね。
でもちょっと不思議なのは、マーシャちゃんの表情。
怒ってる……というよりなんだか悲しそうな顔。
「マーシャちゃん……!」
理科室のみんなには聞こえないくらいの、できるだけ大きな声で呼ぶ。マーシャちゃんには聞こえてない。顕微鏡とかを魔法で持ち上げてる!
顕微鏡がこっち飛んでくる。危ない!
「うひゃあ!」
思わず腰をぬかして、尻もちをつくと、頭のすぐ上を顕微鏡が飛んでいく。あ、あぶなかった……。
「マーシャちゃん……!」
もう一度呼ぶ……聞こえたみたいっ! マーシャちゃんは私の方を見た。その顔、悲しさと寂しさで凍り付いたその顔は、一気に雪が溶けたようにくしゃっとなって……涙であふれた。マーシャちゃんは、びちょびちょびっちょりのその顔を、私の胸に押しつける。
「うわああん、怖かったよおおお!」
何があったのかしら……?
色々気になることはあるけれど。
マーシャちゃんを両手でしっかり抱きしめて、とりあえず準備室から離れて、またまたトイレに向かった。
「どうしたの……?」
「ぐすっ……なんかおもしろそうだったからあの部屋入ったの……そしたらさ、なんか……動物の内臓とか死体とか……こわいのがいっぱいあって……っ! こわいよ……死んでるなんて……こわいっ!」
そういえば。理科室には動物とかのホルマリン漬け? みたいなのがあるって、どこかで聞いたっけ。私の小学校にもちょっとあったな。怖かった。
マーシャちゃんが見たのはそれかも。
なんだそんなことね……って思ったけど、マーシャちゃん、ちょっと尋常じゃないくらい怖がってる。元気な子って印象が強いから結構ギャップを感じちゃう。死体とかに、なにか特別イヤな思い出とかあるのかもしれないわね。
そんなことを考えてたら、マーシャちゃんをギュッと抱きしめるその力がほんのり強くなった。
「マーシャちゃん、もう……大丈夫よ」
私はマーシャちゃんの頭をなでなで。
前と違って、マーシャちゃんはイヤがらない。少し落ち着いてきたみたいで、目を閉じて少しきもちよさそう。安心してるのかな……。
なら、ひとまずはよかった……かな。
帰りの時間になったころには、マーシャちゃんはすっかり落ち着いて寝てた。
理科の時間の騒動のあと、結局二十分くらいトイレでマーシャちゃんをなぐさめてた。騒動があったから、私がトイレに行ってたことなんて、誰も気にとめてなかった。そこはよかった。
マーシャちゃんはスヤスヤ眠ってる。
ふふ、鼻ちょうちんまで出してる。漫画みたい。初めて見たわ。
「この人形、なんだ?」
「うわぁ!」
いきなり後ろからのんちゃんが話しかけてきた。
マーシャちゃんを背中にあわてて隠す。
のんちゃんは、マーシャちゃんの姿を見ちゃったのかな……。どこまで気づいたのかしら……。
「えーと、ただの人形。かわいいのよ!」
「へぇ……なんで学校に人形なんだ……?」
のんちゃんは怪訝な顔で私の目を見る。そんな目で見られても……。
うっ……イタいとこつくわね。
「ほら、私人形大好きだから……いつもいっしょ!」
「はあ……まあ、りんちゃんらしいっちゃあらしいか」
そこで納得されるのも、いいのか悪いのかって感じだけど……まあ、いっか。
「う、うふふふ、そうなのそうなの」
「かわいいじゃん。よく見せてよ」
「あ、あははは、ちょっと私トイレ行きたいから、ごめんね!」
私はあわてて走る。はあ……危なかった……。
なんかそっけない態度だったかな。ごめんね、のんちゃん。
「も~大変だったじゃない。勝手にそこら辺に出ちゃダメって言ったじゃないの」
「えへへ、ごめんごめんご。わるかったよ」
「ほんとよぉ……私も大変だけど、危ないのはマーシャちゃんなんだから」
家に帰って、私はマーシャちゃんにさすがに一言。
あんまりこういうお説教みたいなことって言いたくないわ。でも、言わなくちゃわかってもらえないもの。言うべきことは言わなくちゃ。
親心ってきっとこんな感じね。
「へへ、ところでさ、ケーキ食べたいな!」
私の心配をよそに、お気楽なマーシャちゃん。
ちゃっかりしてるわね……。
「ってゆうか、おとなしくしてたらって約束だったじゃないの!」
「へへへ、まあそーだけどさ、がんばったし……」
「約束は約束、守るのが約束!」
マーシャちゃんは「ちぇ~」って言いながら、口をとがらせる。すねちゃった? いやいや、すねようがごねようが今日はケーキなしよ。
「あっ、いーいこと考えたっ!」
マーシャちゃんは指をパチンとならして、そう言った。そして、走り出して押し入れの方へ。襖の開いているすき間から入ってった。どうしたんだろう?
私もふすまの方に向かい、開けると、
「じゃーんっ!」
マーシャちゃんはプリンセスみたいなロングドレスを着てる。これは、私がリコちゃんのために作ったやつ。明るい紫が基本で、ピンクとかも入ってるの。アニメのプリンセスみたいで、気に入ってる。
マーシャちゃんも童話とかアニメとかみたいだから、とっても似合ってた。なんか、本当に妖精さんとかお姫さまみたいで……。
「かわいいっ!」
「えへへ、そうだろそうでしょ!」
私はマーシャちゃんを両手にのせて、まじまじと見つめる。うーん、ほんとにかわいい。マーシャちゃんはちょこんと手に乗って、クルッと回る。ロングでフリルがついたスカートがふわっと広がるの。おとぎ話みたいなその雰囲気は、マーシャちゃんにぴったり。
マーシャちゃんはウインクして、わざとらしく、
「ケーキ食べたいな♡」
って言う。
ほんとに語尾に♡がついてそうな、かわいい言い方。
こ、これは……
「いいよ! 作ってあげる~!」
マーシャちゃんは手を口に当てて、
「ふっふ、チョロいねっ!」
と笑う。
悔しいけど、かわいいのには勝てない……。
結局私はおっきなチョコケーキを作っちゃったの。
あーあ、なにやってんだろ私……。