第3話① マーシャ学校へ
ポニーテールのりりしい女の子がこちらに手をふる。
「おはよ」
「おはよう、のんちゃん」
待ち合わせ。のんちゃんと。
いつもの朝のひととき。
始まるの、いつもの一日。
マーシャちゃんはお留守番。昨日そういう約束になってたの。マーシャちゃん、学校に興味はあるみたいだけど……外が怖いから迷ってた。
でも、あんまり他の人に見つかっても怖いから、結局お留守番してもらうことになったの。
「今日からだっけか? 授業」
「そうよ。今日五時間目理科なのよね。私実験とかニガテ」
「そういやそうだっけか。私理科とか好きなんだけどなぁ」
のんちゃん昔から得意だもんね。のんちゃんはスポーツ万能だから、当然得意。体育の次に得意なのは理科なんだよね。
意外に思われちゃうときもあるんだけど、のんちゃんが理科得意って、私にとっては当たり前って感じがするのよね。のんちゃん、実験とかすごく楽しそうにやるし。
「りんちゃん、実験とかめっちゃ手こずってたよな」
「そうなの……のんちゃんに助けてもらったっけ」
すごく頼りになるんだから、のんちゃん……。
教室について、カバンを開けると。
「え⁉」
思わず声が出ちゃった。
「どうした?」
のんちゃんが聞いてくる。
「い、いや! なんでもない!」
あわてて隠す。だって……。
オレンジ色のおさげのお人形さんが、すーすー寝息を立てていたんだもん!
マーシャちゃん⁉
どうしよう……。
なんて思ってる間に、キンコンと鳴るチャイム!
いかついおじさんの国語の先生が入ってくる。
小太りで角刈りの頭、顔にはキズだらけ。
なんかヤクザみたいでこわいわ。
そのこわーいおじさんは入ってくるなり、
「荷物しまえーっ!」
と怒鳴る。
ひえーっ!
私はそのままカバンを閉じて、後ろの棚に入れちゃった。まあ、国語の時間が終わってからなんとかするしかない。それまで起きなければ大丈夫だよね……。
なんて思ってたのに……。
三十分くらい経って、マーシャちゃんがカバンから出てきちゃった!
カバンから出てきて眠い目をこすりこすり。マーシャちゃんは周りを見わたして……。
「わわっ! 人間いっぱい!」
ざわっとなる教室。
まずいよっ!
ガタッ!
思わず立ち上がっちゃった。
どうしよ……。
「お前、寝ぼけたのか⁉」
先生が私をにらんで問い詰める。
うわ~違うよ~!
でも……。
「ごめんなさい……」
そうごまかすしかないわよね……。
クラスのみんなが大笑い。
は、はずかしい……。
先生にも絶対怒られちゃう……。
先生は私を見て、今にも怒りそう。顔を真っ赤にしてる。
と(たぶん)クラスのみんなが思ってたのに、なかなか先生は何も言わない。
怒るなら早く怒ってほしい
先生はその険しい顔を、くしゃっと曲げて、
「そうか……俺の授業、そんなつまんないか……」
予想外の反応。
怒られるかと思ったのに。
「い、いや、そんなわけじゃなくて……」
「うん、うん……いいんだ。俺が悪いんだよ……」
「えーと……いや、ほんとちがくて……」
なんか自分を責め始める先生。
うーん……いい人なのかもしんないけど……。
っと、それはともかく、どーにかしなきゃいけないのはマーシャちゃんの方ね。
「先生、トイレ行ってもいいですか?」
恥ずかしがってなんかいられない。
「いいよ……」と言う先生を横目に、ごめんなさい……と心でつぶやいて、カバンの後ろに隠れてるマーシャちゃんを背中で隠すように持って教室を出た。
マーシャちゃんを背中で隠したから、カニさんみたいな歩き方をして、出て行った。みんなが変な目で見てたけど……気にしない! ノーノープロブレムっ!
「なんでここに⁉」
「わかんない……寝て起きたらここにいたんだもん……」
「どーゆーこと……?」
マーシャちゃんはまだ眠そうでトロンとした顔で、首をかしげてる……演技には見えない。どうやら本気で分からないみたいね。
「穂があたし連れてきたんじゃないの?」
「ちがうちがう」
うーん。謎は深まるばかり……。
あっ! もしかして……
「カバンを棚の方に置いといたけど……寝ぼけて落っこちた……?」
「あ~、そうかも。穂、あったまい~☆」
マーシャちゃんは棚にタオルを敷き詰めたところで寝てるの。だから、そこから落ちたのかも。
でも、落ちても起きないなんて……なんてねぼすけさんなのかしら。
まあ、それは置いといて……。
「絶対ダメよ、みんなの前に出たら。大変なことになっちゃうもん」
「でも……せっかく来たし、探検したい気持ちもあるんだよね」
マーシャちゃんはイジワルそうに口角をあげる。
「も~」
「ウソウソ。帰ったらケーキちょーだい!」
あれから一度ケーキをあげたの。そしたら気に入ったみたいで。
「わかったわよ。でも、おとなしくしてたらね。あ、あと給食あるから、そしたらご飯食べさせてあげる。だからまずはそれまでおとなしく、ね」
「はーい!」
返事はすっごくいいけど……大丈夫かなぁ……。
午前中の授業は何もなかった。マーシャちゃんはカバンの中でじっくり待ってたみたい。
バレないようにマーシャちゃんを引き出しに入れる。どうしても今ご飯食べたいっ! と聞かなかったから。マーシャちゃんにこっそりご飯を食べさせなきゃいけないの。言うこと聞かないで、騒がれてもこまるし……。
給食は近くの五、六人で班を作って、机を向かい合わせにして食べるの。田中さんとも同じ班なのよね。ちょ っと気まずい。田中さんは、班の子たちの会話の輪に入りきれてない感じがするし。
机の中にいるマーシャちゃんにまずお米を食べさせてあげる。誰も見てないタイミングを見計らって、お米をお箸でつかんで、机の下にやって……。
パクッと食べるマーシャちゃん。ほっぺたをふくらませて、目を細めてうれしそうな顔。ほんとにおいしそうに食べるのよね。ここが憎めない。
「そういえばさぁ、田辺ちゃんと田中ちゃんさぁ、決めた? 部活」
西尾さんがしゃべりかけてきた。
……ってゆーか、いつのまに「さん」が「ちゃん」に。
まあ、イヤじゃないからいいけど。
西尾さんは、引っ込み思案な私やちょっと浮いてる田中さんにも、よく話しかけてくれるの。
それはうれしいんだけど、私と田中さんに同時に話しかけてくるから、困っちゃうときもあるのよね。
しかも今回は部活の話。部活どうするかは、新入生にとっては大事な問題。田中さんがどう答えるかが、すっごく気になってドキドキしちゃう。
今はもう田中さんを恨んでるわけじゃないけど、一緒の部活とかだと私も田中さんも、気まずくなっちゃうわ……。
そう思うと、一気に胸がドクンドクンと揺れる。
「私、剣道部」
田中さんはそう答える。
よかった……。
いっしょじゃなくて、ホッとしてる私がいる。
「私は……手芸部」
私はこんな小さなことで心に荒れた夜風が吹いちゃうけれど、西尾さんはまるで昼間の太陽みたいな屈託のに笑顔で、
「へ~! いーじゃんいーじゃん。うちバレー部行くんだ~」
と言う。
西尾さんはすごいなぁ……。
って、そんなネガティブじゃだめだわ、穂!
気分を変えるために、サラダを食べる。
サラダってお口がすっきりするもの。
今日の給食のサラダは……海藻のサラダ。これがとってもおいしくて。
今度はサラダをお箸でつまんで、引き出しにいるマーシャちゃんに食べさせてあげたら……
「え……?」
田中さんがこっちを見てる。
角度的にマーシャちゃんのことは見えてないだろうけど、これじゃ、引き出しに海藻サラダ入れる系女子みたいじゃない⁉
やばいかも!
……とりあえず笑顔!
「今……なに?」
田中さんが聞いてくる。
「い、いや、なんでもないよ?」
「え、でも今……」
「なんでないよっ!」
「あ、そう……」
元々気まずいのに、もっと変な雰囲気になってきちゃった……。
マーシャちゃんに給食こっそりあげるの、バレそうだしやめようかしら……。
ツンツン。
そんな心を見透かしたように、マーシャちゃんは私の足をツンツクつつく。
「もっと食べる~」
小さな声で催促まで。しょうがない。あげるしかないわよね……。
一番おいしそうなハンバーグをお箸でちぎる。で、みんなが見てなさそうなときを見計らって、またマーシャちゃんにあーんする。
そしたら、
「なにこれ⁉ こんなおいしーの食べたことない!」
なんて声を出しちゃって!
マーシャちゃんはさすがにマズイと気づいて、口を手で押さえる。今から押さえたって遅いよ……。
周りのみんなが私を見る。
「今の声ってさぁ……」
西尾さんが私の方見ながら口を開く。
「い、いや~おいしいわね、このハンバーグ!」
「さっきの田辺ちゃんの声……?」
「う、うん」
「田辺ちゃん……そんなに……」
西尾さんがそっとハンバーグを半分にして分けてくれる。
もしかして……なんか勘違いされてる?
同情されてる……?
別にそういうわけじゃないの……!
「ちっが~うっ!」