8.楽しい防災準備と和解
「あれ? 今日は乱獲お休み?」
「うん。神様にも許可貰った」
「何するの。お買い物?」
「キャンピングカー、奏向くん名義で買ってもらったでしょ? 色々揃えたくて」
「えー楽しそう。僕も選ぶ」
「ダンジョンはいいの?」
「うん。絶対群がって来るからちょっと休む」
「そっか。ポータブル電源、性能良いの探してくれる?」
「はーいっ」
いそいそとボードを開きポータブル電源を検索する龍刃。その画面には、迷う暇もなく超高級品のラインナップ。ツバキの増え続ける残高を少しでも減らしてあげる為の判断。焼け石に水な気もするが。
この世界が『イグドラシル』と同化し魔石の有用性が証明された後、大幅に数が減った商品の筆頭――電池。クリーンエネルギーである魔石は特別な加工をせずとも電池として使用可能で、内包された魔力が無くなれば魔石も消失する。
最弱のスライム1匹からドロップする魔石ひとつでも、懐中電灯なら24時間点灯し続けることが可能。現時点で発火事故は無く、消費される魔力量は気温に左右されず常に一定。
ポータブル電源に使用されるのは、最高ランクの魔石。それはAランクやSランクの魔物からしか手に入らず、魔道具としても高ランク素材を使用しているので当然ながら超高級品。億超えは当たり前。
しかし発火のリスクが無いため、防災マニアや家電を使用するキャンパーは是が非でも欲しいそうな。安全な商品は常に人気である。時価により値段が常に変動するので購入は叶わない者が大多数なのだが。
因みに。ツバキが購入した大型高級キャンピングカーも、魔石で走行するエコカー。龍刃から謎に猛プッシュされて決めたもの。高ランク魔物素材で作られた車体で断熱性や遮音性にも優れ、オプションを付けたらアホみたいな金額となった。
お金を使えたツバキは満足している。いい感じに金銭感覚がバグり始めているのだろう。
今回も隠れ蓑として龍刃にお金を渡し購入してもらったので、ツバキに金持ち疑惑が向くことは無い。そもそも完全匿名で購入出来るので隠れ蓑は必要無いのだが。念の為に。
キャンピングカーも普段はアイテムボックスに入れており、近所から見られての噂発生の心配も少ない。
――っと云うか。本物のお金持ちが住むのんびり穏やかな住宅地。近隣が何をいくらで買ったのかすら話題に上がらない。自慢もしない。皆、現状の生活レベルで満足。
それでも隠れ蓑になってくれる龍刃に、彼女は心底から感謝している。
「これは? 推奨魔石が大きいからコンパクトじゃないけど、魔石セルフ交換可能。推奨魔石の使用期限は試験継続中、5人家族生活想定で1年半経過。魔石キャンピングカー生活で、エアコンは車載装備使用だけど」
「試験中なのに販売って。推奨魔石は?」
「ドラゴン」
「ですよねー。1年半もキャンピングカー生活してる試験官達、ちょっと尊敬する」
「魔力の消費量からすると……多分この条件ならあと8年半くらい使えるんじゃないかな。試験中に売り出すとか日本では異常だけど、1年過ぎた時点――半年前には魔物災害起きるって気付いたから売り出したんだろうね。これにする? 魔石消えたら僕狩って来るし」
「ハンター引退した後に消えたらどうするの」
「売らずに保管しとけば良いじゃん。僕が」
「なんだか、結婚前提になってる気がする」
「え。結婚するけど。だから僕が運転出来る大型車買わせたんだし」
「その『何かオカシイですか?』って顔やめて。きょとんってしないで」
「えぇー。この期に及んで僕から逃げられると思ってるの、逆に凄いんだけど」
「心変わりとか」
「ハマったら他に目を向けられない生態だからこその“ガチ勢”だよ」
「……めちゃくちゃ納得してしまった」
「良かった。これにする?」
「うん。それで」
良くはない。との言葉はどうにか飲み込みつつ、その愛の重さと執着に少し……ではなくドン引き。どんな環境で育てばこれ程の自信が身に付くのか。心底疑問である。
それでも。毒親から育てられた故に“愛情”をあまり理解出来ていないツバキ。徐々に龍刃からの愛の重さと執着に慣れ、近い内に“それ”が常識なのだと認識してしまうのだろう。
かわいそうに。
「あとは追加の小型冷蔵庫と、IHやポットも買ってた方が良いよね。他に必要なものある?」
「まかせるー」
「わかったー」
「ポータブルトイレってどれが良いんだろう」
「色々買って試してみようよ。いつかダンジョン以外に発生する、魔物災害に備えて」
「保存食必要じゃん。『収集家』選んで良かった」
「時間停止がデフォのアイテムボックスなら保存食じゃなくても問題無い件」
「ほんとそれ。食材とお弁当爆買いしなきゃ。あとお寿司とピザ」
「飲み物とデザートも。衛生用品とか。今買ってて良いよ。色々選んどくから、後で確認して」
「故障した時用の予備もお願い。欲しいの買って良いよ。買い過ぎたらアイテムボックスで保管するから」
「色とか」
「黒か紫。青も好き。お金、後で渡すね」
「おーけーっ」
それっきりに各々買い物に集中し……
先に買い物が終わったのは、龍刃。届いた商品をせっせと床に並べている。
ツバキはまだお買い物中。流石に長期間分の食料ふたり分と衛生用品を爆買いしているので、彼女の手はまだまだ動き続けるだろう。
他に何を買おうか……
あ。寝具や洋服。ツバキの服、僕が選べるって……なんか凄く良いね。恋人の特権。僕が飾るの。
ツバキも僕の服選んでくれないかな。どんな服でも着るから。前面に『外道』ってプリントされてても着る。ツバキが選んだなら着る。絶対に。
つーか何で僕が外道なんだろう。正論しか言ってないのに。いや正論ばかり言ってるのは事実だから、性格悪いってのは認めても良いけどさ。ほら、正論って忖度無しだから世間様から「性格悪い」って思われても仕方ないし。でもさ、だからって『外道』は無くね?
きーずーつーくー。
おっ。このゆるい猫と『ねこです』ってプリントされてる服、良いね。ツバキに着せよう。ハンター名『ゆるねこ』だからぴったりじゃん。
ハッ……もしやツバキの為に作られたパーカー……おい担当者、いつツバキに接触した。ちょっとお話ししようか。
あと下着も買わなきゃ。僕好みの買おう。
接触は有り得ない事だと理解しながらもそう考えるのは、単にその思考を楽しんでいるから。本当に突撃して“お話”をする気は一切無い。
突撃したらしたで、『龍刃』に関する商品開発の提案をされる事は目に見える。名前を商売に利用される気は皆無なので絶対にしない。
ぽちぽちと自分とツバキの下着を購入し続けているが、いつ……ツバキのサイズを確認したのか。勝手に物色したのか。やはりストーカーなのかもしれない。ツバキには早急に逃げてほしい。
手を動かしながら徐ろに口を開いた龍刃は、
「早く魔物災害発生してくれないかなー」
とんでもないことを言い放った。
思わず手を止めたツバキは龍刃へ振り向き、「何言ってやがんだこいつ」と言いたげにドン引きの表情。当然の反応である。
意図を知るために凝視していると、漸く手を止めた龍刃が顔を近付けてきて……
「そうしたら『恋人を守る』って大義名分できるから、転がり込まれても許すしかないよね。――ね、『自動結界』を知られたくない“スライム討伐専門”のゆるねこちゃん?」
「……こっわ」
「えぇー今更。ちゃあんと僕が守るよ。魔物からも、人間からも。一生」
「重い重い重い」
「まあ結婚するからここに転がり込むの確定だけど」
「、」
ただでさえ近かった整った顔が更に近付き、静止の言葉より早い触れるだけのキス。
離れた龍刃はしたり顔で、いたずらっ子の笑みで。とても愉しそうで。
「ほんっと顔が良いなこの子」
「え。なにその感想。ちょっとは狼狽えてよ」
「困らせたいの?」
「ドキドキさせたい」
「びっくりしたからドキドキはしてる」
「ならいいや」
再びショッピングを再開させる龍刃は満足そうで、なんだか毒気を抜かれてしまう。
恋愛のドキドキじゃなくても良いんだ。不思議な子だ。
いや恋愛のドキドキを求められても今は応えてあげられないから、私としては助かるけど。いい人……なんだけどね。
如何せん。皆から外道って言われている要素がまだ分からないから、慎重になるのも仕方ない訳で。顔の良さ自覚して利用していても、それは単なる事実で“外道”じゃなく性格悪い程度だと思うし。
私にとっては育児放棄・虐待・借金・寄生虫のフルコンボだドンな両親レベルが外道だから、本当に分からない。今度、調べてみようかな。“龍刃”の外道さ。
そんなことを考え変に感心しているツバキのボード。メールが受信されたので開くと、『ユンラン』の文字。内容は、ミスリル1㎏を買い取るとのこと。
未成年達を引率した時に龍刃が買ったのは、スライム討伐専門を軽視されたくなかったからこそのパフォーマンス。なので、今回は買わなかった。
だったら、とユンランへ連絡してみたら買い取るとの返事。ミスリルで家の補修をしたいらしい。ミスリル素材を使う家……魔物災害の対策なのだろうが、一体いくらなのかと純粋に疑問に思う。
是非ともお金の使い方をレクチャーして頂きたい。
「フリマ?」
「ううん。ミスリル、買ってくれるって」
「よかったね。誰?」
「ユンラ、ぁ」
「は? うわまじだ。ちょっと待っていつ逢ったのなに連絡先交換してんの僕ガン無視してるって言ったよね言ってない? 言っただろブロックしろ」
「モラハラ嫌い別れる」
「ごめんなさい別れない。いや、まじで……なんで? 嫌なこと言われなかった?」
「ハンターショップで。偶然。『色に興奮する魔物もいる』って、初対面で心配してくれる良い人だったよ」
「お節介」
「ガチ勢としての心配じゃないかな」
「……」
「大丈夫だよ。普通に優しかったし、オフだからってすっぴんで鼻に掛けてなかったし。――っていうか、多分なんだけど。奏向くんが言われた“よく分からないこと”って、容姿に関してだったりする?」
「……そー」
「嫉妬したんだろうね」
「嫉妬?」
「そのイケメンさだから。羨ましかったんだよ。きっと」
「……ガチ勢が感情で動くなよな」
「仕方ないよ。私も羨ましいもん。その顔」
「いやツバキの顔可愛らしいけど」
「きつね顔なのに?」
「歳重ねても老けて見えないのが一番でしょ。ユンランも若く見えるし。ツバキより年上だよ、あいつ。そっちの方が羨ま、し……あー」
「ね。羨ましいでしょ。ユンランさんは逆で、奏向くんみたいにおめめ大きいイケメン顔が羨ましいんだよ」
「だとしても。『身体売ってランク上げた』はムカつくじゃん」
「うわぁ……」
「許してやれって?」
「? 奏向くんの気持ちが最優先でしょ。私は予想しただけだよ」
「……あー、わかったわかった。降参」
「こうさん?」
「ツバキには敵わないってこと」
そう言ってからボードを操作し始めた龍刃は、1分もせずに口を開き……
「よう。お前今、日本来てるだろ。3日後、新宿ダンジョン」
《待て待ていきなり過ぎて理解出来ない……お前怒ってたよな?》
「ゆるねこ」
《……ベタ惚れ》
「うっせーよ。行かねえなら別に良いけど」
《行く》
「おーけー。じゃあ時間は、」
《ゆるねこちゃん、そこ居るよな》
「あ?」
《こっわ。『ありがとう』って言っといて》
「おー。時間、メッセする」
《あぁ。本当に悪かった》
「もういいっつの。じゃあな」
龍刃が世界ランク100位以内の常連となり、2年近く。世界ランカー同士の交流会で顔を合わせ、その時にユンランから投げ付けられた嫉妬の言葉によりずっと無視をしていたのに。
あまりにも軽い言葉で通話を終わらせた龍刃は、のしっとツバキに寄り掛かり……ハァ。溜め息をひとつ。
それは、諦めに似たもの。
「納得出来ないなら、仲直りしなくても良かったのでは」
「いや。それはほんと別に良い。只……」
「うん?」
「なんていうか……顔の良さ自覚してたら、見えるものも見えないなーって」
「贅沢な悩みだね。ていうか、知ってたんだ? ユンランさんの連絡先」
「さっきツバキのボード見たじゃん」
「情報漏洩してた。ユンランさんに責められたらどうしよう」
「どうせ僕が勝手に見たって察するよ」
「なら良いや。あの数秒でID覚えたんだ? 記憶力良いね。凄い」
「ハンター活動に関することだけはね」
「ガチ勢だなー。――って、ちょっと待って。さっき普通に『ゆるねこ』って言ってなかった?」
「メル達にバレたから。ほら、引率の時に僕肩組んだでしょ。女性にはツバキにしかやってないから、そっからバレてそろそろ他も特定してそう」
「……ネットリテラシーが低い若い子はこれだから……」
「あの子達じゃないよ。だとしたら特定遅過ぎる。多分、龍刃に逢えたテンションで周りに言ってたんじゃない? そっから周りがネットに書き込んで、龍刃のガチ勢が見付けたら情報擦り合わせて……んー……あ。ほら、あった」
「見付けるの早い」
すっすっとボードを操作する龍刃は、『【逃げて】龍刃×彼女(仮)【超逃げて】』のスレを開いて見せる。いつの間にこんなスレが立っていたのか。
ざっと見たところ、スレ民が“彼女(仮)”を心配し逃亡を願っていてちょっと笑ってしまった。
「あ。2日前に引率の情報出て、昨日特定されてるね。がっつり『ゆるねこ』って名前書かれてる」
「怖い怖い怖い」
「あーそっか。昨日『転移』で帰ったから、外の様子知らなかったっけ。微妙にメルに感謝」
「やだやだむりこわいわかれる」
「別れないってば。――うん。住所特定はまだっぽい。特定されたら本部に抗議してあげる。住宅課しか知らないでしょ? ツバキの住所」
「別れる」
「ダメ。出掛ける時は僕の家経由する? 本部が漏らさない限り、ここバレないよ。うん。そうしよう。今から僕んち行こう」
「うきうきしないでこわいやだ」
「僕の家知らないよね。一旦ダンジョン経由しよっか」
「はなし、きいて。やだ。別れる」
「次言ったら抱くよ」
「……」
「“僕”を嫌になった訳じゃないでしょ。これで振られるの、納得出来ないんだけど」
「……静かにのんびり過ごしたい……ファンの子達、絶対刺して来る……」
「『自動結界』サマサマだね。僕が守るって言ったでしょ」
「……ぅぅ……持ち運び用の結界アイテム、出してもらう……神様、お願いします……」
「じゃあスライム2匹狩ってから僕んちね」
「にひき」
「僕も欲しいもん。結界アイテム。ちゃんと1000万払うから安心して」
「できない」
「あ。いつものダンジョン張られてるっぽいから、ドライブがてら他県のダンジョン行こっか。車、アイテムボックスに入れてるし。念の為に公園で待ち合わせる?」
「そこの公園はやだ」
「代々木公園」
「……わかった。メイクするから待ってて」
「そのままでも可愛いのに」
「贔屓目だよ」
盛大に肩を落とすツバキは、いつかは特定されるだろうとは予想していた。しかし早い。早過ぎる。
これも『龍刃』のネームバリューによるものなのか。と、軽率に彼女(仮)を受け入れてしまった事を少し後悔してしまう。
それでも。
「もういっかいキスして良い?」
「ダメ」
「やだ。したい」
「……」
「そのゴミを見るような目やめて」
「奏向くんは手が早いって事は分かった」
「え。遅いでしょ。手が早いなら初日に抱いてるよ」
「仮恋人になって今日で何日目か分かってる?」
「5日目」
「充分早い」
「これから1週間以内に抱くのが目標です」
「正直過ぎて面白いな。この子」
ふっと笑うツバキは本当に面白いと思っているらしい。でなければ即叩き出している。
これは常の優しさのか。それとも、龍刃に対して特別な感情が芽生えているのか。
どちらにせよ楽観的なのは間違いない。
その、予想外の言葉。ぽかんと固まる龍刃を放置し、床に並べられた様々な商品をそのままにメイクのため自室へ。久し振りの“お絵描き”。メイクは武装である。
噂されている通り『美人』に擬態しなければ“龍刃の価値”を落とすかも。――っとの、的外れな気遣い。容姿への攻撃を叩き潰す為でもある。
しかし、例えメイクせずとも。あの龍刃がのんびり癒される女性を選んだのなら、リアコ勢を除く世間は逆に好感度を上げるだけ。「なんだ。意外と人間らしいとこあるんだな」と。
それ程に『龍刃』の外道さは周知されていると云うことか。
因みにその“外道さ”が周知された切っ掛けは、初期に組んでいた元チームメンバーからの勧誘を罵詈雑言プラス高笑いで蹴った事。ロープレの俺様キャラではなく、只管純粋に心底からの嘲りで。
その際に逆上した元チームメンバーが襲って来たので存分に叩き潰し、その場を血の海に変え再起不能にさせた。二度と冒険者活動を出来ないように。完全に心を折って。たった数回寝食を共にしただけでは心の内に入れない事がよく分かる一件だった。
完全な地獄絵図の光景にドン引きせず逆にファンが増加したのは、ソロで圧倒的な実力を有していた事実が最たる要因。元チームメンバーが見捨てたくせに擦り寄ろうとした事実と、その“顔の良さ”も一応の追い風となったが。
そんな天然物の外道で在る龍刃は基本的に女性には優しいが、ストーカーなどの度が過ぎた悪質なアプローチにはやはり罵詈雑言で完膚無きまでに心を折る。いっそ清々しい程に、
――『ストーカーっつう犯罪行為してるあんたのどこに魅力あんだよ。壊滅的な中身の犯罪者が、その顔で俺に釣り合うと思ってんの?』――
と。自覚している顔の良さを最大限に利用して。その場に居たギャラリーが思わず拍手喝采した程の性悪さ。
本当に、心底から。めちゃくちゃ嫌な男である。
正論ではあるが。
数え切れない程のストーカー行為を受けたからこそ。「癒される」存在のツバキにドハマリしているのかもしれない。
「おまたせ」
「“お絵描き”楽しめた?」
「うん。可愛い?」
「ちゃんと美人だよ」
「なら良かった」
くすくすと可笑しそうに笑うツバキに顔が緩んでしまう。揶揄う言葉も“揶揄い”と理解してくれる会話。心地良い。
この戯れも、好き。
閲覧ありがとうございます。
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