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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ガンズとクーゲル

 夏風がふく放課後、渡り廊下の柵によりかかり、ガンズはクーゲルの帰りを待っていた。

 今日は珍しく部活の終了時間が合って、一緒に帰ろうと約束したのだが、クーゲルは何か思いついたように「コンビニに行ってくるから待っていて」と駆けていってしまった。

 

 一体なにを買ってくるのだろうか。

 二人で使うものなら足りていたはずだが。

 

 久々に一緒に帰れると思ってわくわくしているのを焦らされると、少しばかりむず痒いというか、苛立っているわけではないのに歩き回りたくなる。

 不満だというわけではない。むしろ気分がいいので動き回りたいのだ。

 

 しかも今日はクーゲルの家に泊まる約束までとりつけた。

 新しく買ったゲームソフトを胸に抱いて家へダッシュで帰っているときの心境と同じと言っていい。

 単純かもしれないがそれだけでテンションは上がる。

 恋人の家に泊まるとなれば誰でもそうなるだろう。

 

 腕を組んで、青々と揺れる木々をきょろきょろと眺めていると、聞き慣れた足音が聞こえてきた。

 ガンズがぱっと目覚めたような顔でそちらを向く。アイスを二つ持ったクーゲルが小走りでこちらへ向かってきているのが見えて、組んでいた腕を解いた。

 

 穏やかに手を振っているクーゲルの姿は遠目で見ると可愛らしい――近くで見ても勿論そうであるが――が、案外体格はがっしりとしているし、背はクーゲルの方が大きい。

 幼い頃は小さくていじめられっこだったが、今ではその体格のおかげか、喧嘩を売ってくる輩は少ない。

 

「ガンズ〜おまたせ〜」

 

 この暑さで走ってきたせいか、クーゲルの頬はほのかに赤い。


「何買ってくるかと思ったらアイスか。サンキューな」

 

 クーゲルからアイスを受け取る。

 バニラアイスをチョコレートでコーティングしたものだ。ガンズがよく食べるもので、幼い頃はこれを半分こしてクーゲルと一緒に食べた。

 

「暑いからねぇ、アイス食べたいと思って」

 

「こう暑いとな。でも、お前の手作りのだって好きだぜ?冷たくなくたってな」

 

「ふふ、ありがとう。焼き菓子作ったらまたもってくるね」

 

 クーゲルはにこりと笑ってアイスの包装を開けた。

 

 クーゲルは料理部に所属しているため、時折お菓子を差し入れしてくれる。

 最初はうまくいかないことが多かったようだが、最近は上手にできるようになってきたらしい。

 

 ガンズにとっては最初から普通に美味しかったが、美味しさに磨きがかかってきているのは分かる。

 それを言うとクーゲルから「僕が作ったものなら何でもおいしいって言うよね」と頬を赤らめながらもちょっと拗ねられるので、複雑な気持ちである。

 事実をそのまま告げているのにどうして拗ねられてしまうのか……理由は何となく分かるが、クーゲルが頑張って作ってくれたものなら何でも美味しい。それを美味しくないと嘘をつけというのは無理な話だ。

 

「……部活、うまくいってんのか?」

 

「うまくいってるよ。周りの子たちも部長さんもいいひとだし」

 

「その……何か色々……粉かけられたりとか……してねぇよな?」

 

 ガンズは少し言い淀んだ。

 言いたいことはなるべく素直に言う質だが、胸でもぞもぞとする気持ちには、アイスの冷たさで蓋をする。

 

「粉かけるって?小麦粉?もったいなくない?」


「そっちの意味じゃねーよ、それだったらいじめだろ!既に俺がキレてるわ!」

 

 クーゲルがこて、と首を傾げるので、ガンズはアイスを落としそうになった。

 

「ああ……そういうことか。

 なになに?ガンズったら嫉妬してくれてるの?」

 

 クーゲルは意味が分かったらしい。からかうように微笑んで、肘で軽くつついてきた。

 

「当たり前だろ、お前体育祭やる度にキャーキャー言われてるし……」

 

 幼い頃はいじめられっこだったクーゲルだが、今では筋肉がしっかりとつき、運動神経も悪くない。

 ついでにガンズにかっこいいところを見せたいから、という理由で本気を出すので、体育祭になるとクーゲルは皆の目をひくのだ。

 本人は気づいていないようだが。

 

「ああ、なんか運動部からスカウトされるやつね。あれ全部断ってるから大丈夫だよ」

 

「いやそっちじゃねーけど……てかまだ誘われんのかよ」

 

「たまに誘われるよ。うちの部員がおたま持って追い返してるけど」

 

「戦闘力高けぇな……お前のとこの部員……」

 

「ガンズと僕の間に入る人間は刻んでパスタに和えてやるって言ってるから、まあ……そうだね」

 

「え、俺たちの関係バレてんの?」

 

「とっくにバレてるよ。料理部の活動は料理の他にも恋バナとか噂話とかがあるって言っても過言じゃないんだから」

 

「な……口を割られたのか……?」

 

「そんな……包丁で脅されたわけじゃないよ。話すのはちょっとくすぐったいけど……好きな人がいないなんて、言えないし……」

 

 驚くガンズの顔をちらりと見て、クーゲルは俯いた。

 そのままアイスを一口かじる。いつもよりちいさな一口は、すぐにぬるくなってさらりと溶けてしまった。

 

「まあ……お前が狙われてるとか、そういうのじゃねーならいいけどよ」

 

 ガンズもつられてそっぽを向く。

 

「ガンズはいっつもそこを心配してるよね。僕、君以外にはモテたことないのに」

 

 クーゲルはもぞもぞと言ったが、ガンズにははっきり聞こえていた。

 そっぽを向いていたはずの目がすぐさまこちらへ向けられる。

 

「お前そういうところ分かってねぇよな。お前結構モテてたんだぞ、あのときなんてな――」

 

「ガンズと一緒に体育祭のバドミントンの試合に出たときでしょ、何回も聞いたよ?」

 

 クーゲルが拗ねたように口を尖らせた。

 

「覚えてるのに何で分かんねぇんだよ……」

 

「君以外の視線なんてどうでもいいし……いざとなったら僕のこと守ってくれるんでしょ?」

 

 どこか得意げな顔をしてそう言われると、頷くしかない。

 鼻の頭を掻いて気持ちを誤魔化すように落ち着かせようとするが、出る言葉も伝えるこころも変わらない。

 幼い頃に小指を絡ませて約束したことを、今になっても覚えていてくれることに舞い上がらないわけがない。

 

「そりゃあ……そうに決まってるだろ。約束したしな」

 

「なら心配いらないよ。僕は誰のものにもならないんだからさ」

 

「でもよ、こう……むしゃくしゃするんだよ、お前が他のやつから色目使われてるの見るとよ……」

 

 明らかに気を引こうと話しかけている相手と、のほほんと会話しているクーゲルの姿を思い出すと、胸の内側をザラザラと引っかかれるような、金たわしが中で転げ回っているような気分になる。

 ただでさえ見てくれが良いのに、あんなに可愛らしくて甘い声で話されたら、相手の恋心がますます燃え上がってしまう。

 盗られる、という心配はないし、クーゲルが浮気をすることも疑っていない。互いの感情を疑うなんてことはこれっぽちもないのだが、どうしてもモヤモヤとしてしまうのだ。

 

「ガンズってやっぱり独占欲強いよね」

 

 軽く転がされた言葉に、ガンズは首を傾げる。

 

「そうか?普通じゃね?」

 

「僕が誰かと仲良く話してるとこを見てるときの君の顔、鏡で見てみる?」

 

「え、顔に出てるのか、俺?」

 

「出てる出てる。その上二人きりになったときのスキンシップが倍になるから余計分かる」

 

 言い返そうとして言葉に詰まる。心当たりがありすぎて反論できない。

 

「で、でもよ……お前だって俺のこと言えるのかよ?」

 

 ガンズは勝てない言い合いだと分かってそう言い、アイスをがぶりとかじる。

 口の中が冷たい。頬や頭のなかも一緒に冷えてくれればいいのに、口の中だけ冷たくなる。

 

「何?例えばどういうのがあるわけ?」

 

 クーゲルはわざとらしくそう言って、余裕たっぷりな様子で呑気にアイスをかじった。

 

「あー、ほら!この前俺の試合見てただろ、あのときの目!」

 

 ガンズはとっさに思い出した記憶を口にした。

 ガンズはボクシング部なので、試合があるとクーゲルが見に来てくれるのだが、試合の動画を見たときに映っていたクーゲルの顔が、見たこともないような恐ろしいものだったのだ。

 ずっとそういう顔をしているわけではない。ガンズが優勢なときは明るくて可愛らしい表情をしている。

 しかし、ガンズがしくじって重たい一撃を食らったりすると、驚いたような様子になったあと、それはもうはっきりと分かるくらいに、相手を刺してやるというような顔をする。


 そもそも、クーゲルもガンズが他の人に絡まれたり、粉をかけられたりしていると、かなり機嫌が悪くなる。

 二人の関係を知らない後輩がガンズに色目を使ってきたときなんて、わざと間に入ってきたくらいだ。そのときの声色といったら恐ろしいもので、ゾッとするくらいに殺気が籠もっていた。

 低い声というわけではないが、笑顔を貼り付けているのははっきりと分かるくらいで、怒っていますよ、というのは鈍感な輩でも感じる声色、といったら良いだろう。

 

 勿論、相手は顔を青くして逃げていった。

 たまにクーゲルの方が自分より強いのではないかと思うことがある。

 

「目って?普通だったじゃん」

 

「俺がしくじったとき、一発もらっただろ。そのときのお前の目!殺してやるって感じだったぞ!」

 

「それと独占欲は関係なくない?」

 

「いや、あの後の夜、俺が寝るくらいのときに『ここに触っていいの、僕だけなのに』とか言ってただろ!覚えてんだぞ、そのあとちょっと眠れなかったんだからな!」

 

「えっ、あのときまだ寝てなかったの?」

 

 クーゲルはぽかんと口を開けた。

 

「へへ、お前もそういうときはスキンシップ倍になるだろ?いつもより甘えてくるだろ?すると目が冴えてなかなか眠れなくなるんだよ!」

 

 ガンズが得意げに指をおって数えるようにする。

 勢いで何気に恥ずかしくなるようなことを言っているのに気づいていない。

 

「うそ、ちょっとつついても反応なかったのに。待って?今までも寝たふりしてたってこと?」

 

 クーゲルが早口でまくし立てる。

 

「たまに寝たふりしてるぜ。お前がかわいいことしてくるからな」

 

 ガンズは鼻歌でも歌いそうな様子で、残りのアイスを食べきった。

 珍しく勝利したときの甘味は、少しだけリッチな気がした。

 

「……ふーーん。そういういじわるしてたんだへぇ〜」

 

 クーゲルはいつの間にか食べ終わったアイスの棒をがじがじと噛んでいた。

 じとっとした目でこちらを見ている。

 

「ガンズさ、今日が泊まりだって忘れてない?」

 

「な、なんだよ。覚えてるぞ。仕返ししようってか?」

 

「今日うちの両親いなくてさ。父さんは出張、母さんは夜勤で」

 

 ちくちくと刺すような物言いに、ガンズは嫌な予感がした。

 

「そうか、じゃあ今日はお前の手料理が食えるな」

 

「うん。体力がつくようにたっぷり食べさせてあげる」

 

「なんか言いたげじゃねーか、何だよ、嫌な予感がするんだが」

 

「何?僕の方から言わせる気?まあそうだよね、ガンズはいっつも我慢してるから僕から言わないと手を出してくれないもんね」

 

 クーゲルがつん、として先を歩いた。

 ガンズはクーゲルの言っていることをようやく理解して、顔を真っ赤にする。

 

「なっ、お前!それはな、お前のことが大切だから我慢してるってだけで――」

 

「知ってまーす。繁殖期の獣みたいに僕のこと扱いたくないって何回も聞いてるもん。

 ガンズは照れてるときとか顔に出やすいから、あー頑張って我慢してるんだな〜ってすぐに分かるんだよね〜」

 

 クーゲルがいじわるな笑みを浮かべて振り向いた。

 

「仕方ねぇだろ、顔に出すなって方が無理なんだからよ!」

 

「昔から顔に出やすいもんね〜、はじめて手を繋いだときなんて耳まで真っ赤だったし」

 

「好きなやつとはじめて手ェ繋いで照れないやつがいるのかよ!」

 

「いないんじゃない?僕はずっと傍にいたいくらいにステキな男の子しか見えてないから、他の人のことなんて分からないけど」

 

 やわらかな微笑みに、ガンズは思わず足を止めた。

 その横顔はずるい。胸をぐっと甘く掴まれて、知らぬ間にこころを連れて行かれてしまったみたいになってしまう。

 

「どうしたの?ガンズ。真っ赤な顔して。僕は君を置いていけないんだから」

 

 先を歩いていたクーゲルがこちらへ歩み寄り、少し屈んでガンズの目を真っ直ぐに見つめた。

 

「お前が照れるようなこと言うからだろ……!」

 

 こころを奪われてしまいそうな色の瞳から目を反らして、ガンズは歩きだした。

 

 腕を自分のに絡めるよう、肘で軽くつつく。

 クーゲルはぱっと笑顔になって、ガンズの腕に抱きつくようにして腕を絡めた。

 

「ところでよ、お前夜に何する気だよ」


「僕なりに勉強したんだ〜僕から積極的にいくやつって、襲い受けって言うらしいね!」

 

 とんでもない言葉にガンズは躓きそうなった。

 

「お前、どこでそんな言葉っ」

 

「え、ガンズ知ってるの?」

 

「知ってるってか……なんつーか……」


「あ〜分かった〜。そういうの好きなんだ〜。へぇ〜」

 

「そういうのっていうか、お前の態度が好きというか……つーかお前のせいだからな?!」

 

「誘わないと手を出さないような真面目さんを好きになっちゃったんだもん、仕方ないよね?」

 

「この……ああ言えばこう言う……」

 

「口喧嘩で勝てると思わないでね?君は真っ直ぐで素直なんだから、どう頑張っても勝てないんだよ」

 

「曲がってやろうか?」

 

「へえ、やってごらんよ。そしたら僕めちゃくちゃに泣いてやるから」


「それじゃあどう足掻いてもお前に勝つのは無理だな……」


「でしょ?だから今夜は大人しく……」

 

 自信満々な声が言い淀んで、足も止まった。

 何かあったのかと思って顔を覗き込むと、クーゲルの頬が赤くなっている。

 

「……どうしよう、君に反撃されてぎゅっとされたらいつもと一緒じゃん」

 

 慌てたような表情で、重要な事に気づいてしまった、と口をあわあわとさせているその様は可愛らしかった。

 

 ちょっと、いじわるしたくなる。

 

「んだよ、そこから頑張れないのかよ?」

 

「無理だよ、君にぎゅっとされると頭がふわふわしちゃうんだから!」

 

「あー、分かるぞ。お前、抱きしめられると目がとろーんとしてなぁ。でも今日は頑張るんだろ?」

 

 わざと囁くように言って、腕をぐっと寄せる。

 クーゲルの頬はますます赤くなった。触ったらあたたかそうだ。

 

「が、がんばるけど!がんばり続けるとなると、どうしてもダメになっちゃうというか……」

 

「なんでダメになるんだよ?」

 

 わざとそう聞くと、クーゲルは頬を膨らませた。

 

「知ってるくせに……」

 

「ああ、知ってるよ?」

 

「いじわる。いつもキスは君の方からなんだから……」

 

 クーゲルはぷい、とそっぽを向いた。

 

 その後も似たような会話が続いた。

 家につくまで、何回笑いあっただろう。

 二人は帰りの道のりがいつもより短く感じたのを、夕食のときに話し合ったのだった。

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