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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
一章 恋々風塵
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うつつの中で

 山の上でいつものように風よけの寝床をつくる。夕方にはまだまだ時間があるが、今日はその予定なのだ。

「どう?」

 長生(ながたか)が街道を見張るところに、ヒナがやってきて聞く。

「ヒナがいたことを、薄々は知っていたようじゃな。武装した騎馬が駆け抜けて行ったわ。まあ、師直(もろなお)殿が出した足利領への使いに出会うだけじゃ」

「空振りして、戻ってくる。そのときは、どうする?」

 彼女の問いに、長生はヒナの頭をグリグリする。

「どうもせん。アホな妹を連れて上方に向かうバカっぽい武家に会うだけじゃ」

 ヒナギクはうれしくなる。

「アホとバカじゃな。犬もそんな感じじゃ。でも、実は賢いのじゃ、犬もな」

 ニヤニヤ笑う。

「ヒナ、ここは水の便が悪い。今のうちにアホな犬連れて汲んで来い」

 ヒナギクはうれしくて仕方ない。

「わかった。その代わり、今日は抱っこしてくれや。ヒナをいっぱい眠らせてくれや」

 かわいいな、と思う。クシャクシャと頭をなでてやった。


 持ち運びに不便なものは持ってこなかった。だが、高師直(こうのもろなお)らがいろいろと用意してくれたのだ。

 火打石も油も、えらく使い勝手がいい。薄く大きな布は旗にも使うものだと言っていた。でも、それが風をよける価値ある覆いになった。

「これは温かいぞ。寺社や屋敷よりも、長生とツキと過ごすここが極楽じゃ」

 屋根になる枝葉の下に敷かれた薄黒い布の中にヒナギクは入り、そう言っていた。

「今日は、鳩ともらってきた米を煮た。うまいぞ」

 ツキが興奮気味だ。鍋をずっと見ている。その鍋も、軽く薄い鋼のものを師直に与えられていた。同じ材質の器も3つあった。

 それぞれに具材をとり、犬以外のものに味をつける。

「食おうか。ヒナと長生、ツキ、いつもの家族の飯じゃ」

 長生が少ししゃれて言う。でも、ヒナが少し止まる。ツキもなぜか、止まった。

「家族、なんじゃな! 長生という豪傑で策士が、アホな娘と、食い意地だけの犬の棟梁になってくれるのじゃな?」

 ヒナが変に感動するので、長生はうなずく。それくらいは、どうということないのだ。

「娘と犬くらい、食わせてやるが……」

 うれしい。ヒナギクはそれがうれしい。

(よかったですなあ!)

 犬も喜んで彼女をべろべろとなめる。長生は不思議な気分になる。

「いいから、食え」

 言うと、娘と犬が食い物に飛びついた。


「おいしい! うまい! 最高じゃ」

 娘と犬が喜んでいる。変な話なので、長生は言う。

「もっとうまいものはこの世にたくさんあるぞ」

 ヒナがニィーっと笑う。犬も目をキラキラさせて見ている。

「ない。長生とツキと食うものほど、おいしいものはない! なあ、ツキ?」

(おっしゃる通りですわ!)

 聞かれた犬がくるくると走り回る。空になった器をくわえ、長生の前に置く。

「ツキ、おかわりか?」

(くだされ。ぜひにくだされ!)

 ツキは地面をかいてねだる。長生を必死に見る。

 笑いながら、鍋から具を注いでやる。さっそく、犬がガツガツと食う。

「ヒナも食うやろ。しっかり食べて、元気なええ娘になれ」

 彼女の椀にもよそう。

「うん。しっかり食べて、長生の嫁になるんじゃ。長生が、かわいい、かわいい、と止まらんような、美しい姫になるんじゃ」

 ヒナギクがうれしそうに言う。

「もう、ヒナは十分にかわいいぞ。健やかであってくれ。長生はそれで十分」

 そう返す。でも、ヒナギクは止まれない。

「いやや! もっともっと、長生に好かれたい。ずっとずっと、かわいいと言われたい!」

 必死だった。生まれてはじめて、安心できる場所を見つけたのだ。もう、次はないとさえ思う。ヒナギクは、この時間こそをつなぎたい。

 長生も、そこに気づく。

「ヒナ、大丈夫。長生はどこにもいかん」

 急にヒナギクは安心してしまう。何にせよ、今日は長生とツキしかいない夜。涙がボロボロとこぼれる。

「今日は、抱っこして、ね。夢の中じゃなく、このうつつの中で……」

 ヒナは必死に言う。長生は彼女を引き寄せた。腕の中に小さな命を抱えて、この夜を過ごせばいい。



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